2012年01月31日
大雪だより
日曜の夜、ご飯を食べていたら電話が鳴りました。
牡鹿半島のめぐろさんの女将さんでした。
「ニュースを見ていて、
新潟の雪があんまりひどいようだから心配になっちゃって。
皆さん、大丈夫ですか?お変わりなく暮らしていますか?」
いつもなら、私たちがかけるべき言葉なのですが・・・^^;
ご心配ありがとうございます。

連日のニュースや天気予報で、
今年の新潟(特に妙高)はすごい雪だと報じられていますが、
でも、私たちにしてみると、今年に限らず、
毎年この時期は雪かきにヒーヒー言っているような・・・
「なので、どうぞ心配しないでください。
まだ積雪は2メートルにいっていないし。
新潟は雪は降りますけど、たぶん皆さんの所の方が
寒さは厳しいんじゃないかと思います。
仮設住宅の皆さんは大丈夫ですか?」
「仮設も何とか暮らしているみたいですよ。
二重サッシになったし、ようやく畳も入ったし。」
えっ!今までは板張りだったんですか??
「うん、12月の末くらいには畳が入ったみたい。
やっぱりね、畳がないと本当に寒いんだって。」
東北で板の間じゃ寒いですよね・・・
「でもね、ワカメの収穫が3月に始まるから、
家を流された皆さんも、家の跡地に納屋を作りはじめたの。
ワカメの加工作業ができるようにって。
これで現金収入が入るようになるからね。
ワカメが採れたら送るから食べてね。」
なんだか、どっちが励まされているのやら。(;д;)
でも、こんな風にお電話を頂いたこともそうですし、
ワカメ漁のお話を聞いても、現地の新しい生活は確かに始まっていて、
復興は少しずつだけれど、確実に進んでいることを感じました。

しかし、よく降りますね。

家の前の県道は、明るくなる頃には除雪されましたが、
ひとつ角を曲がったら、

あれっ?道が無い!?( ̄∀ ̄;)汗
いつもの散歩コースにしている、お気に入りのこの農道、
毎朝きちんと除雪されて、昨日も雪はきれいに片付けられたはずなのに
今朝は膝丈を越す高さの新しい雪で、すっかり埋め尽くされていました。
私のオニューの長靴でも為す術なし!
いつもなら6時半くらいには除雪が済んでいるのですが、
今日は雪が降りすぎて除雪車が間に合わなかったようです。
ごめん、ウトロン、今朝はこの道は諦めてくれい。(泣)

毎日ここで生活をしていると、みなさんのバイクのブログを読んでも、
いったいどこの国の話?という感じです。^^;

新雪が積もるたびに、私がカメラを持ち出すので
散歩中のポージングもすっかり上手になりました。(笑)
そんなわけで、この週末もバイクに乗っていません。
今週こそはと「バイク日記」を楽しみに来て下さった皆さん、
どーもすみません。m(_ _)m

週末は土曜、日曜とも、雪かきと仕事をひととおり終えてから、
@BOSSの膝のリハビリも兼ねて、プールとジムに行って来ました。
プールで1km泳いでから、ジムで軽く筋トレをしましたが、

でも、体脂肪を燃やすなら、雪かきが一番です。
無料だし、さぼろうにもさぼれないし。(笑)
雪の写真を載せると、「大変そう」と思うかもしれませんが、
たぶん皆さんが思うほど、住んでいる私たちは大変と思っていません。
「冬は白いもの」と思っているので。
(でも、太平洋側から転勤で来られたりした方は、
きっと大変なんでしょうね。^^;)
さっき、会社に来られたお客様に、帰り際を見送りながら
「毎日よく降りますね。」と言ったら
「今年は新潟らしい、昔ながらの冬だねえ。本当の冬だ。」と
駐車場の雪を大股で跨ぎながら、笑ってそう言われました。

テレビのニュースで「新潟は大変だなあ」と思われている方、
体力づくりを兼ねて、一週間くらい
新潟にボランティア合宿にいらっしゃいませんか。

冬大好きな雪かき隊長がお待ちしています。(笑)
2012年01月23日
エピソード4 新たなる希望
先週も今週も、2週連続でバイクには乗れなかったので
いつもならおまけとなる話が、今回はメインとなります。
題して『つるにはウォーズ エピソード4』

過日のMRIの結果、膝の十字靭帯は大丈夫でした、
というご報告をしたばかりですが、
あの話には更に続きがありまして・・・
MRIの結果を受けて、その病院の系列である
会社近くの病院でリハビリを受けることになった@BOSS。
仕事の合間を縫って行ってみると、
待たされた挙句「今日は予約だけです」と肩透かし。
その数日後、予約の時間に病院へ行くと
リハビリを担当する理学療法士はカルテを見ながら
「前十字でしたよね?」
「いえ、後十字です。」と@BOSS。
この辺りから、どうも怪しい・・・という気はしたようですが
理学療法士が「実は後十字のリハビリは初めてなんです。」と言うのを聞き、
結局その日のリハビだけを受け、以降はキャンセルに。
不安に思った@BOSSは、サードオピニオンとして、
一昨年と昨年、足首の手術を受けリハビリを行った
スポーツドクターの整形外科に行ってみることに。
正しいリハビリを教わることが出来れば、というつもりだったようですが・・・
この病院での再度のMRIの結果は、なんと「前十字靭帯損傷」。
前回の病院で膝の専門医が「健在」と言っていた前十字は
損傷した「残骸」の細さとの事。
そして前回「肥厚している(腫れている)」と言われた後十字が
「健在」と診断されたそうです。
真逆でんがな・・・( ̄∀ ̄;)汗
前十字靭帯の損傷であれば、通常は即「再建手術」なのですが
@BOSSの年齢を考えた時に、このサードオピニオンのスポーツドクターは、
再建後のリハビリを含めた一年の空白を
「もったいないから」とあまり勧めなかったそうです。
また、もし手術を行うにしても、現在靭帯の再建手術はこの病院ではなく
関連の新潟市内の医療センターでやるシステムになっているために
いずれにしても、その専門医療センター宛てに紹介状を書いてもらい、
再度、そこで診てもらった上で、
競技復帰に向けて再建手術をするかしないかの
判断をすることになるとのこと。
その診察日、フォースオピニオンの日が今日でした。
仕事中、@BOSSから来たメールによると、この病院では、
一般的な患者と、「特診」といって重要な(スポーツ選手など)患者を
担当する先生が分けられていて、
@BOSSは今回この「特診」で診てもらえたそうですが、
午前中、前回のMRI画像を元に触診での40分の診察の後、
高精度のMRIでの再撮影をして、さらに午後に40分の診察。
その結果、前後十字とも大丈夫、という結果が出たそうです。
よかった~(TдT)
ただし、ドブ転落後に@BOSSが感じた
「昔、よくやっていたいつもの内側靭帯を痛めたな・・・」という
その自己診断も正解で、5人目の今日の先生がはじめて
内側側副靭帯の損傷も触診で指摘したそうです。
触診と言っても触る程度のやさしいものではなく、膝をあらゆる方向に
痛みを感じるまでグリグリ動かす「ストレステスト」みたいなもので
これで20~30分掛けてじっくり確認してくれたの初めてだったそうですが
十字靭帯損傷時の「膝くずれ」という状態が起きていないとの事でした。
この内側側副靭帯は「2度」というレベルの損傷ですが、
昔からの損傷に、今回の転落が積み重なった程度だそうで、
炎症が治まったら、筋トレで補強するくらいのものだそうです。
それにつけても、今回の一連の診断結果を聞いて
新潟の医療はこういうレベルなのだ、と思い知らされました。
同じ@BOSSの足を診断した結果、
つるには先生・・・触診のみ。グラつきがあるが十字断裂はなし。
理事長先生による事前診断・・・触診のみ。たぶん前十字が切れている。
膝の専門医・・・MRI。前は健在、後十字が損傷。
スポーツドクター・・・MRI。後ろは健在、前十字が損傷。
新潟の医療センターの特診・・・MRI。前後とも断裂なし。

同じ足をMRIを撮って診断しても
これだけ違う結果となるなんて・・・( ̄∀ ̄;)汗
新潟県のような田舎の整形外科は
足腰が痛い、というおじいちゃん、おばあちゃんに
シップ薬や電気治療をするような診察がほとんどで
アスリートの怪我等の、シビアな診断などは
近年、『新潟アルビレックス』が出来てから
ようやく少しずつ新潟市内に集中医療施設が
整えられつつある途中にあることがよくわかりました。
今回、どこかの段階で、その時の診断に従って
間違った手術、間違ったリハビリをしていたら
人生をかなり無駄にしたかもしれないのが「怖いな~」と思います。
前後十字靭帯がどちらも切れていなかったこと以上に、
今後を安心してゆだねられる結果がようやく手に入ったことが何よりよかったです。
そして、本日の特診の結果、
@BOSSの膝が2ヶ月たってもまだ、側副靭帯とは別に痛むということは、
ドブへの落下時に、やはり物理的に損傷した部分があるはずだそうで、
軟骨損傷の確認と半月板のささくれの治療も含めて、
2月に内視鏡手術を行うことも決まったそうです。
その手術前検査もすでに本日終えたそうですが、
内視鏡手術は長い入院とリハビリを必要とするものではありませんので
(予定では1週間程度、仮に「ドリリング」という軟骨再生の手術を加えると
約3週間体重を掛けられないそうですが・・・)
それでも、シーズンが終わってからと考えていた手術を
シーズン前にする結果となった点もよかったと思います。
皆さま、ご心配を頂きありがとうございました。
これで@BOSSは安心して、シーズンを迎えることができそうです。
2012年01月16日
長靴を買いに
先週は、毎日20~30cmくらいずつ新しい雪が降って、
どの家も屋根の雪下ろしや雪かきに追われた一週間でした。
会社に来たヨーダ婆が、駐車場に降り積もった雪を見て、
「うちの方が3cmよけいに降っている」と自慢げに言っていましたが、
5cmや10cmという大まかな目安ではなく、
「3cm」という細かな積雪量が一目見てわかるあたり、
ヨーダ婆の適当さがよく現れていますね。(笑)

