2010年03月16日
アトラス修学旅行
この土日は、全日本トライアル選手権第1戦の観戦で
茨城の真壁に行かれた方も多いと思いますが、
私たちが向かったのは西日本。
今回はお仕事関係で広島へと向かいます。

しかも、「それいけウトロ号」ではありません。

新幹線で東京より西へ行くのは初めてです。
朝6時28分長岡発、Maxときがホームに入ってきました。

東京を過ぎ、車内で少し遅めの朝食。
列車に乗っている数時間は、
誰にも邪魔されない本とコーヒーだけの幸せタ~イム♪
ああ、一ヶ月に2~3回、こんな出張があるといいなあ。

お昼を過ぎた頃に広島に到着。その後は山陽本線で西広島へ。
ここは「ずっこけ三人組」のふるさとなんだとか。
私はこの三人組の本を読んだ事はありませんが、
今の小学生にも人気があるのだそうですね。
仕事が終わった頃には、かなり陽も傾いてきましたが
せっかく広島に来たのだから、
2つの世界遺産を観光しない手はありません。

まずは、平和記念公園へ。

慰霊碑の向こうに、原爆ドームが見えます。

たくさんの折鶴に囲まれて立つ「原爆の子の像」。
2歳で被爆し、白血病になった佐々木禎子さんは、
折鶴を千羽折ると必ず治ると信じて、病室で折り続けましたが
被爆から10年後、12歳で亡くなってしまいます。
彼女の死を碑に残そうと同級生たちが全国へ呼びかけ、
全国3,100校余りの生徒と、英国をはじめ
世界9か国からの支援によりこの慰霊碑が完成したそうです。

今も毎年、世界中の学校から千羽鶴が届いているのだそう。

10分ほど歩くと、太田川河畔に被爆当時の姿をそのまま残した
「原爆ドーム」が見えてきます。

ほんの数十年前、この地に投下された原爆。
投下の2週間ほど前には、候補地として新潟も挙げられていたと聞くと
よけいに言葉が出てきません。

橋の上で青年が演奏している珍しい楽器は、
ピアノの原型とも言われるらしい「ハンマーダルシマー」という民族楽器。
専用の木製スプーンのようなスティックで弦を叩いて音を奏でています。
春の薄く青い空のもと、柳の枝が揺れる橋の袂で、
優しく哀しい音色が、行き交う人々の足を引きとめます。
この後は、広島平和記念資料館(原爆資料館)へ。
1時間くらいあれば見学には十分だろうと思っていましたが、
結局閉館時間ぎりぎりになっても見終らず。
特に、8月6日を経験した一般の方が、当時のことを思い出して描いた、
決して上手いとはいえない絵を展示したコーナーの前から足が離れません。
絵は、写真や亡くなった方たちの遺品以上に強烈なイメージで
その日のことを私たちに教えてくれました。
午後6時。公園に集まって囲碁や将棋を楽しむおじさんたちから
つまみを分けてもらっている野良猫たちに別れを告げて
@BOSSと私も、少し薄暗くなった記念公園を後にしました。
その後、広島市内から40分ほど離れた宮島口へ。
宮島口は、広島にあるもう一つの世界遺産、「厳島神社」のある
「宮島」へ渡る玄関口。今日はここのビジネスホテルに宿を取っています。

宮島口へ着くころにはもうとっぷりと日も暮れ、
華やかなフェリーの灯りが、暗い海を彩っていました。
この日の夕食は、気取らない地元の小さなイタリアンレストラン。

前菜3種と自家製パン。

蛸とアンチョビとオリーブのピッツァは絶品でした。

ああ、お料理を食べてこんなに幸せを感じたのって久しぶり。

2本目のワインが空く頃には、かなり饒舌に話をしていたはず。
「レイドモンゴリア、行ってみたいですね~゚。( ̄▽ ̄)ポワーン」

デザートは数種類の見本から好きなものを2つセレクトできます。
私はチーズケーキとティラミスを頂きました。
ほんの30席の、海辺の小さなレストランですが、本当に美味しかったです。
【日曜日】
翌日は6時起床、7時過ぎのフェリーで宮島へ。

7時台の宮島口は、まだ閑散としています。
片道170円、ほんの10分ほどの船旅です。

フェリーも数えるほどの乗客しか乗っていません。
朝日を浴びて、出港です。

あっという間に宮島に到着。桟橋である駅の構内も人はまばら。

観光地らしい駅舎ですね。

一大観光地、安芸の宮島ですが、旅館街もまだ静まり返ったまま。

いるのは野生の鹿と私たちくらい。

厳島神社の大鳥居が見えてきました。

水に浮かぶ、壮麗な社殿。空や海までもが天井であり壁で床です。

建物と一体化している@BOSS。(笑)

陰と陽の二つの気が万物を作ると言う陰陽道の影響を受けている、と
どこかに書いてあったような気がします。
(うろ覚えなので、違ったらゴメンナサイ。)
灯篭や、大鳥居の笠木など、いろんなところに
陽(太陽)と陰(月)を表す印が付いているのだそうです。

光と影、満潮と干潮、昼と夜、
すべてが計算しつくされた美しさです。
きっと、雨は雨でしっとりと美しいのでしょう。

@BOSSもすっかり魅せられたようで、カメラを離しません。

観覧は一方通行で戻れないので、ゆっくりじっくり進むことに。

やはり志望校を目指す「合格祈願」の絵馬が多い中、
「二人の結婚がうまくいきますように」と妙に切実な願も。
二人の親御さんだったりして・・・(笑)