これはヨーダ婆の家よりもさらに20cmは多いと思われるうちの近所。
モノクロ設定で撮っているわけではなく
通常のカラーで撮っているのですが、あるのは白と黒だけ。
空も大地も、すべてがモノトーンの冬の新潟です。

犬までもがモノトーンです。(笑)
もうすぐ私の背丈を越しそうな雪壁ステアによじ登ろうと、
毎朝、果敢にアタックするウトロン。
最近では、オーバーハングでなければ
大抵は助走なし登れるようになりました。
(雪とともに落ちて来ることもしばしばですが。)

よじ登った上には、こんな世界が広がっているのですから、
そりゃあ、アタックもするでしょう。

日頃はのんびりとして、そっけないくらい穏やかなウトロンですが、
雪の上ではどんな気持ちなんでしょう。

シッポが楽しい気持ちを物語っています。
一日だけ、ウトロンと入れ替わってみたいものです。(笑)

そこまでいくと、不法侵入に近いものが・・・( ̄∀ ̄;)汗
ところで、冬と言えば私には、
毎年悩まされる辛い悩みがありました。
それは「しもやけ」。
かゆい、という生やさしいものではなく、
足の小指が凍傷の一歩手前のように真っ黒になって、
その内に組織が死んでしまうのではないかというくらい、
しびれて痛くて、これは何とせねばと思っていたのですが、
@BOSSから「まず、いい長靴にしてみれば?」と言われて
週末に「てぶくろを買いに」ならぬ「長靴を買いに」行ってきました。
これまで長靴といえば、ホームセンターですぐに手に入る
1000円前後のものばかり履いていて、
散歩の時は靴下が濡れないように、
中にネオプレーンの靴下を履いていたのですが、
ちょっとでも靴下を濡らしてしまうと
すぐにしもやけで小指が腫れ上がってしまいます。(泣)

そこで、以前極寒の日本海での鯛釣り船に通っていた@BOSSが
「それ以来ずっと使っている」と教えてもらったのがこれ!
形も「ブーツ」ではなく明らかに「長靴」で、
ファーはおろか、一切の飾りもありませんが、

中に5mm厚くらいのウレタンのインナーブーツがついていて、
試着してみると、ものすごく、ものすご~くしっかりと
暖かく足を包み込んでくれます。
値段を見た時は、正直
「長靴ごときに7000円!Σヽ|゚Д゚|ノ┌┛」と思いましたが、
履いたとたんに、心から幸せな気持ちになりました。゚。( ̄▽ ̄)ポワーン
ここ数年、買い物をしてこんな気持ちになったことはありません。(笑)
これを履いての雪道の散歩は、それはそれは快適で、
「寒い」「冷たい」という感覚とは無縁、というより、
雪の中に立っていても「暖かい」とさえ感じるほどの機能性の高さ。
冗談ではなく、雪の中にこの長靴で歩き出すのが楽しみになり
一歩一歩幸せを踏みしめながら散歩をしています。
教えてくれた@BOSS、ありがとう!
作ってくれたダンロップさん、ありがとう!
しもやけよ、さようなら!
***************
というわけで、今朝もそんな快適で楽しい散歩を終えて帰ると、
ニュースで仮設住宅に住む方や、自宅避難の方の
冬の生活が紹介されていました。
水道が凍結して、仮設住宅全体で水が出ない、
給湯器がないのでお湯が使えない、
寒い土間に風呂と脱衣所がある、
一階は電気が通っていないため、外と同じ気温の台所で料理をする、等々。

この魔法のような長靴を、
寒く不自由な生活を強いられている方全員に届けられたらいいけれど、
そんなことがありんこにできるはずもなく。
・・・・・・。
確かにそれはできないけれど、
外気と変わらない温度の中での生活を強いられている方達を
いつも心に置いて生活しよう。
暖かい長靴を履いて雪を踏みしめながら、改めてそう思いました。
長靴は暖かくて、冬はきれいで楽しいけれど、
早く東北に春がやってきますように。
2012年01月01日
謹賀新年
2012年元旦、朝。

ウトロンと見た、今年最初の朝日です。
新年あけましておめでとうございます。
新潟には珍しく、穏やかに晴れた元日を迎えました。
なんだか今年は良い一年になりそうな気がします。
いや、良い一年にしていかなくては。
どうぞ皆さま、今年もよろしくおねがいします。
【追伸】
前略、ナックさん。

今日は栃尾のとなり、旧 山古志村まで足を伸ばしてみました。
ナックさんに今日のこの景色を見てもらえたらいいのに!
ナックさんが豪雪の新潟に遊びに来られる日は、
大雪が降った後の、晴れた日でありますように。
それだけで、いわきにない白銀の世界へお連れできるのですが
ここ長岡で晴れる日は、ひと冬に数日しかないもので・・・(TдT)
まあ、吹雪に閉じ込められて、
囲炉裏端で地酒を酌み交わすのも
いかにも新潟らしくて良いのですけれど。(笑)
機会があったらぜひお越しください。
黒い大きな犬がお迎えにあがります。(笑)
2011年12月31日
大晦日

2011年が暮れようとしています。
結局大晦日まで仕事を引きずっておりますが
もうすぐ仕事納めです。
楽さんがブログで、
先日牡鹿半島のめぐろさんを訪れた時のことを書いていますので
再出発されためぐろさんの近況をぜひ読んで頂けたら嬉しいです。
仮設住宅や避難先で年を越す皆さんのことを忘れないで
私も心新たに一年を迎えたいと思います。

この365日、ずっと一緒に過ごしたウトロン。
いろんな出会いがありました。
ありんこにご協力を頂いた皆さん、
一緒に練習してくださった皆さん、
この一年、本当にどうもありがとうございました。
2012年がもっともっとよい年となりますように。
@BOSSの膝もよくなりますように。
どうか皆さま、よいお年を。
2011年12月27日
冬到来
運動不足に陥りがちな雪国に住む私たちに
神様が与えてくれたエクササイズ、それは、

雪かき。(泣)
冬が終わると体脂肪率が下がっている、と
雪かき大好き(?)なコタンさんも言っていましたが、
新潟特有の重い雪をスノーダンプで15分も運んでいると
からだ中の脂肪が燃焼してポカポカしてきます。
これが終わらないと家に入れないのだから、
エクササイズというよりも、強制労働に近いのですが。
でも、一夜明ければ・・・・・・

おおおおおお~~~~~!!!
昨日まで散歩をしていたあぜ道はもうありません。
代わりに現れたのは、誰も踏んでいない一面の真っ白な雪原。
雪国に住んでいて、ああ贅沢だなあと思う瞬間です。

行って来ま~す!(ワシワシワシ)

ただいま~(ゼイゼイゼイ)、ウトロン至福の時。(笑)

歩いているんだか、泳いでいるんだか、潜っているんだか。
こんなのが向こうから向かってきたら、怖いですね。(笑)

「・・・・・・・」
どうしたの?

「どっち行けばいいの?」
好きなところに行きなさい。(笑)

ウトロンも、それはそれは幸せそうですが、

見ている私もたいそう幸せです。
ただ一つ、気にかかることは・・・

どうか、熊に間違えて撃たれませんように。( ̄∀ ̄;)汗

笑っているウトロン。
満足したようです。(笑)
大好きな冬が始まりました。
【おまけ】
みなさまにご心配頂いている@BOSSの膝。
土曜日、おじいちゃん先生のところへ再診に行ったようですが、
会社に戻った@BOSSに「どうでした?」と聞いたら、
「膝の輪郭も出ているし大丈夫そうだね、って
水も抜かないし、飲み薬が出ただけだった。」

覚悟していった割にはちょっと拍子抜けではありますが^^;
とりあえずは今すぐどうこうということはなさそうなので一安心。
でも、ずっと付き合っていかなければならない膝なので
@BOSSは以前私がMRIを受けた大病院へ念のため行ってみるそうです。
確かにこれからもバイクに乗るなら、
それもMXを再び本気で始めるのなら尚のこと、
爆弾を抱えたまま乗るよりは、治せるものは治して乗った方がいいですよね。
無理をするなと言われて、無理をしない@BOSSではないですし・・・(ぼそ。)
つづく。
2011年08月27日
佐渡紀行2011 DAY3&4
先週末は仕事で、もてぎで行われたトライアル世界選を見に行けず、
今週末も仕事で、やはりバイクに乗れそうもなく。
そんなわけで、すっかり季節外れとなってしまったお盆休みの話の続きを
写真だけを頼りに書いています。

【15日】

佐渡の海岸で迎える3日目の朝。
毎日穏やかに、のんびりと時間が過ぎていきますが、
この日は懐かしい方とお会いしました。

2007年のお盆休みにこの千畳敷へやって来たときに会った
ゴールデンレトリバーの「りき君」(当時11歳)と「りきパパ」さん。
お互いにバーニーズとゴールデンを連れていうというシチュエーションは
あの時とまったく一緒なのですが・・・

「りきは13才で亡くなって、これは二代目の『レオ』です。」
こちらもバニウトロの二代目、ウトロンです。
初めまして、レオ君。

過去にフラッシュバックしたような出会いでびっくりしました。
また来年、お会いできますように。
レオ君に帰ってほしくなくて、お腹を見せて興味を引こうとするウトロンと
そんなことにはまったく興味を示さないレオ君。^^;
さて、今朝は釣りをしてみようと@BOSSが言い出しました。

岩場を越えて防波堤へ。

何年ぶりかで釣竿を持ち出したら、劣化して針がないものも。

私にバイクを教え、ウトロンに泳ぎを教え、
ヨーダ婆に釣りを教える@BOSS。
いつもありがとうございます。(-人-)
しばらくするとアジが回遊してきて入れ食い状態に。
釣りなんかしなくていい、と言っていたヨーダ婆も
竿が引き始めると大喜びです。

レオ君にはあんなに興味津々でしたが、
アジにはまったく興味を示しません。

釣りから戻ると、暑さにウトロンは昼寝を始めたので、

私はカメラをもって岩場をもぐってみることに。

魚を見つけて写真を撮ろうとしたら

防水のはずの私のカメラが、突然逝ってしまいました。(TдT)チーン
というわけで、これ以降は@BOSSのカメラのみ。

お昼ごはんは、今朝釣ったアジのタタキと塩焼き、

つぶ貝のような大きさの、こじんまりしたサザエの壷焼き。

とそこへ、地元の漁師さんから、
獲れたてのアワビとウミブドウの差し入れが。
殻のはずし方が分からない私に代わって、
慣れた手つきでドライバーで身を取って、
ちょいちょいっと殻の上に盛り付けてくれました。

「肝が一番美味しいですからね。」
新鮮なアワビの柔らかくておいしいこと!