ほんの数分の間に、どんどん潮が満ちてきます。
朝9時くらいには、すっかりここも水の中になるそうなのですが・・・
次回来る機会があったら、朝と夜と、時間を変えて2回来てみたいですね。
(夜のライトアップも、幻想的でそれはそれは美しいと聞きます。)

ここには能舞台も用意されています。
水面に映る月明かり、ここで演じられる能や狂言、歌舞伎を見てみたい・・・

どこまでが自然で、どこまでが建造美なのかわかりません。
できたら、一日中ここにいて眺めていたいようです。
季節や時間によっては、渡り廊下もすべて水の中になるのだとか。
その昔、海の中にこの社殿を建てるよう清盛公に命じられて
この美しい建物をイメージし、デザインし、建立した誰かさん、
あなたはいったいどんな方だったのでしょうか。
(・・・と@BOSSに言ったら、
「宮崎駿さんみたいな人じゃないの?」だそうです。^^;)
だんだん観光客が増えてきて、ガイドさんの声で賑やかになってきました。
静かにじっくりと建物を鑑賞するには、
今回のように早朝にここへ来るのもいいかもしれません。

後白河天皇が御行の際にお手植えになったとされる松の遺木。

少し急な階段を上ると・・・

太い柱と梁で支えられ、社殿を見下ろすように建てられた、

豊臣秀吉が作らせたという広い吹き抜けの建立物が。

ここは俗に「千畳敷」と呼ばれる大経堂。
(実際には857畳の畳が敷けるらしいです。)

社殿を見下ろすように建てたこともそうですが、
完成の前に亡くなり、建設も未完のままで終わっているところが
なんとも秀吉らしいという気がします。
帰りの時間が迫ってきました。
残念ながら、そろそろフェリーに乗って対岸へ戻らなければなりません。

10時を過ぎる頃には、表参道もにぎやかになってきました。

たくさんの土産物屋が軒を並べます。
宮島の名物と言えば、何と言っても「もみじ饅頭」。
それから、あなご飯、そして焼き牡蠣。

「だいこん屋」さんで、宮島名物、焼きたての「もみじ饅頭」を頂きました。

もう一つ、広島と言えば、「杓子」。
表参道の途中には、全長7.7mのこんな大杓子も。
もとは弁財天の琵琶をイメージしたみやげ物として生まれたそうですが
戦時中、全国から広島に召集された兵士たちが
「敵をめし(飯)とる」という言葉に掛けて厳島神社に杓子を奉納し、
故郷への土産物として持ち帰ったことから、全国的に知られるようになったそうです。

こちらは杓子のお土産専門店。

インパクトの強い蒸し饅頭屋さんですね。^^;
まだお腹はあまり減っていなかったのですが、
宮島を発つ前に、牡蠣料理専門店「牡蠣屋」さんで
名物の「焼き牡蠣」を頂く事に。

熱々、プリプリで美味しい!
ああ、メニューには冷えたシャブリもあったというのに
朝食をしっかり食べ過ぎた自分をどんなに悔やんだことか。(泣)

私たちが帰る頃、本州から、どんどん観光客が宮島へ渡ってくるように。
入れ違いで私たちは帰りのフェリーに乗り込みます。

7時台には10人も乗っていなかったフェリーも、
この時間は団体客でしょうか、満員です。
駆け足でしたが、土曜の夕方から日曜の午前中にかけて
広島を修学旅行のように観光し、名残惜しいのですが
お昼過ぎ、新潟への帰路につきました。
約940km先の新潟に到着するのは、@BOSSの運転でも
10時間後の夜11頃になる予定。
帰りの高速では、たくさんのバイクとすれ違いましたが
さすがに西日本は雪がないんだなあ。
もうすっかりツーリングのシーズンなんですね。
明日の朝、まだ一面を覆う白い雪を見るとき、
広島での一日半が夢だったのではないかと思うかもしれません。
2009年11月23日
秋の連休は
「初日は『しどき』のモトクロスコースで練習して、
2日目は『モトパーク森』のエンデューロコース走って、
3日目は決めてないけど、船に乗ってもいいし、
またみんなで、温泉に入って宿で飲んで、
A家食堂さんの一周年記念のライブもあるし、
この3連休は、いわき、来るよね!!!」
という、いわき組からのお誘いをお断りして連休を過ごしたのは・・・

この建物の中。(泣)
仕事の関係で、1泊2日の講習会に参加していました。

ああ、こんなにもいいお天気の連休を
こんな四角い建物に閉じ込もって過ごそうとは・・・・・

悲しみに暮れ、夜は近くのショッピングモールを彷徨う私。
そんなわけで、先週に引き続き、この週末もバイクに乗らず。
2週連続で練習日記はありません。
そうそう、
JNCCのレースを終えて大阪へ帰るドロみちゃんから
講習中にメールが届いたので・・・

休憩時間にお返事を内職。
ドロみちゃん、本当にお疲れ様でした。
クラッチの件はとても残念だったけれど、
たくさんの悔しさを持ち帰って
今メラメラ燃えているであろうドロみちゃんが
ちょっぴり羨ましかったりするかまたでした。
【追記:本日のおまけ】
今日、会社のポストに素敵なカードが届いていました。
あて先を見ると・・・・

・・・・・・・あのぉ・・・・・( ̄∀ ̄;)汗 ・・・どんな会社のどんな人?
doronqoさま、どうもありがとうございます。
「ミワコング記念日」が懐かしいです。
冬場は何かと引き篭りがちな「オードリィ」と
また一緒に遊んでやってください。
別便で頂いたお酒は
そのときに一緒に開けましょう。^^
2009年05月10日
GW九州-鹿児島
土日のしどきのご報告はちょっと後にして・・・。
(これは2009年GWの記録です。)
DAY1-鹿児島
5月3日の全日本トライアル選手権第2戦九州大会に向かうために
4月30日の夜11時頃集合して中之島ICを出発した
@BOSSと私とミヤザキファミリー(ミヤザキさん、ユキちゃん、ハルキ君)。
予定では5月1日(金)に鹿児島に到着するため
ETC割引の恩恵は受けられませんが(泣)
おそらく地獄のような渋滞には巻き込まれずにすむであろうと
ともかくこの日は(@BOSSだけは)一睡もせず一路九州に向かうことに。

深夜2時のサービスエリア。「師匠、眠いっすね。」

ここを過ぎたらミヤザキファミリーはベッドにした後ろのシートで就寝。
朝8時まで二度と目を覚ますことはありませんでした。(-人-)
私も前の座席で2時間くらいウトウトしましたが
目を覚ますと、すでにそこは岡山付近でした。

朝6時過ぎ、もうじき山陽道に入ります。

一睡もせず運転する@BOSS。少しヒゲが伸びました??
吹田も姫路も京都も一度も渋滞に会うことなく
5月1日朝11時、予定通りに本州最南端の下関は関門橋に到着。
この高速道路が、明日には車でぎっしり埋まってしまうであろうことが
今はまったく信じられないくらい空いています。

本州最南端、下関の関門橋。橋の向こうはいよいよ九州です。

我々のバスを覗いている不審者発見!?
いえ、宮崎選手が乗った「WISE BETA RACING」のトランポが
ちょうど今下関に到着して、隣りに車を停めたところです。

早めの昼食をとって、昼12時半過ぎ、いよいよ九州へ上陸です!
そこから約3~4時間で鹿児島へ。
鹿児島に着いたのは午後4時すぎ。
う~ん、南国ムード満点です。

「るるぶ九州」を抱えてたたずむ新潟からの田舎者。

過去、九州は大会遠征だけで、会場に直行、終わると直帰。
景色を見るのは初めてです、というミヤザキさんとユキちゃん。

な、何しようとしてるんですか・・・・( ̄∀ ̄;)汗
なんとな~く手持ち無沙汰なミヤザキさんが
枯れて落ちたやしの葉で南国風のムチを作ろうと
悪戦苦闘をしているところ。無理ですって。

風にそよぐやしの木。はあ~、南国だ~~~。

鹿児島の新名所「ドルフィンポート」。フェリー乗場の目の前にあります。

こんにちは。ここに鹿児島の薩摩焼酎400種類が揃うお店が
あると聞いたのですが・・・・・。

こちらがその「薩摩酒蔵(さつまさかぐら)」。

芋から作ったという地ビールで、運転する@BOSSの分まで乾杯!
地元のワインもたくさん揃っています。

少し熱いかな、と思ったけれど、慣れると気持ちのいい足湯。
夕暮れの海風に吹かれてお湯につかりながら、
そろそろ新潟を出発し、今晩から間違いなく
GWの大渋滞に巻き込まれるであろう「ごっし号」に
我々先発隊の様子を写メールで送るかまた。
(ほとんどイヤガラセですね。^^;)

お!奄美民謡のライブだそうですよ!
今夜の夕食はここにしましょう!
レストランは予約でいっぱい。
私たちは不粋にも予約なしの飛び込みでしたが、
なんとか2階の席に入れて頂きました。
今夜の唄者は、喜界島出身の泉茂光さんです。

まずは焼酎5種の飲み比べ。箸おきは珊瑚です。

別の5種も頼んだので全部で10種。
結局ほとんど私が頂きました。^^;

豚肉、鶏肉を使った、奄美のお料理が運ばれてきます。

7時30分、ライブが始まりました。
沖縄と奄美大島の三味線(三線)は少し違うのだそう。
2つの三味線を交互に引きながら唄う泉さん。
2階席からの方が逆によく見えるかも。
知っている歌もいくつか出てきて、手拍子など打っていると・・・

お料理を運んできたスタッフの方が踊り始め
私の手を引いて、立って踊れと言うではありませんか。

そうなれば、踊らないわけには行きますまい。(笑)
コツは、「障子の戸を開けたり閉めたりする感じ」だそうです。
もうこうなると、誰も私を止められません。(笑)
宴もたけなわ、1階で「輪踊り」が始まれば・・・・
当然参加でしょう(笑)。ユキちゃんファミリーも輪に加わります。
こういう時に恥ずかしがってなかなか輪に入らない人がいますが、
私は実はこんな風にみんなで踊るのが大好きなので
佐渡に行っても、北海道のアイヌコタンに行っても
自由参加の踊りの輪があれば手足が勝手に動いてしまいます。

9時、お店の方と記念撮影。いや~、楽しい夜でした。

美しくライトアップされた夜のドルフィンポート。
こうして、九州初日、鹿児島の夜はふけていきました。
あまりにも楽しくて、「全日本トライアル選手権」の応援にきたことなど
すっかり忘れてしまいそうです。(笑)
この日はスーパー銭湯の大広間に2000円で宿泊。
翌5月2日は、宮崎選手のマインダーであるミヤザキさんを
錫山オフロードランドに残して、
私たちは桜島観光の予定です。
(つづく。)
2009年02月20日
ストレッチポール
夕方、会社に箪笥再生職人のコタンさんが
大きな荷物を担いでやってきました。
まるでサンドバッグのような、長さ1mくらいの長い筒。
「ストレッチポール」というのだそうです。
コタンさんも家で使っていて、
背中のストレッチにとてもいいので
コリを持病に抱えはじめた私にも、1つプレゼントをしてくれました。