そしてこちらが頂いたウミブドウ。
何もつけなくても、磯の香りとプチプチした食感が感動的に美味しくて
冷やした白ワインがクイクイ進みます。゚。( ̄▽ ̄)ポワーン

ウミブドウの中に、かわいい平家蟹の赤ちゃん?が隠れていたので
海に帰してあげました。
新鮮な海の幸、獲れ立て三昧のお昼ご飯を終えると、

「海なんか自分にはもう入れない」と言っていたヨーダ婆が、
「冥土の土産に。」と着替えを始めました。

ヨーダ婆、9月で80歳。
毎年毎年、いったいいくつの土産を持っていくつもりやら。(笑)

ヨーダ婆の進水式も完了したところで、

ウトロンを連れて昨日の岩場まで行ってみましょう。

途中、「月見橋」の上で、何やら女の子がふたり、
手すりにつかまって、下を見下ろしています。
どうやら姉妹で度胸試しをしているようす。
お父さんに「大丈夫だから飛び降りろ!」と言われて
「じゃあ飛び降りたら200円、いや、300円くれる?」
・・・随分安い命ですね。( ̄∀ ̄;)汗

何かあったらすぐに助けられるように、お父さんが下で待機しています。

「じゃあ、せーの、で行くよ!」
「手をつないで行く?」
飛び込む瞬間を見ようと見学していた私たちですが、
姉妹はかれこれ20分以上、「やっぱ怖いよ~」と躊躇したまま。

よし、じゃあ私が飛び込んだら二人も飛び込む?
「うん!飛び込む!」
絶対飛ぶ?
「うん、絶対飛ぶ!」
というわけで、私がダイブすることになったのですが・・・
えいっと心さえ決めれば、高さは大したことないのですが、
おかしいのはそれを見守るウトロンです。
心配そうに私の側を離れません。

そして、私が飛び込んだ後もずっと下を覗き込んでいて、

その後ウトロンなりに何かを決意したのか

私たちは何も言っていないのに、
自分はここから飛び込んでみるべきではないかと思ったかのように、
海面をそ~っと覗きこんでは、ブルブルと首を引っ込め、
また覗いて片足を出してみては、やっぱりダメだと後ずさり。
昨日までは水の中を歩くことすら危うかったのに、
いったいどうしたのだ、ウトロン!(笑)
1台しかないカメラもここでバッテリー切れ。
(結局飛び込むところまでは至らなかったんですけどね。)
佐渡での夏休みは、大冒険も大事件もなく
毎日のんびりと過ぎていくなあと思いながら過ごしていましたが、
ウトロンにとっては毎日が大冒険だったかもしれません。
この日も近くの「ワイドブルー相川」でお風呂に入り
買い出した食材で簡単な晩餐を楽しみました。
お盆を過ぎたら、夜もめっきり涼しくなって
タオルケットが必要なくらいでした。
そうそう、海で体が冷えたのか、冷たい水を飲みすぎたのか、
ウトロンがこの夜、バスの中(しかも運転席)で下痢をしたことも
今となってはいい思い出です。(笑)
引き続き、DAY4。

【16日】
4日目は天気もイマイチな上、カメラが1台壊れてしまったので、
写真がほとんどありません。
本日最終日ということもあり、名残惜しい佐渡の海で
1時間ほどシュノーケリング。
その後、テントをたたんで撤収してから、
珍しく外海府を走らずに、島の真ん中を突っ切って、

ヨーダ婆の希望で、久しぶりに新穂の「トキ資料館」へ。
その後、国仲平野にある「佐渡空港」に立ち寄ってみました。

その昔行った、中国の片田舎の空港だって
もう少し大きかったような・・・( ̄∀ ̄;)汗
一日3~4便が新潟と行き来しているようですが、この日はお休み。
島民は新潟-佐渡間を片道4500円、島民以外は6500円だそうですが、
ジェットフォイルの方が便利かも・・・。
さて、帰りのフェリーまで時間が有り余っていたので、
今まで行ったことのなかった「ドンデン山」に車で上ってみることに。
ここは牛の放牧に使われている山で、
道のところどころに大きなフンがぼたぼたと落ちています。
相当自由に放牧されているみたいですね。
この山は、人工的な杉の植林のようなものが見当たらず
山全体が落葉樹で覆いつくされているので
紅葉の秋に来たら、すごい景色が広がるのではないかと思います。

麓にある、まるで「佐渡エルズベルク」が行えそうな
迫力ある採石場を見下ろしながら

標高900mの細い道のりを上っていくと、
(反対側の窓からの風景は、かなりスリリングです^^;)

途中で佐渡を見渡すパノラマが広がり、
(本当はもっと遠くの湾まで見渡せるはずらしいのですが・・・残念!)

もう少し上に行くと一気に気温が下がって、
背の高い直物は見当たらなくなります。

下界は真夏の暑さだったのに、ここは15~16度くらいしかありません。
海水浴の恰好そのままで上ってきた私の、なんと似つかわしくないことか。
さっぶ~~~!!!(><)
後ろに見えるのは「ドンデン山荘」で、
ここを拠点に、登山やトレッキングするのが一般的のようです。

せっかく来たので記念撮影をしようと呼びますが
牛のフンに負けるものかと、マーキングに忙しいウトロンです。
ここから「ドンデン池」につながっているという
トレッキングコースの入り口がありましたが今日はパス。

ドンデン山は「花の百名山」のひとつにも数えられているそうですが、
残念ながら今日はガスってなにも見えません。
まるで知床峠に登ったときのようです。(TдT)
でも、佐渡にこんな雄大な風景があったなんて。
いつか、このドンデン山に来ることだけを目的に来て、
この周辺を歩いてみたいと思います。

下界へ降りれば夏に逆戻り。
フェリーの時間までまだまだあるので、
潟上温泉の健康保養センターで、温泉に入って一眠り。

深夜2時の予約しかとれていませんでしたが、@BOSSが
ダメもとでその前の便でキャンセル待ちをしてみようというので
少し早めに行ってみると、何とか乗せてもらえることになりました。
午後10時30分、両津港を出港。
港の灯りが少しずつ小さくなっていきます。
長かったようで短い夏休みももう終わり。
あ~あ、このフェリーが新潟港ではなくて、
大西洋にでも向かえばいいのに。
けれど、おけさ丸が向ったのは日本海を挟んだ対岸でした。
まあ、そうでないと、

このヒトも怒りますしね。(笑)
ただいま、シャリ。

行く前には真夏だったのに、帰ってきたら
空は透き通って高くなり、稲の穂が頭を垂れ始めています。
秋はもうすぐそこです。
2011年08月20日
佐渡紀行2011 DAY2

【14日】

朝5時半。メッシュテントから見る夜明けの空。
@BOSSとヨーダ婆は5時になる前に起きて動き出しているようです。

ちょうど朝日が昇り始めました。すごい、波が砂漠みたい。

よし、ウトロン、涼しいうちに散歩に行こう。

青とピンクのグラデーションが、時間と共に少しずつ変化していきます。

@BOSSの頭上をまっすぐに昇っていく一本の飛行機雲。
何かいいことがあるといいですね。(笑)
今日はここから反対側、ちょうど佐渡を半周したあたりにある
「千畳敷」に向かって走る移動日にすることにしました。
天気もいいし、風光明媚な佐渡の海岸線を走るには
絶好のドライブ日和になりそうです。
朝食を食べて、テントをたたみ、8時出発。

今は穏やかな海ですが、波が荒れ狂う日もあることでしょう。
海岸線には小さな祠をたくさん目にします。

小舟から網を引いています。ワカメ漁かなにかでしょうか。

観光はしない予定でしたが、時間に余裕があるので
赤泊港のすぐ近くにある蔵元「北雪酒造」に寄ってみることに。
ここはニューヨークのセレブ御用達和食レストラン「Nobe New York」の
オリジナル純米大吟醸「NOBU」を作っていることでも有名です。

なぜここにパチンコ店が・・・と思うような場所にポツンとある「七福神」。
「運試しに500円だけやってみますか!
万一出たら今夜は民宿、出なかったら予定通りキャンプです。」
と、@BOSSが言うので、500円玉を握りしめて店内へ。
もちろん普段パチンコなどすることはないのですが、
初めて佐渡に来た時に、同じようにここで運試しにと入ったら
いきなり目の前がピカピカし出して、500円が9000円になったことがあり、
夢よもう一度!と3人で入ってみたものの・・・
数分後にはすごすごと揃ってバスへ。
本日は予定通り、キャンプに決定。(TωT)

ここ数年で佐渡の道はどんどん良くなってきましたが、
その代わり、情緒ある昔ながらの旧道を走れなくなったりして
佐渡ファンとしては少し寂しくもあります。
さあ、ここからは青く澄んだ、美しい佐渡の海をお楽しみください。
(とは言っても、走るバスから撮ったスナップ写真では
とてもその美しさは伝えきれないのですが。^^;)

あ、キャンプしてますね。うわ~、気持ちよさそう。

どこもかしこもまるでプライベートビーチのようです。

おお、越後のコートダジュールよ!
家の目の前にこんな海が広がっているなんて羨ましい!

しかもすぐ側に田んぼがあったり、畑があったり。

南仏も好きだけど、佐渡も好き~゚。( ̄▽ ̄)ポワーン

真野の入り口にある民宿&ドライブイン「長浜荘」でお昼をとることに。
佐渡へ来るたびに通りますが、ここへ寄るのは初めてです。
座敷に座ると、大きな窓から見える景色に
まるで走る船に乗っているかのような錯覚が。

佐渡へ来てからほとんど毎回軽めの魚系の食事が多かったからか
@BOSSは迷いながらも禁断のカツ定食を選択。

私はちらし寿司(並)、ヨーダ婆はにぎり寿司(並)。
さっきパチンコですらなければ「上」を頼んだのですが。

真野の海岸線は少しリゾートっぽいですね。

これは二見の火力発電所。
佐渡は新潟県なので東北電力管内なのですが、
島内に3つの火力発電所と、6つの水力発電所があって、
島内の電力はこれですべてまかなっているのだそうです。
ちなみに佐渡の電源周波数が60Hzだったなんて、
同じ県内にいながら今まで知りませんでした。

二見から相川をつなぐ「七浦海岸」は隆起海岸で、
この辺りからは、大きな奇岩がたくさん見えてきます。

これは七浦海岸でも有名な「夫婦岩(めおといわ)」。
仲むつまじい夫婦が語り合っているかのように
二つの岩から並んでいることからそう呼ばれるそうですが
夕暮れ時に来ると、赤い空に岩のシルエットがとても美しい景勝地です。

さあ、本日の宿泊地、「千畳敷」に着きました。

ここは岩場もあり、風島公園よりも変化に富むので
シュノーケリングにはとても楽しい場所です。

では昨日の復習から。まず水の中を歩いてみましょう。

水に入ること自体はまったく嫌がらないのですが、
胸より深いところには絶対に行こうとしません。
まるで、水に顔がつけられない子どものようです。^^;

なんとなく泳げることはわかったので、
次は「海は安全で楽しい」ということを覚えてもらいたいと思います。
というわけで、浅瀬を散歩してみることに。

一緒に歩いてわかったことは、ウトロンは水が怖いのではなくて
乱反射して底が見えにくいようなところにものすごく慎重で、
分かるまで足を出さないらしいということです。
う~ん、まるでチーズナッツをびくびくとアイドリングで走る
私自身を見るようです・・・^^;;;

まあ、おいおいと慣れていくことでしょう。

昔ながらの漁村の雰囲気そのままの千畳敷。
海水浴客の車がなくなったので、駐車場にテントを張りました。

何はともあれテントの四隅に蚊取り線香を焚きます。
夕暮れ時の儀式です。

風島では海から昇る朝日を見ることができましたが、
千畳敷は反対側なので、海に沈む夕陽を見ることができます。

こちらが本日のレストラン。

最近は七輪やBBQコンロで炭を熾すこともあまりせず、
もっぱら簡単な卓上ガスコンロで焼き物をする手抜きっぷりですが
イベント性を必要としない時には便利なんです、これ。
すぐに火が点くし、片づけも簡単だし。^^;
コットに横になったのは夜11時。
メッシュテントから大きくて丸い月が見えます。
テレビもラジオも携帯電話もなく、聞こえるのは波の音だけ。
平和です。
DAY3につづく
2011年08月18日
佐渡紀行2011 DAY1

バイクに乗り始めて3年、
毎年お盆休みは北海道GSツーリングに行っていましたが、
今年3月の震災以降、あらゆる予定が一旦すべて白紙となって、
お盆休みの予定も、何となく宙ぶらりんなまま。
ウトロンを預けて今年もバイクで北海道へ行くことはできたし、
川西MX場や村パーで練習三昧の毎日を送ることもできたのですが、
ウトロンの先代、バニウトロと送っていたようなのんびりした夏休みを
久しぶりに過ごしてみたい気持ちもあって、
GWに行ったばかりではあるけれど、今回は一切観光なしで
宿もとらず、気の向くまま、気のすむまで、
佐渡ケ島で波に浮かんで過ごすことにしました。
佐渡には、これまでもう何度行ったか覚えていませんが、
同じ新潟県内とは思えない、というか
地つながりの他県に行くよりも遠くに行く気がします。
大げさですが、海外の小さな島に行くような、
「旅」に出る感じがして大好きです。
【12日】

今年はカレンダーのせいか、佐渡へ来る人が多いのか、
佐渡汽船のHPは、12日から16日まで全カーフェリーに満車マークが。
それでも、いつものごとくキャンセル待ちをすれば
予約をしなくても大丈夫であろうと高をくくって
仕事を終えて16:00のフェリーを目指して新潟へ走りましたが、
フェリー乗り場の駐車場には、前のフェリーからまだ乗れずにいる
キャンセル待ちの車がすでにたくさん並んでいました。
もしかして明日まで乗れなかったりして・・・と心配しましたが、
「それいけウトロ号」がサイズの長いマイクロバスということもあって、
なんとか次の19:30の便に特別に潜り込ませてもらえることになりました。^^;

乗船まで3時間近くあったので、時間つぶしに
佐渡汽船館内の展望レストランに入ってみることに。

夕陽に染まり始めた海を眺めながら軽く一杯。
4日間、よい旅になりますように、乾杯。

出港30分前、日本海に夕陽が沈みます。

こちらが私たちの乗る「おけさ丸」。
たった今、佐渡から新潟へ渡ってきたばかりですが、
乗船客を降ろしたらすぐに折り返してまた佐渡へ向かいます。

私とウトロンは「イベントプラザ」の隅にあるペットコーナーへ。
船によって違うようですが、
この「おけさ丸」のペットコーナーは両サイドに2ヶ所あって、
こちらのように広いスペースで自由にしていい大広間パターンと、
小さな壁で隣の席と間仕切りされている個室パターンがあります。
どちらにも、一応ケージが用意されていますが、
飼い主が一緒について居ればケージに入れる必要はありません。

こちらのコーナーではフェレット2匹と同席になりました。
このフェレット君と、どうしてもどうしても遊びたいウトロン。(笑)

混み合う前にと、船内のレストランで夕食を食べていると電話が。
なんと、牡鹿半島の「めぐろさん」からでした。
「いやー、ありんこさんから荷物が届いたから、
びっくりして電話したんだよ。」
お聞きすると、今月27日には好意で譲ってもらえることになった漁船を
名古屋のボランティアの方が遠くから運んで下さることになり、
また29日には大阪のボランティアの方が30人くらいで、
皆さんが元気になるように「祭」をしに来られるのだそうです。
(オーランドの太田パパみたいですね。笑)
「もし近々こっちへまた来る予定があるんだったら、
よかったらその日においでよ。」
うわーん、残念ながらその日は、私の地元でもお祭りで
毎年恒例の、会社のイベントを開催するんですぅ。・゚・(ノД`)ヽ
でもお話できてうれしかったです。また必ずうかがいますね。

夜10時過ぎに両津港に到着。
そのまま10kmほど走ったところにある風島海浜公園の駐車場に
メッシュテントを立てて、日付が変わる前には眠りにつきました。
【翌13日】

朝5時、起床。
思ったよりも暑くなかったけれど、虫除けの準備を何もしなかったので
この夜はあちこち刺されて大変でした。
まぶたを刺された私は左目がお岩さんのよう。(TωT)
まあ、1~2日もたてば治るでしょう。

300mくらい離れたところにキャンプ場があって
そこは長屋のようにテントが並んでいましたが、こちらは誰もいません。

朝日を受けてウトロンと散歩。
前の犬、同じバーニーズマウンテンドッグの「ウトロ」は
海で泳ぐのが大好きで、潮の香りがするだけで狂喜乱舞して、
浜辺へ着くと、海へと一直線に走っていったものですが・・・

「ふぁ~~~~」
ウトロンには「海に来た」ということがわかっているでしょうか?^^;
さて、GWに初めて海というものを見たウトロンですが、
その時は寄せては返す波の動きにびっくりするだけで
泳いでみるところまではいきませんでした。
今回の佐渡キャンプの目的の一つは「ウトロンを泳がせる」です。

というわけで、念のためライフジャケットを着せて、さっそく特訓開始。
おっかなびっくりで、水に足をつけるウトロン。

水に入ることはできますが、泳ごうとはせず
甘えてごまかすウトロン。

仕方なく抱きかかえ、足の届かないところまで強制連行。
最初はバチャバチャと前足を水面から出していましたが、
最後は水中でスイスイ犬かきらしき動きが出来るようになったような・・・
でも見ようによっちゃ、これって虐待??( ̄∀ ̄;)汗

ゼーゼーゼー。
あまり無理強いをして、海そのものが嫌いになってはいけないので
適当に切り上げて、泳ぎの練習はまた後で。^^;

天気がいいのでウエットスーツもすぐに乾きます。

お昼前、ウトロンとヨーダ婆を海に残して
(大丈夫かいな・・・帰ってきたら干からびていたりして・・・^^;)

両津の町まで戻ってあれこれと買出し。

昼食はこちら、海の見えるレストランです。

お昼のメニューは簡単に、買ってきた焼肉ビビンバ丼。

ハフハフ、辛い!でもおいしい!
青い海、青い空、白い泡、最高です!(笑)