マニュアルのDVD付き。
実際には床に寝転んで使うもののようですが
会社の床に寝転んでみせるのはさすがにちょっと・・・^^;
とりあえず椅子の上で、どんなものかご紹介します。

こんな風に座ってできたら、このまま仕事をするのに・・・・。
本当は床に置いたストレッチポールの上に寝転がり
ごろごろと左右に体を転がして、背骨を伸ばすらしいです。
なんといっても、マニュアルDVDのケースには、
「姿勢だけじゃない。心もきれいになっていく。」
と書いてあります。
それはぜひともやらなくちゃ~。(笑)
2008年05月04日
犬が教えてくれたこと2
平成20年5月2日、0時45分。
ウトロ永眠、享年12才。
この話はもう一つのブログに書きましたので
そちらを読んで頂ければと思うのですが
ここでは少し違う話を書きたいと思います。
(もう一つのブログでは、私のHNがウトロなので
犬は「バニウトロ」と呼んでいます。)
「犬と飼い主は似る」といわれますが、
それぞれをよく知っている人には
ウトロと私もよく似ていると言われました。
後先を顧みない直情型。
強情っぱりで、負けず嫌い。
そして、食いしん坊。(笑)
(これを読んで、
「かまた」さんはそんな人じゃない、と思われる方は
まだ私のことをよくご存知ではないのです。)
よく似ていると言われた私たちでしたが
病気で立てなくなってから亡くなるまでの3週間、
私にはとても真似できないと思う「強さ」、
「命を燃やす」ということはどういうことかを
まだまだ甘っちょろい私に、
ウトロは身をもって見せてくれました。
犬は愚痴も言えない、弱音も言えない。
最後の3日間は、咽頭麻痺で喉が塞がってしまい
口を開いても、口からの呼吸が出来ず
「ゴクリ」とものを飲み込む動作も出来ない為
水すら飲みたくても飲めない状態でした。
けれど、最後の最後まで
生きようという意思を持ち続けていました。
呼吸困難の中、生き続ける辛さに
諦めて、楽になることを選べば
それはイコール死にゆくこと。
この時のウトロにとって、死ぬのは簡単。
生き続け、命を燃やし続けることは、
死ぬよりずっと大変なことだったはずです。
けれどウトロは危篤状態に陥るたびに、
どんなに苦しくても、私達が語りかける言葉に反応しながら
生きていれば声が聞ける、もう少し、もう少し一緒に居るのだと
必死で頑張って、生きることを選んでくれました。
(詳しくはもう一つのブログを読んでください。)
しかしそれは同時に、
呼吸困難の苦しさもその度に振り出しに戻ると言うこと。
しかもその苦しさは、
学生時代、部活の100本ダッシュのラスト一本の様な
でも、それとは較べものにもならぬ、文字通りの死ぬ程の苦しさが
そのピークのまま、また一本目の振り出しに戻り
永遠に繰り返されるような苦しさだったはずです。
でも、どんなに苦しくても、それは全て、
生きているからこそ得られる時間。
ウトロが生きることを選び、
残り少なかった命というエネルギーを燃やしてくれたからこそ
私たちと共有できた「二度と得られない思い出」をつくれた時間です。
生きているからこそ得られる「時間」。
その時間を使い、命を燃やして「何か」をすることが
生きた証としての「事実」と「思い出」になる。
そんなことをウトロが教えてくれました。
確かにウトロの命は残り少なかったけれど
私たちの命もウトロと変わりなく
なんとなく、漠然とあと40~50年くらいかなぁと思って
毎日を過ごしてしまいますが
残りがどれだけあるのかは、神のみぞ知るところです。
であれば、今こうして生きていて
使えるエネルギーと時間があるというのに
何にも取り組まず、経験もせず、
せっかくの時間を、その貴重さに気付かず無為に過ごしてしまうのは
死んでいるのと何も変わらない、と思います。
あの苦しい中、最期の最期まで私たちと時間を共有しようと
必死に生きることを選んでくれたウトロを思い出すと
時間の無駄使い、命の無駄使いは
ウトロに失礼だと、自分の心に刻んでいます。
命があるおかげで享受している一瞬一瞬の時間。
このウトロから教えてもらったことを糧に、
私が生きている証として、真剣に一つ一つ事実を残していこう、
行動もせず、口先だけで、
言い訳をしたり、屁理屈をこねることは
決してしないようにしよう、と思います。
そして、自分が選んだ行動がどんなに苦しくても
あの死の淵のウトロの苦しさに比べたら
どんなことだって「できない」なんて言えません。
志を高く持ち、より素晴らしい生涯を過ごす努力をすることを
私はウトロと約束しました。
ウトロに恥ずかしくない生き方をしようと。
それが、まだ命のある生きるものとして
先立った者に出来る唯一の供養なのだと思います。