ジリジリと暑くなってくるにつれて、海水浴客も増えてきました。
「ワンちゃん、がんばって~」と子ども達からの声援を受けて
ウトロンの泳ぎの練習、午後の部開始です。
なんか岸へ泳ぐ逃げ足がものすごく速くないですか??^^;
あともうちょっとなんだけどなあ。

@BOSSはウトロンを沖へと連れていくために
ボディーボードを使ってみようと考えたようです。

「さあ、ウトロン、これに乗ってみよう。」
それって泳ぐより難しいんじゃないすかね・・・( ̄∀ ̄;)汗
普段からほとんど吠えたり騒いだりすることの無いウトロンですが、
ボードに乗って、神妙な顔で沖へと大人しく運ばれる時は
内心相当ドキドキしているんでしょうか・・・。
でも、岸へ向って確かにちゃんと泳いでいますよね。

疲労困憊のウトロン。(無理もありませんが。^^;)
すずしい日陰に倒れこんで、そのまま夕方まで爆睡していました。
普段は涼しい会社の中で一日中寝ているので
「もやしっこ」がいきなりサマーキャンプに放り込まれたようなものでしょう。

ではウトロンが寝たところで、私も少し泳いでこようと思います。
このフィンを履くの、何年ぶりだろう。

佐渡の海は透明度が高くて本当にきれいです。
深いところに行かなくても、こんな風に魚がたくさん泳いでいます。
60cmくらいの大きなイシダイも目の前を泳いでいきます。

うわ~、幸せ~~~゚。( ̄▽ ̄)ポワーン

午後5時、人がいなくなった浜辺。
波の音をBGMにディナータイムの始まりです。

ウトロンもようやくシエスタから起きてきました。(笑)

海で泳いだ後の、気だるいけれど心地よい疲れを感じながら、
潮風に吹かれて、キリリと冷えたワインを飲む幸せタイム。
ああ、このままあと一ヶ月くらい、
ヴァカンスを過ごせたらなあ・・・゚。( ̄▽ ̄)ポワーン

蜃気楼のように、新潟からのカーフェリーがゆっくりと通っていきます。

食事の後は、釣り人を冷やかしながら夕間暮れの防波堤を散歩。
空には星が出始めました。
明日もいい日になりますように。
DAY2へつづく。
2011年07月30日
記録的豪雨、再び。

Photo by すばるお父さん
これは29日朝のすばるお父さんのお店の前のようす。

Photo by コタンさん
こちらは今朝、30日のコタンさんの家の前。
(お昼を過ぎた現在は、もう水が引いたそうです。)
もうニュースでご存知かとは思いますが、ここ数日の大雨で、
新潟では40万人に避難指示・勧告が出される状況となっています。
私も、昨日からご心配のメールをいろいろといただき、
一応ブログでもご報告した方がいいのかなと、今朝の様子をお伝えしたいと思います。
これまでありんこで被災地のようすを何回か報告してきましたが、
まさか自分の住むまちのレポートをすることになるとは。
新潟では、この一週間ずっと雨が降り続き、
一時的には1時間に80~100mmという豪雨となって、
「記録的短時間大雨」の回数が異常なまでの数を数えています。
激しい雨足は、7年前の7.13水害を思い出させましたが、
それでも、毎日、降ったり止んだりが続いていたので
さすがにもうあそこまでの被害はないであろうと思っていました。
しかし、昨夜から今朝にかけての大雨は・・・(TдT)
深夜2時過ぎ、部屋がピカッと明るくなるほどの閃光と、
その後に来たドカン!という轟音で目が覚めました。
「信濃川合流地点で河川が増水しているため、河川が危険な状態になっています。」
「魚野川の浸水の恐れのある地域に『避難準備情報』を発表しました。
いつでも避難ができるように準備をするとともに、
テレビやラジオなどをつけて災害情報にご注意してください。」
刻々と携帯電話に入るエリアメール。
ピカッ!ドカーン!ガラガラガラ・・・
ピカッ!ドカーン!ガラガラガラ・・・
部屋を揺らすようなものすごい音の落雷は、まるで
上空から砲撃で各家を狙い撃ちされているかのようでした。
そんな中、トイレは外でしかしなくなったウトロンが
「おしっこがしたい」という目で、玄関に寄り添い私を見つめ・・・(TдT)ウッソー
バケツをひっくり返したような豪雨の中、
ずぶぬれになっておしっこを済ませ、
家に入ってから、ふと思い出したようにもう一度外に出て、
今度はウンチもするウトロン。と、それを待つ私。(泣)
明け方4時くらいから、ずっとテレビのニュースをつけ続けていましたが、
ぷつん、と停電となって電気はそれっきり。
明るくなって外に出てみると、
近所の人たちも皆、自分の田んぼや畑の様子を見に外へ出ていました。
幸い、私の家の前は大丈夫でしたが、

数件先では、家の中に水や土砂が流れ込んでいました。
何軒かのお宅は、公民館や小学校に避難されていたようです。
会社に行く前に、近所をぐるりと回ってみました。

ここは朝ウトロンと散歩をするコース。
毎朝言葉を交わす近所のお母さんが
手塩にかけた畑が土砂で埋まってしまっています。

トライアルの朝練の広場へ続く道は、
土砂崩れで杉の木が倒れてしまい、完全通行止め。
左側の黒いコードは、電柱から垂れた電線です。
家の停電はしばらく続きそうですね・・・。(TдT)

川にも土砂が流れ込んで、どこもかしこも濁流に。
橋に草や蔓がかかっているのは、一度水位が橋を越えて
ここまで下がったのでしょう。

ここはもう土手がありません。
今立っている杉の木もやばいかも・・・。

田んぼも水があふれて、あぜ道は完全に冠水。
早く水がはけないと、せっかく育った稲がダメになってしまいます。

熱帯雨林???

川と道路の境があるような、ないような・・・。

水を含んだ地盤が柔らかくなって、電柱が倒れています。

「ここの先で倒壊した家があるから来てくれって言われたんだけど
これじゃあ歩いて行くしかねえなあ・・・。」

いたるところに流木があって、どかされるまで通行止めです。

ここも橋を越えて水が上がったんですね・・・。

毎朝6時にウトロンを散歩させる頃には、
みんなが起きていて、田んぼ仕事をしていますが、
その大切に丹精込めた田んぼが泥の中に水没・・・

実は私は昔このへんに住んでいました。( ̄∀ ̄;)汗

普段はきれいな棚田の風景が見られるところですが、
上の田んぼから下の田んぼへと、段々の滝が出来ています。

低いところにあるお宅には土砂が流れ込んで
軒先が倒壊してしまっています。

川から上がった土砂や草木のゴミが流れ込んでしまった田んぼ。
会社へ向かう道も、

川から流れてあふれた土砂が山積み。
今朝まで通行止めだったようですが、今は通れるようになりました。

あれ?ここは田んぼだったはずなのに、すべて沈んで、まるで沼です。
7年前にもこうした水害で道や川が壊れて
ようやく順番に復旧工事が進んできたのに・・・。
なんとなく、賽の河原で石積みをしていて
あと少しで積み上がるところへ鬼がやってきて
それを壊してしまう、という話を思い出してしまいました。
記録的豪雨、記録的豪雨と、最近はよく耳にしますが、
「記録的」って数十年に一度のことを指すのかと思っていました。
数年で記録を更新するのはオリンピックくらいにして欲しいものです。
とりあえず、会社は大丈夫なので仕事は普通にしています。
明日はトライアル関東選手権が決行されるようですが、
会場はロックのない、赤土でできた山ですので
いったいどんな大会になりますことやら・・・( ̄∀ ̄;)汗
【追伸】
今、いわきのゆーじさんから連絡があって、
3.11直後にゆーじさん達が避難所としてお世話になっていた
南会津の柳津にある「西山温泉」というエリアが
写真のように川沿いにあるため、今回の豪雨で、
土砂崩れが起こり、ほとんどの宿が倒壊してしまったらしく
周辺の道路も寸断されて、完全に孤立しているようです。

これは災害前の西山温泉郷(Wikiより転載)
もしここについての、「知らない人からの又聞きの噂」ではない
できるだけ正確な道路情報などをご存知の方がいらっしゃいましたら
お聞かせいただけると嬉しいです。
2011年07月01日
しつけ係
先週は仕事と雨とでバイクに乗ることもなく、
ブログも更新しませんでしたので
たまにはシャリの話題など。
ウトロンは7月生まれなので、もうすぐ1歳になります。
うちにやって来た時の体重はたしか7~8kg。
今は23kg、約3倍の大きさに成長しました。
(もう少し大きくなると思いますが・・・)
さて、14歳のシャリ(4kg)はウトロンがやって来たその日から
人生の大先輩として、しつけ係を率先して引き受けています。

これは去年の暮れ、ウトロンが5ヶ月の頃。
シャリの倍くらいの大きさです。
まだまだ子どもで、力加減がわからず、空気も読まず、(笑)
気分次第で遠慮なくじゃれついてくるウトロンを、
シャリは有無を言わさず押さえ込んで、
誰が上で、誰が下か、動物社会での礼儀を教えているようです。
ほほえましいと言っていいのか、
ウトロンはシャリにされるがままですね。^^;
シャリは大きなウトロンの頭を抱きかかえて、
遊んでやっているのは自分だと言わんばかりに舐めています。
でも、家にこういう先輩がいることは、ウトロンにとっても大切なこと。
もちろん家でご飯をあげるのもシャリが先です。
そして、こちらはほんの数日前、ウトロン11ヶ月。
(サイズ比が変わっていることがひと目でわかります。^^;)

写真から「シャー!」という声が聞こえそうですね。(笑)
先輩・後輩の関係は一貫して変わらないのですが、
ウトロンが大きくなった分、シャリの本気度が増してきました。
この動画は、シャリが休んでいた丸いベッドに
ウトロンがのこのこと入り込んで来たことに端を発したしつけタイム。
シャリはウトロンがどんどん大きくなって、自分の5~6倍になっても
見ての通り、一歩も引きません。
しっかし(気が)強いな、シャリ・・・( ̄∀ ̄;)汗
のけぞったウトロンを引き寄せて猫パンチしていますもんね。
もちろん、もうお互い加減は分かっているので
爪も出さないし、牙も出さないし、絶対にケガはさせないのですが、
雨で外に出ることができない日も、一日笑えます。(笑)
2011年03月22日
情報のこと、と思ったけれど
きっかけは、トレックフィールドさんでした。
現地で食料などが手に入りにくい人に
必要な物資を宅配バイクで届けているというトレックさんの掲示板の
「今現地で不足しているもの」が書かれていたリストをプリントアウトして
目に見える直接的な支援として、これらの物資を
仙台にも届けたいと@BOSSが言い出したのでした。
買い出しをした隣の市のマツモトキヨシでは
お米にもラーメンにも「お一人様2つまで」と書いてありましたが
店長さんに事情を説明したところ、
「そういうことであればいくつでも」と、快くご協力を頂いたばかりか、
「足りなものは無いですか?奥から出してきますので」と聞いて下さったり、
商品のパッキングを手伝って下さったり、
内容物の名前をダンボールに書く太マジックを用意してくださったり。
本当にありがとうございました。
また、買い出しをしていたら(ζ`)さんからメールが。
「今回の買い占めに荷担させてください。」とのこと。
お申し出、ありがたくお受けいたします。
こうして出発準備をし、前日に@BOSSは
念のためトレックさんにメールで確認をして、
日曜日、仙台へ向けてミワ家とともに出発しました。

緊急車両登録の手続きを受けた津川手前のサービスエリアには
これから被災地へガソリンを運ぶ輸送車がずらりと並んでいました。
現在、東北地方の高速道路を走っていいのは緊急車両のみ。
救援物資を運んできたのであろう、県外ナンバーのワゴン車、
家族を迎えに行くらしい軽自動車も混じっていましたが、
それ以外は、おそらく避難する人を乗せてくるための大型バス、
警察庁、消防庁、自衛隊などの特殊車両ばかりで物々しい雰囲気です。
高速を降りて、仙台の中心市街地に入ると・・・
中越地震を経験した私達が想像していた地震後の町並とは
少し・・・いや、随分違いました。
車は普通に走っていて、道行く人は日曜の買い物に出た感じで、
ガソリンスタンドは閉まっている店が多かったものの、
カップルがファーストフードを手に食べながら歩いていたり
コンビニも外食チェーン店も所々オープンしており、
萩の月のお店も営業して、花屋さんの店先では花も並んでいて、
街全体に(被災地に対して失礼な表現かもしれませんが)
日曜ののどかな雰囲気さえただよっています。
確かにスタンド前の道路やコンビなどでは長い行列が出来ていますが
サロンドアトラスでも壁や天井が落ち、
すぐ前のセブンイレブンは2階の窓が全て落ちて、
ガラスが駐車場いっぱいに飛散し、
国道が崩落して寸断され、道路のアスファルトはいたるところがうねり、
マンホールや橋げたが突き出して、車の通行がままならなかった
あの中越地震を思い出すと、実は、少しだけ拍子抜けをしてしまいました。
(もちろん、街が無事である方が喜ばしいことなのですが・・・)
そこからもう少し海寄りにあるトレックフィールドさんに近づくと
少しずつ道路にひび割れがあったり、瓦が落ちた家などが
目に入るようになりました。
初めてお会いするとれっくと~ちゃんにお話を聞きました。
地震後の仙台の市街地は余震はまだまだ続くものの、
数日前から物資も入り始め、一応日常は戻ってきているようですが、
家などに被害が無くても物資の供給が滞っていたために、
周辺のお店で買い物が出来ず、食べものなどが底をつく
いわゆる「買い物被災者」が多数いたそうでした。
とれっくと~ちゃんは、こうした方たちに物資を届けて支援しています。
と、話を聞いている間にも小さな余震が襲ってきて
トレックさんはワンちゃんを連れ出してお店の外に避難しました。
とれっくと~ちゃんが、海に近いエリアではもっと被害が大きくて
そちらは道も悪く、まだまだ物資が届かず、
同じく仙台在住のAD/tacさんが、そういう小さな避難所に
物資をボランティアで届けているということで
彼に連絡をとってみてはどうかとtacさんに電話をしてくれました。
実は@BOSSも、トレックさんから1kmほどしか離れていない
tacさんのお店にも物資を届けるつもりでいたので、
留守かどうか、お店に連絡をして頂けて助かりましたが、
物資を被災地に届けに出ているのか、この時はtacさんと連絡はとれませんでした。
それであれば、ここから今日私たちが行ける範囲で、
もっとも物資が届かないエリアに届けようということになり
会津で私たちと合流したゆーじさんが、
「亘理小学校では物資が届かず、おにぎり1個を4人で分けている」
という情報をネット上の災害関係のコミュニティで見つけ出しました。
その情報は約12時間前にアップされていて、しかも
現場に近い人がアップしていたらしい、ということだったので、
ここから1時間半の亘理小学校へいくことに。
念のためゆーじさんは、その情報をアップした人に
「物資を積んで近くにいるので現在の状況を教えてほしい」というメッセージを送りました。
亘理の町に入ると、倒壊したような建物はありませんが
ガソリン不足が原因なのか、確かに道を走る車の数が激減しています。
その時ネットに情報をアップしたという人から返信があったそうで
ゆーじさんがパソコンを開いてみると、返信メッセージの内容は、
「ぜひ亘理小学校に行ってあげてください!」
・・・あれ?もしかして、現地の被災者ではない?
亘理小学校に着いてみると、自衛隊がすでに大本営を設置していました。
と言うことは、もうきちんと管理体制下に置かれているようです。
玄関では、ボランティアの方がご飯の炊き出しをして、
子どもたちも手伝いながら、たくさんのおにぎりを作っています。
水やお米、サランラップなども、箱で山積みされていました。
体育館を覗いてみると、確かにそこはテレビで見る避難所そのままで
広い体育館にぎっしりと布団が並び、たくさん服を着込んだ方達が
その上で座ったり横になったりしていらっしゃいました。
「班長」と呼ばれるボランティアの責任者の方に、少しだけお話を伺いました。
「昨日から自衛隊が入って、風呂の準備もしてもらっています。
食料や水は、昨日当たりから急速に、充分な量が届くようになりました。
食事は一日2回なのですが、皆、動かないのであまりお腹も減らないんですよ。
今は米が十分あるので、次は野菜がほしいところですが
これは保存の問題もあるし、難しいですね。
この亘理地域には4つの避難所があるのですが、
そこにバランスよく食材が行き渡るように、本部で物資の仕分けをしています。
そうしないと、量の把握ができなくて、
何があって何をいつまでにどれくらい使おう、ということを考えるのが
自分達ではかなりの労力になってしまうんです。」
次に必要なものは何ですか?という問いには、
「皆、着替えをしたがっていますので、次は新しい下着なんかがほしいですね。
毛布はもう足りているので、これ以上送ってもらっても逆に困ってしまいます。
あとは、ひげを剃りたいという人がいるので、そういった道具とか、
自転車なんかが各避難所に数台あるといいですね。
みんなで順番に使えば、どこかへ出かけて来れますし。
ガソリンはもう全然町にないのですが、入ってきても
皆お金がなければ車にガソリンを入れることはできないので・・・」
班長さんにお礼を申し上げて、避難所を後にしました。
おそらく、この避難所では2~3日前までは物資が届かず
これだけの人数の方達なので、ネット上の情報にあったように
「1つのおにぎりを4人で分けている」という状況であったのかもしれません。
しかし、今日はすっかり変わっています。
今日の時点で必要なのはお米ではありませんでした。
でもこれはこの避難所の今の状況であって、
他の避難所ではまったく違う物資が必要とされているかも知れません。
自衛隊がここに入っていると言うことはおそらく
私たちがネット上で普通に検索できるような情報で知る避難所には
国や自治体からの援助物資は行き渡り始めていると思われます。