人生には終わりがあって、それはいつ来るかわからない。
そして、自分に与えられた人生の日々をどう生きるかは自分次第。
私ごとき若輩者が、先人より語り尽くされた人生の教訓を
今更ここで語るつもりも語れる資格もありませんが
やるも人生、やらぬも人生。
やらない理由、できない理由はいくらでも並べられるもの。
でも、同じ人生過ごすなら、
理屈を並べ立てるよりやった方がいいと思う。
そして、やると決めたなら、とことん本気で取り組もう。
バイクも同じ。
私はプロを目指しているわけではないし
競技大会やラリー出場を目標にしているわけでもない。
けれど、乗る瞬間は、命を燃やして乗ろう。
限られた人生の貴重な時間を使って乗るのだから。
そんなことを、この3週間、特に最後の3日間は
ずっとずっと考えながらウトロと過ごしていました。
生きるものを看取るという機会は
人生にそうたくさんありませんが
(そして私にとっては今回が初めての経験でしたが)
ウトロが今回私に教えてくれたことを
書き記しておきたいと思います。
2008年04月26日
犬が教えてくれたこと
今日からゴールデンウィーク。
かまたは早速どこへ出かけているだろう、と
このブログを開いてくださった方もいらっしゃるかと思いますが
今日はバイクのことではありません。
我が家には、先日12歳になったばかりの
バーニーズマウンテンドッグがいます。
そして、もうすぐ虹の橋を渡ろうとしています。
この犬が12才の誕生日に私に教えてくれたことを
もうひとつのブログで書きましたので
ぜひそちらを読んで頂けるとうれしいです。
2008年01月30日
CTスキャン
昨日、人生初の「CTスキャン」を体験してきました。
というのも、昨日から突発的にものすごくお腹がいたくなり
私が仕事中にあまりにも顔をゆがめるので
@BOSSより「とりあえず病院へ行け」という指令が出たのでした。
そういえば、前の晩に生牡蠣を食べたっけなあ・・・。( ̄∀ ̄;)汗
今回の痛みは、普段お腹をこわした時のそれではなく
内臓を中からナイフで切られる感じというか
手で腸をギュウウウッと絞られる感じ。
今まで体験したことのない痛みなのでした。
病院へ行ったら、採血とレントゲンを撮られましたが
採血検査の結果、白血球の数値が異常に高くなっており
熱もあるようなので、念のためCTスキャンをしましょう、ということに。

以前から、ちょっと憧れだったCTスキャン。(笑)
造影剤を注射され、私の体は機械の中を行ったり来たり。
胃から腰骨のあたりまで
「かまたの輪切り」写真が撮影されます。
待つこと15分。
結果は、小腸が腫れているらしく
どうも今はやりの「急性胃腸炎」らしいとのこと。
神経性ではなく、何か「菌」が入ったようです。
後日改めて詳しい結果を聞きに行くことになったのですが・・
よかった、生牡蠣が原因でなくて。(よくないけど)

それにしても、今年は年頭から薬漬けですね。(^_^;)
これまで、怪我で医者に行くことはあっても
風邪もひかなかったし、病気らしい病気をすることもなかったし
健康に自信をもっていたので、ちょっとショック。
厄年でもあるまいし・・・。
「ある程度は大事にしなさいよ、そう若くはないんだから」という
体のメッセージなのかもなあ、と思いつつも
何か(体か気持ちか)が弱っている信号であるのは間違いなし。
しっかり食べて、体力を立て直したいと思います。
いたたたた・・・・・・・(> <。。。
2008年01月20日
私の病人食
皆さま、ご心配ありがとうございました。
おかげさまで、もうすっかり平熱です。
しかし、インフルエンザとの戦いに疲れた私の体は
いわゆる「食品添加物」的な食べ物を
受け付けなくなってしまいました。
食欲はあって、お腹もすくのに食べたいものがない。
でも食べないと体力が落ちてしまう。
無理に食べると消化不良を起こすし・・・。
そんな時の私の強い味方、それは「うどん」です。

大きな土鍋にうどん(できればきしめん)だけを煮て
そこから釜揚げうどんのように小皿にとって
生たまごと万能ネギとおしょうゆでいただきます。

できるだけアツアツのうちに食べましょう。
あ~、体が生き返る~。
一玉しか食べないんだから、台所でゆでて
普通に丼に盛って食べたら、という意見もあるでしょうが
あまりにも「病人食」として作ると
食べていても気持ちが「しょぼ~ん」としてくるので
ちょっとイベント性もあるし、私はこれが好きなのです。
きっと完全に体力が戻ったら
またまた食品添加物満載の食べ物も
平気で食べるようになるのでしょうけれど
それまではこうして質素にしみじみと
日本の味を体でかみしめたいと思います。
それにしても、人間の体ってすごいなあ。
「スナックが食べたい。」
そう思ったら、私の体は体力が戻ったと思って
間違いないと思います。
【本日のおまけ】
お友だちからこんな差し入れが。
手作り「梅干し番茶セット」です。
彼女の家では昔から、風邪をひいたら
熱~いお番茶に梅干しとハチミツを入れて飲むのだそうです。
梅干しももちろんお母様の手作り。

この織部のカップも同じお友達からのプレゼント。
さっそく言われたとおり濃い目にお茶を入れて
わざわざつぶして瓶詰めにしてくれた梅干しと
ハチミツを適量入れて飲んでみました。
ゴクゴクゴク・・・・・・・・。
・・・・・・・・ちょっと不思議な味ですが
体にはとても優しい飲み物でした。゚。( ̄▽ ̄)ポワーン
2008年01月18日
インフルエンザ
「たぶんインフルエンザではないでしょう。
もっと熱が上がって、だるくなるはずなので。
でも、体力があって、すぐにインフルエンザとは
わからない人もいるんですよね~。
もし熱が急激に上がったら、もう一度きてください。」
お医者さんからこう言われていたのですが
熱が上がったことと、ものすごい下痢になったので
念のため再検査をしてもらうことに。
鼻から長さ20cmほどの綿棒をつっこまれ
粘液を取られて検査結果を待つこと15分。
A型インフルエンザでした。( ̄∀ ̄;)ガーン