建物には入れないので、非難所の駐車場に停めた軽トラの荷台で暮らすワンコ。
おまえも頑張って生きるんだよ。
亘理小学校を後にしながら、「情報」について考えさせられました。
誰がいつ、何をソースに、どこからアップした情報なのか。
事実なのか、発信者の思い込みなのか、信憑性はあるのかないのか。
「転載された情報」には、特に注意が必要です。
似たような情報の中で、緊急の度合いと、必要な内容が正しく伝わるためには
書き手側の「伝える力」と、読み手側の「読み取る力」も関係します。
また、既におきている問題でもありますが、例えば私がネット上に
「亘理小学校ではガソリンを使わずに済む自転車を必要としています」
と書いたとしたら、それは今の事実であっても
明日は変わるかもしれないし、800人収容の避難所に必要以上の、
たとえば500台の自転車が届けられる可能性もあります。
では、「今一番物資が届かずに困っている小さな避難所」に
私たちが持ってきた物資を届けるには、どこでそれを探せばいいのか。
一番間違いがないのは、困っている方から直接声を聞くことですが、
そうでなければ、電話が繋がる限り、
その現場に「今」いる方から電話で話を聞くことです。
声なら緊急の度合いも分かりますし、何より詳しいことが確認できます。
そうしているうちに、AD/tacさんと連絡がとれました。
時間的にもこれから届け先を探すより、現地で活動をされている
tacさんに物資を託す方が間違いないということになり、もう一度仙台に戻ることに。
戻りながら、亘理小学校から約3キロしか離れていない海岸部の道を通りました。
海に近づくにつれ、皆言葉を失っていきました。
道は車が通れるほどには片づけられていましたが
電柱は折れ、車が屋根の上でひっくり返り、家は潰れ、全ての物が流れ・・・
津波の水位を示す痕跡高は家の2階部分にまで達していました。
「3.16○○県警隊、済。なし」と、各家の壁に
生存者の捜索が済んだことを知らせるテープが貼ってありました。
ここには数日前まで人が住み、町があったはずなのに
今あるのはただ瓦礫の山、山、山。
そんな瓦礫の道を、飼い主を失ったのか、一匹のダックスフントが
宛ても無く走っていて、余計に悲しい気持ちに。
瓦礫で道を塞がれ、折り返そうとした時に、
ビニール袋を手にした老夫婦が神社の鳥居の前で
ぽつんと立っていました。
「どこへ行かれるんですか?」@BOSSが声をかけました。
「家を見に来て、亘理小学校へ戻るところなのだけれど、
頼んだタクシーが30分たっても来ないから
歩いて戻ろうかと思っていたところです。」
私たちも今そこから来たんです。送りますので良かったら乗ってください。
「ここ荒浜では150人以上の人が亡くなったんですよ。
私の家の隣近所でも6~7人の方が亡くなりました。」
怒りでもなく、絶望でもなく、現実を受け入れるしかない静かな悲しみで
150人という数字を、車中で淡々と語られます。
私たちはさっき来た瓦礫の町をもう一度戻りつつ、津波の話を聞きました。
「そうですか、新潟から。ありがとうございます。
私たち、親戚の家に一旦避難したんだけれども、
そこも水が出ないし、食事も全部作ってもらっていながら何も手伝えないし
それなら避難所の方が気を使わなくていいって移ってきたんですよ。」
食事は足りていますか?寒くありませんか?
「2~3日前は寒かったけど、今日は暖かいですね。
食事はまあ、私たちは年寄りだからそんなに食べないし、
第一、贅沢は言っていられないですよ。」
亘理小学校に着くと「せっかく遠いところを来て下さったから」と
手に持ったビニール袋から何かを出して私達に手渡そうとします。
いえ、まさかダメですよ!私たちがお二人から頂くなんてとんでもない。
「いえ、私は神社の者なんです。これは御神饌です。お守り代わりにどうぞ」
そういって「川口神社」と書かれた粉菓子を下さいました。

「本当にどうもありがとう、お気をつけて。」
バスを降りられる際に、頭をさげられ、そう言いながら握手を求められた時、
暖かい手を握りながら、涙がこぼれそうになりました。
中越地震のとき、テレビから毎日の様に流れる映像で
「頑張って、頑張って!」とあまりにも連呼された経験から
被災者の方へは「頑張って」と言わないと決めていた@BOSSも
避難所の入り口に立ち、手を振って見送って下さるお二人に
車の窓を開け「お体に気をつけて、頑張ってください。また・・・」と
思わず言ってしまっていました。
何もお役に立てなくて本当に申し訳ありません。
お二人に見送っていただきながら、そんな思いでいっぱいでした。
tacさんのお店に向かうために、再び高速に乗りました。
(高速を走れるのは緊急車両のみです。)
ここで見た、高速道路の左右に広がる風景は一生忘れません。
何もない・・・・・・。
まるで、写真で見たことがある、原爆投下後の広島のようでした。
私がカメラを構えると、ゆーじさんに「かまたさん」とたしなめられたけれど
ここが復興したらこの景色は無くなります。
ネットに上げるつもりはないけれど、私が死んでも写真は残るかもしれないので
「心で、手を合わせながらでもいいから」という@BOSSの声もあり
手を合わせてから、一度だけシャッターを切りました。
何もないその広大な荒れた景色の中に、ピンクの丸い何かがぽつんとありました。
死んだ豚でした。
再び仙台市内に入った頃、もう一度tacさんから電話がありました。
ちょうど今、物資の配達からお店に戻ってきたとのこと。
夕方5時半、tacさんのお店、ストレンジモーターサイクルに着きました。
お話をするのは今日が初めてです。
丸坊主にして迷彩柄のジャケットを着たtacさんは新卒兵のようでした。
tacさん、私たちの持ってきた物資、役に立てて頂ける所がまだありますか?
「ここ数日で道路も急激に修復されたので、
大きな避難所にはもう物資がかなり届くようになりました。
でもボクが行くのは、地元でしかわからないような、
神社に避難している人のところとか、道が悪くて行けない海岸線とか、
そういう所なので、食料品はまだまだ必要とされています。
大丈夫です、地元の青年団なんかと直接連絡を取っているので。」
そうですか、それなら間違いないですね、と、
今日あった出来事をかいつまんでtacさんに話すと
「そうなんです、こういう時の情報は、とにかく鮮度が命です。
特に今は、3時間くらいで状況がどんどん変わってきていますから。」
確かに今日はその事をつくづく感じました。
荷物を運び終わるとtacさんは
「今日はワンコは来ていないんですか?」
もちろん来ていますよ、ウトロン、ほらtacさんだよ。

もしウトロンでtacさんがほんの少しでも疲れを癒して頂けたなら
今日一番人の役にたったのはウトロンかも。(泣)
本当はここに残って、物資の仕分けでも肩たたきでも、何でもいいので
tacさんのお手伝いをしたいくらいですが、そういうわけにもいかず、
せめてウトロンだけでも残していこうかと思ったくらいですが
やはりそういうわけにもいかず。
結局tacさんに物資を託して、あとをお願いするしかありません。
tacさん、お手伝いできなくて申し訳ありませんが、
どうかよろしくお願いします。
これからも何か私たちでできることがあったら、いつでも申し付けてください。
「必要なもの」「必要なこと」は刻一刻と変わって行きます。
それもものすごいスピードで。
このブログだって、私たちが仙台に行ったのは日曜日ですが
書いている今日は火曜日なので
すでに現地はここで書いている内容と変わっているかと思います。
今回のブログでは、「情報のこと」と題して
今回学んだ、情報を選ぶ際の注意点や、
主要な情報を一元化して、できるだけ無駄をはぶいて
効率的にいろいろな効果をあげていくことの重要性について書くつもりでした。
けれど・・・
tacさんのご実家は、今日見てきたあの海岸のエリアにあり、
おそらく流されてしまったと思います、とご自身が言われていましたが、
それを確認することもできないまま、こうして自主的なボランティアで
小さな避難所に、一軒一軒、必要な物資を運ばれています。
自治体の手が届かない避難所にピンポイントで物資を届け、
今まさにそこで困っている方たちを、現実に助けているtacさんを見ていたら、
なんだか私たちのしていることは、募金も、今日こうしてやって来た物資支援も
被災者の方をなんとか応援したいという自分の希望を叶えるための
自己満足でしかないのかも、という気さえしてきます。
帰りのトランポで、長かった今日の一日を思い出しながら
いろんなことを反省しました。
結局、新潟にいる時にtacさんと連絡をとり、
最初からここへ届けていたら、時間的には半分で済んだ今日の一日でした。
しかし、それでは判らないままに終わった事もたくさんあった筈です。
ここへ来る前に、テレビで幾度となく見た津波の被災地のようす。
知ってはいるつもりでしたが、実際に目にすると知らなかったも同然でした。
亘理町の荒浜地区で見た景色、高速道路で見た景色があまりにもショックで、
正直、まだ心がまとまっていないのです。
夜が明けてアラームがなり、私はこれまでとそう変わらない朝を迎えています。
でもここから200キロ離れた場所には、あの風景が広がっている。
目が覚めたら、すべてが夢であったら・・・。
ウトロンに癒されているのは私自身です。

「それいけウトロ号」は緊急車両登録が出来ましたので、
要請がありましたらできるかぎり出動したいと@BOSSも言っています。
(遠征力だけは自信があります。)
でも、すでに自治体が把握しているところは、
勝手に動くと現場の混乱を招くもととなるので、
自治体に任せたほうがいいというのも事実ですし、私たちもそう思います。
FaceBookで@BOSSが先に今回の報告をアップしたという記事を
メールで教えてもらいました。
その中に、
「『おこがましい自己満足』との自戒を込めた上での現地入りでしたが、
若林、名取の現状を眼にして打ちのめされました。
支援はしないよりしたほうがよいことは判っていましたが、
自分の行動など、一匹のアリ以下だと・・・。」とありました。
これは、ミワ家の二人も、私も、今回痛切に感じたことでした。
その記事に対してAD/tacさんからメッセージを頂いたそうです。
「ありがとうございました。たとえ一人一人はアリ(蟻)だとしても
みなが動けば力になります。
勿論全員来てくれとは言いませんが、ご援助は大変力になりました。
きっちり現地まで届けます。」
tacさん、ありがとうございました。
偶然にも目にした被災地の惨状、あれが数県にわたっているのかと思うと、
募金も、物資援助も、自分のしていることなど、
やろうがやるまいが復興に関係ないのではないかと
ものすごい無力感を感じてしまいますが、
それでもやっぱり何か先に進むことをやらなければ、と思わずにいられません。
悲観と傍観。それだけはやってはいけないと思うので。
2011年03月19日
物資のこと
あれほどスケテツさまから、やってはいけないと言われているのに・・・

すみません、「物資の買占め」をしています。m(_ _)m
いえ、私の日常生活用ではないのです。
被災地であるいわきから避難をしているゆーじさんが
避難先から食料の調達に来たためです。
ゆーじさんが知り合いのつてで避難しているのは、
会津から40kmほど離れた福島県内の小さな村の小さな宿で、
そこには幼い子供を含めて、現在11人ほどの被災者が滞在し、
それを好意で、無償で受け入れて下さっているそうなのですが、
その宿のご家族の分すら、もう食料がほとんどなくなり、
食料を買いに行こうにもガソリンがないそうで、
一番近いスタンドでは一人1000円という数量規制がかけられていて、
そこにガソリンを入れにいくのに、1000円分では足りないという状態。
また付近のコンビニにはガムすら見当たらない状況なのだそうです。