インフルエンザと聞いたとたんに何だかフラフラする私。
「今週いっぱいは安静にしてくださいね。」
ちょうど昨日は久しぶりの休日だったこともあり
(寝て過ごすとは思いませんでしたが・・・)
一日「安静」に過ごしたものの翌日をどうするべきか・・・。
「もう半日寝て午後から出勤してもいいですか?
ぶり返しがこわいので・・・・・」と@BOSSに聞いたら
@BOSSはいいともダメとも言わず、
「インフルエンザはぶり返しません!
あとはあんたが、いつ直そうと思っているか。
それに、その熱があんたにとってどれくらいのものかにもよるし。」
・・・・・・・そういわれると、楽勝で動けるし食欲もあるしなあ。
というわけで、今社内は全員マスクをしています。
私からのウイルスを隔絶するためです。(泣)
こうしている内にも私の体の中で、
インフルエンザとかまた菌(善玉)が
攻防を繰り広げているわけですが
あと2日もあれば、敵の牙城を崩せそうです。
がんばれ、かまた菌!
でも、みなさん。予防が最大の防御ですよ。
お家に帰ったらうがいをしましょう。
2008年01月15日
雪だより
みなさま、いかがお過ごしでしょうか。
今朝は冷え込んでお天気もよく
あまりに景色がきれいだったので
出勤しながら、思わず写真を撮ってしまいました。

気温が低かったところに日が差し、もやがたって幻想的。
一眼レフならもっときれいなのに・・・。

川景色。絵に描いた田舎の冬。

家のとなりの畑。
どんなにド田舎に暮らしているかが
お分かり頂けることでしょう。(笑)
かくいう私は、今朝起きたら
不覚にも風邪をひいていました。
10年ぶりの風邪です。
熱もあり、のども痛いけど、休めない。(泣)
会社に着いてゲホゴホ言っていたら
「うつすな~!」と@BOSSからマスクを買ってくるように指令が。
さっそくセブンで買ってきました。
「超立体マスク」です。

あやしい・・・・・・・・・・ ( ̄∀ ̄;)汗
冬はバイクネタがないかまたの近況報告でした。
ゲホ、ゲホ、ゴホ・・・
だ~、熱が上がってきたみたい~。
みなさんもお風邪には十分お気をつけくださいませね。
2008年01月07日
システム手帳購入
システム手帳を買いました。
今年は「百ます計算」で有名な陰山英男氏プロデュースの
「陰山手帳2008」という手帳です。
毎年システム手帳を買うときは
この手帳を使ったあかつきには
すばらしい一年が私を待っている気がしますが
恥ずかしながらまだ使い切ったことは一度もありません。
(だいたい春になる頃、ぐだぐだになってしまうんです・・・。)

陰山手帳の特徴は、時間管理・目標管理のほかに
生活習慣をきちんと管理することを目的として作られています。
早寝・早起きで睡眠をしっかりとる、朝昼晩と3食しっかり食べる、
こうしたことができないと仕事も人生の目標も達成できないとして
毎日3食食べたかどうかの記入欄まで設けられています。
教習所へ通っていた頃は、毎朝4時30分には起きていて
おお~、私、生まれ変わったみた~い!と
自分で自分を誉めたいくらいの早起きさんでしたが
最近はまた「できるだけ寝ている」という生活に逆戻り。
朝食も抜きがちで、昼食も忙しくなると食べない日もしばしば。
整理整頓もへただし・・・・・。
これはまったく謙遜ではありません。(T-T)
「きちんとした自分」というものに昔から強い憧れがありました。
毎日、小さいことをコツコツと続けられる人って
ホント~に心から尊敬します。
教習所時代、野口教官に
「かまたさんは慣れてくるとだんだん適当になってくる」と
直球ど真ん中の注意を受けたことがありますが
最近の自分もまたそんな感じになってきているので
小さな事でいいから、また何か挑戦して
それを達成していくクセをつけていきたいなと思います。

まずはリハビリのつもりで、もう一度
早起きのクセを身につけることから始めようっと。
・・・・・・・・・・・・それにしても。
どうしてバイクに乗れる日は
あんなに早起きができるんでしょうかねぇ。
それが@BOSS鬼教官の特訓であったとしても。
「かまたの七不思議」です。( ̄∀ ̄;)ホント
2007年11月05日
心を砕く、ということ
今日はバイクの話ではありません。
私こと「かまた」と@BOSSとの共著です。
今朝出社したら、FAXで
取引先の印刷会社の社長さんの訃報が届いていました。
享年73才、末期ガンでいらっしゃったのだそうです。
約10年前、パソコンでの編集(DTP)がまだ普及し始める前で
私たちの会社もまだ会社と呼べる状態ではありませんでしたが、
新参者の私たちは、アナログからデジタルへの過渡期において、
既存の会社が躊躇している中、ノウハウもないくせに挑戦し、
試行錯誤を、この社長さんに協力して頂きながら行い、
会社のDTPを確立させて頂きました。
この社長さんとの出会いがあったおかげで、
今の私たちの会社があると言っても過言ではありません。
それからも、印刷の事だけでなく、見積りの仕方から、
会社の経営についてまで、様々な事をお話しして頂き、
文字通り親代わりのようなお取引先様でした。
そんな社長さんとも、ここ数年は直接話しをすることもなく
もっぱら息子さんと打ち合わせをしていたのですが
2週間前に入院をされ、
痛み止めのモルヒネで意識が朦朧とすると
うわごとを口にされていたそうです。
「本を作ってやったよ」
奥様が「まあ、誰にですか?」と聞くと
「アトラスに・・」と弊社の名前を言われたそうです。
意識の無い状態でのお話だそうなので、よけいに
私どもの会社の名前が出てくることが驚きで
そのように心を砕いて下さっていたのかと
そのお話を息子さんから聞いたとき
ありがたさで涙があふれてきました。
きっと、親のように、
ずっと心配してくださっていたのかもしれませんね。
本当にありがとうございました。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。
私たちも社長さんのように
人に心を砕ける人間になっていきたいと思います。
2007年08月05日
寅さんを偲んで
空はピーカン、夏真っ盛り。
なのに、まだCB750の修理部品が届かないので
今日もバイク以外のブログです。(>_<。。。
BSで放送された寅さんシリーズ全作を見てからというもの、
ずっと行きたかった葛飾区柴又の「寅さん記念館」。
この8月4日に、念願かなって行ってきました。
柴又駅前でいきなり寅さんに遭遇。
「すみません、記念館はどこですか?」
「お嬢さん、あっしに聞かねぇでおくんなさい」

お、今度は生きた寅さんに遭遇。
寅さんの格好でボランティアガイドをなさっている芸人さんで
この皮かばんも、山田洋次監督から頂いた
本当に寅さんが使っていたかばんなのだそうです。

「知ってるかい?今日は寅さん(渥美さん)の命日なんだ。
今日ここへ来たってぇことも何かの縁だねぇ。
俺もね、これから(渥美さんの)墓参りに行ってくるんだよ。」
へ~え!今日がご命日だったなんて!
帝釈天の表参道は映画のロケとほとんどそのまま。
名物「草だんご」「くず餅」を出す甘味屋さんをはじめとして
昔ながらの懐かしいお店が軒を並べています。

飴屋さん↓

手焼きせんべい屋さん(暑そう・・)↓

記念館は帝釈天から歩いて5分ほど。
最後の48作目で使用された「くるま菓子店」のセットが
そのまま保存されています。
映画のワンシーン↓

現代のさくらとおばちゃん↓

寅さんとの記念撮影↓

黄疸(おうだん)か!という顔色ですね・・・・( ̄∀ ̄;)汗
だけど1回500円は良心的。
(石原裕次郎記念館は2500円だったな、たしか。)
記念館(公営)も、柴又の町も帝釈天参道も、
あまり観光客にすれていなくて好感がもてました。
もちろん昭和40年代とは町並みも変わっているはずですが
お店の人も昔ながらの商売を続けてきて今に至った感じ。
そういえば、昔こういうお店があったなあと
懐かしくそぞろ歩きました。
あとは全DVD「男はつらいよパーフェクトBOX」を買うかどうかだな・・。
長岡大花火大会
知り合いのデザイナーさんが、昨年「フェニックス」を見て、
「花火を見て涙が出たのは生まれて初めてです」と
大絶賛をされていたのが忘れられず、
8月3日、何年ぶりかで長岡花火にでかけました。
せっかくなので河川敷で見たいと思い、
大手大橋の橋詰めへ向かいましたが、観覧席はすでに満席。
しかし、日ごろの行いが良いせいか(笑)
以外と座るスペースは見つかるもので、
蓙を広げて腰を降ろしたと同時に打ち上げ開始となりました。
信濃川の川風が心地よく吹き、絶好の花火見物日和です。
直径300mの大輪の花が目の前に降ってくるかように
次々に長岡の夜空へ打ち上げられます。

ホントにすごい迫力。
少しずつ高く高く、最後には空いっぱいになる大スターマインに
私の隣に座ったファミリーのお父さんも
「た~まや~!たぁ~まや~ぁ!」と大興奮のご様子です。
9時10分、いよいよフェニックス。
地震や水害でボロボロになった中越・長岡の復興を願い、
一人ひとりの寄付(協賛)金で打ち上げられる特別な花火です。
アナウンスと同時に周りが一斉に立ち上がったので、
「え~、見えないよ~」と思いましたが、そんな心配は不要でした。
平原綾香の『Jupiter』が流れる中、
横一列6つ~7つの花火が同時に次から次へと打ち上げられ、
視界はすべて花火で埋めつくされます。
(swfムービー 927k)
何分くらい上がったのでしょうか。
そこにいる誰もが夜空を見上げ、思いがひとつになったあの瞬間、
荘厳ささえ感じ、しばらく言葉もでませんでした。
大袈裟ですが、『世界平和』に包まれた感じ。
今思い出しても目頭が・・・。
フェニックスが終わると、一斉に民族大移動が始まります。
沿道を埋めつくす人・人・人。

でも人の流れは速く(最終列車をめざす観光客も多いので)
9時30分に花火大会が終わり、1時間後には自宅へ到着。
あの感動は、言葉やムービーでは伝えきれません。
花火の楽しみ方はいろいろあると思いますが、
まだ間近で長岡花火を見たことのない方には
ぜひ河川敷での観賞をおすすめします。
【本日のおまけ】
花火の合間に、流れ星を見ました。
そういえば「ペルセウス座流星群」が8月11日~14日に
出現のピークを迎えるそうですね。
どこで空を見上げているかわからないけど
ともかく晴れるとよいですね。
2007年07月23日
九州往復2800km
走行距離2800km。新潟〜九州往復の旅は、
初日に本来の目的を終え、
2日目は滅多にこれない九州ということで
阿蘇山を観光することにしました。
あいにくの小雨で阿蘇五岳もガスってよく見えず。
それでもせっかくなので熊本ICからミルクロードへ。
一番高い大観峰のあたりでは青空も顔を出しました。

このミルクロード、一大放牧地帯なのですが
日本にもこんな景色があったのかとびっくり。
木がほとんどなく、山々は牧草に覆われて
遠くには箱庭のように阿蘇の街が見えます。
北海道の美英にも似ていますが
高低差がある分、もっと迫力があり
バイクで走ったら最高だろうなあと思わせるワインディングが続きます。
いつか免許をとったら絶対に走ってみたいコースです。
残念ながら雨のためコースを紹介するような写真がないので
今回の移動中に食べたごちそうを紹介します。
阿蘇の馬刺し。

同じく馬刺しのにぎり。

下関ではふくミニコースのてっさ(刺身)

広島のたこやき

このほかご当地アイスなどの名物を食べながら
バスに乗って延々と移動をしていると、なんだかブロイラーになった気分。
そんな時のために持参したビリーバンドで、
音楽に合わせて運動不足を解消です。
これ、@BOSS教官の隠し撮りなのですが
・・・いやはや、われながら楽しそうですね。(^_^;)

そして、その5分後。

あまりの情けない顔にモザイクをかけずには出せませんでしたが
モザイクをかけても十分に情けないですね。(泣)
すみません、@BOSS。
@BOSSの眠気覚ましになるはずが
私の眠りを誘うただの「いい運動」になっちまいました。
なお、九州報告はもう一個のブログでも書いてますので
そちらの方もよかったらご覧ください。
2007年07月02日
宇都宮へ出張
昨日は出張で、栃木県宇都宮市へ行ってきました。
途中で立ち寄った那須高原のSA(サービスエリア)は
標高も高く、気温が25~26℃でひんやり。
さすが日曜ということもあって、たくさんの観光客でにぎわっていました。
(でもバイクは外人さんタンデムのトライアンフ1台だけでしたね。)
SAのレストランで選んだメニューは
仕事柄リサーチも兼ねて、イチオシで表示されていたこれ!
「那須高原 森の詩」(1500円)、一日限定20食。
「第1回NEXCO東日本 新メニューコンテスト」で日本50エリアの中から、
「特別審査員賞 陳 建一賞」を受賞したメニューだそうです。
こういうのはとにかく一度試してみなくては。


栃木和牛の刺身、フカヒレ煮込みリゾット、牛すじスープのフォー麺、
どれもSAのレストランとは思えないくらい
手をぬかずに作ってあって、おいしゅうございました。(-m-)
@BOSSは、これまたオススメ表示されていた
「冷やし黒胡麻坦々麺」セット(1100円)。
見た目もまっくろで珍しい坦々麺でしたが、
意外にもサッパリして非常においしかったそうです。
残ったスープをかけて食べるようにとついているご飯がうれしい。
みなさんもぜひ試してみてください。
食後のデザートは那須高原のミルクで作ったソフトクリーム。
濃厚でこれまたおいしかったです。

これ以外にも、ブロックベーコン、鮎&山女魚の塩焼き
チーズ、ヨーグルト、木苺のソフトなどなどおいしそうな商品が並び、
お祭りのような屋台テントの数でしたが、胃袋は1つ。
ほかは見るだけで我慢して、SAを後にしました。
梅雨の晴れ間でお天気もよく、
行きに5時間、帰りに5時間の長旅も気持ちのいいドライブに。
宇都宮市内に入ると、
家の裏にこんな石造りの蔵があるお宅がたくさんあって
これが歴史的建造物かというと、今新築中の蔵もあったりして
ここでは当たり前の生活習慣なのでしょうか。

また、市内ではHondaのNSXがあちこちで出没したり
セスナが数機飛んでいたり。
さすが本田技研のお膝元ですね。
(関係ないかしらん。)
この後、本日の出張の真の目的である
Hondaの研究所の方にお会いして
たいへん興味深いお話をお聞きしました。
ここで書けないのが残念。
HondaのF1&モトGPでのご活躍をお祈り申し上げます。
2007年05月31日
シュノーケリングから始めよう

今日は雨なので、朝練はお休み。かわりにダイビングの話をします。
これは、佐渡の小木ダイビングセンター。
とりあえず1回はやってみたいという方は、
ここの体験ダイビングがオススメです。
水着だけ持っていけば8歳以上からOK!
耳抜きがうまくできなくて大変だったけど、
海の底は地上とまったく違う世界。これですっかりはまりました。
別にダイビングを始めようと思わなくても、佐渡の思い出にもグッドです。

タンク、ウエットスーツなどなど、一式揃えるとン十万円になるし、
それはCカードを取ってからでいいや、と、
まずはシュノーケリングから始めることに。
このピンクのスーツを見たときのスタッフの反応は「・・・・・」でした。
いいじゃないですか、事故率低そうで!
・Yahooオークションで買ったウエア 7000円
・マスクとシュノーケル 4000円
・子供用ライフジャケット 950円
・海で過ごす時間 PRICELESS

南の海のようなカラフルさはないけど、
佐渡の海は透明度が高くて、沖へ出なくても十分楽しめますよ。
私にとっても犬にとっても至福の時間です。
水温が高いときは長袖の水着で泳ぎますが、
岩で手足を切らないように注意が必要。

あ、イカの群れ発見!
ついつい時間を考えないで泳いでしまうのですが、
気をつけて水分を取らないと、海の塩で塩もみされて、
カラダは干からびてしまいます。
海からあがったときの私の顔は、風呂上りの指先のようにしわしわです(泣)。
投稿者 : かまた 08:29