どこからどう見ても、明らかに買占めですね。^^;
幸い新潟はまだまだ物資が豊富で、
トイレットペーパーやガスボンベは品薄となってはいるものの、
私の住む片田舎は食料の「買占め」という行為はほとんど見たことがないので
(弊社の向かいのコンビニも、パンやカップ麺は普通に並んでいます。)
ガソリンと食料の調達に新潟まで足を伸ばすしかない!と
なんとか4時間待ちでガソリンを調達した小さな軽バンで、
あ~やさんのお義兄さんと雪の長岡へやってきたのでした。

宿で話し合ったという買出しリストを見ながら買い物をするゆーじさん。
私がゆーじさんと一緒に調味料のコーナーで醤油を買っていると、
「あのぉ、ちょっといいですか?」と地元のおばさんが声をかけてきました。
げ、買いすぎ?注意されるのかな?
すぐに「こちらの人はいわきから避難して来た人なんです」と説明しようと思ったら、
「テレビで見ました。」
は?( ̄∀ ̄;)汗
「この町にはもう2つスーパーがありますが、
町から遠いここが一番商品が揃っていますよ。
でもインスタントラーメンはどこにも無いみたいです。」
私に対して、一生懸命、地元スーパーのことを説明してくれます。
避難所からの買出しとわかり、心配してくださっているようなのですが
私には「大変でしょうけれど、頑張ってくださいね!」、
そしてゆーじさんには「ご苦労様です。」と会釈。
・・・・・・・たぶん私が被災地から避難してきていて、
偉そうにテキパキ買い物をするゆーじさんが
その世話に当たっていると思われたようす。
ま、いいや。(泣)
タマゴを10パックとメモにあったので、タマゴコーナーに行くと
ちょうど10パックだけ残っていました。
申し訳ないと思いつつ、ある分すべて買い物かごに入れようとしたら、
年配のご夫婦が「あら、タマゴ全然ないね。」
あ、これは申し訳ないと思って、手に持っていたパックを差し出すと、
「ああ、私たちはいいんです。いつでも手に入りますから。
全部持っていってください。」
何も説明していないのに、笑顔でそう言ってくださいました。
私の買い物ではなかったけれど、お二人の言葉と笑顔に涙が出そうになり、
深々と頭を下げてお礼を言いました。
それにしても、私ってそんなに避難して来たっぽい雰囲気が
ただよっているんだろーか・・・( ̄∀ ̄;)汗

残念ながら、カード払いができないスーパーだったので
現金が減ってしまうことを避けるために相談中。
ここでは買い占めをする人は被災者、と理解してくださるようでしたが、
この日、買い出しに行くに当たってゆーじさんは
もし買い占めをしていて注意されて止められたり、
地元民である私たちに迷惑がかかるといけないと心配し、
被災地に物資を運搬する緊急車両であるという証明を出してもらうように
被災者の証明書を持って警察へ行きました。
(警察署は弊社の真裏です。)
が、そこでのやりとりは書くのもバカバカしいほど哀しいものでした。
暖房の効いた署内、のんびりとした空気の中対応したその人は
「で、何をしにきたのですか?」
いわきから避難してきたと言っても、「それは大変ですね」の言葉もなし。
何を聞いても、
「上からの指示がない限り、ここでは何もできません。」
「私が言ったところで、それは約束することではありません。」
「本署で聞いてもらわないとわかりません。」
本署はここから20キロ離れていて、
行ったからと言って証明書がもらえるわけではないことは私にもわかります。
でも例えば、緊急車両登録に必要な条件はこれとこれで、
だから難しいと思います、とか、その条件を本署に聞いてくれるとか、
警察である前に、人として、社会人としての対応が
もう少しあると思うのですが・・・
ゆーじさんたちの置かれている状況を説明すると、
「私だって中越地震を体験していますから、多少のことはわかります。」
わかるんだったら、
ぐだぐだ責任逃ればっかり言ってねーで
ねぎらいの一つも言ってみろや!ごるあぁぁ!
と喉まで出掛かりました。
本署と電話で話をしていたゆーじさんは、本署の担当者に
「(あなたがそう急がなくても)いずれ自治体からまとまった物資が
ちゃんと届くことになっていますから。」
と言われたそうです。
いずれっていつ?今晩や明日のご飯はどうすれば?
あまりの話のかみ合わなさに疲れ果て、
「ここはいいですね、暖かくて。」
とだけ言って警察を後にしました。
ま、わかっていたことなんですけど。(泣)
口をだせなかった一番下っ端らしい人がドアのところで私たちに
「あの・・・市役所へ行ってみては?被災者相談窓口があるらしいので。」
と言ってくれたのだけが気持ちの上での唯一の救いでした。
ということで、今度は@BOSSが一緒に役所の相談窓口へ行ってみましたが・・・
小一時間後、@BOSSは真っ赤な顔をして戻って来ました。
「ああ、相談に行ったのが間違いだった!」
まあまあ、落ち着いて・・・。
「おんなじだったよ。
食いものが無くなって買出しに来たっていうゆーじさんたちが目の前にいても
実感すら出来ないんだろうね、被災者の気持ちを。
ただ、ここから避難先の宿舎までの帰り道の道中をスムーズにしてあげるという、
ただそれだけの支援、救済処置すら、責任逃れを言って何もしてくれないんだ。
義援金を募金する人がいる反面、公共サービスの行政が、
痛みも伴うことでもないのに、それすら行ってくれず、
暖かい部屋のデスクで、5時のチャイムで掃除まで始めたよ、目の前で。
挙句の果てに、
『避難して逃げ出して来たいわきの市役所に戻って申請しなさい』だと!」
はあぁ???( ̄∀ ̄;)汗
「まったく、アホか!いわきに戻れないからここに来ているのに。
当事者意識どころか、平和ボケだよ、平和ボケ。
行政機能は破綻してるかもな・・・・。みな責任逃れと言い訳だけ。
機転をきかせて、こうしてみましょうか?とか、
私の責任でこういう方法があるかも、なんてことは一切なし。
ま、期待して行ったのが間違いだったとわかっただけ!以上!」
そうでしたか・・・。
(※追記 もちろん自治体、警察の方がすべてそうだとは思っておりません。
献身的に滅私奉公で、身を挺して事態に当たってくださっている皆さまには
このような書き方をして申し訳ないと思っております。)
会社でコーヒーを飲みながら、ゆーじさんからいわきの話を聞きました。
「被災地住民登録票」を見せながら、
「もうこれが通行手形みたいになっているんだよね。
避難所や宿に入るときにも。」

そこには事故発生時の居場所と、被曝検査による程度が記載されています。
この検査を受けるにも、数時間待ちの長蛇の列で
並んだ上に、翌日に回されることもあるのだそう。
こうして避難しているから安心かと言えば、
来月社員に給料を払うことはできない、仕事もできない、
いわきには帰れない、それもいつか戻れるという保証すらない。
ガソリンや物資がある所にきても、お金がなければ買えない。
問題は山積みです。
「募金と節電のほかに、私たちにできることって何がありますか?」と聞いたら
「何もいらないから原発を止めてよ。本当にそれだけ。」
ちょうどゆーじさんに電話が入りました。KUNIさんでした。
私もいわきでのラリーやしどきで一緒に走ったことのあるKUNIさんが
ハイパーレスキュー隊として、原発からたった2キロの場所から
特殊車両での放水する任務のためいわきに向かうことになったそうです。
言葉が出ませんでした。
-------------------------------------
こうして食料を無事調達して
皆が待つ避難先に再び戻って行ったゆーじさんたちでしたが・・・。
避難先のエリアには、他にも被災者を受け入れている宿が数軒あります。
ゆーじさんたちの宿の食料が尽きたということは、他の宿も同様ですが
この避難先の地域から私達の住む長岡の町まで買出しに来るには
サバイバル能力に長けているゆーじさんが、あらゆる機転を利かせながら、
ある意味「脱出」にも近い感覚で、ようやくたどり着いたというのが現状で、
その他の宿の被災者の方々の多くも、同じように食料調達を試みたものの
ガソリンや緊急車両登録の問題でエリア外へ出る事もままならなかったようです。
そこに荷物を満載にした彼らが、一台だけ戻っていくと
当然、避難先の同宿の皆さんは喜びますが、
それ以外の宿の被災者の方々の心情は穏やかではありません。
「何でお前らばっかりが!!」と、罵声を浴びせられたそうです。
この事は、当のゆーじさんも私たちも想像していなかったことでした。
翌朝電話があり、昨夜のその出来事を報告してくれたゆーじさん。
そうか、そうだよな・・・・・、@BOSSも電話口で暗い声になっていました。
この状況においても、そのエリアへの行政からのアナウンスは
『救援物資は「いずれ」届きますから、待ってください』との事。
それがいつなのかは、アナウンスをしている役場の担当者にも
判らないのが現状です。
これが被災地、避難所の事実です。
テレビでは、バラエティ番組の笑い声が戻りましたが
その下に行方不明者・死者の数がテロップで常に流れる異常な違和感。
私たちが出来ることは何なのか、今一度考える必要がありそうです。
遠く離れていたら公的機関を通じての間接的な義援金を、
近くだったら、被災者に直接手渡す「実弾」としてのカンパや
民間支援のマンパワーも必要なのかも知れません。
前回のブログに「4stの小型発電機のつもり」と寄付をされたと
コメントをくださったbinさんに感銘を受けて
友人・知人への直接的な支援ではありましたが
「アクラボビッチのサイレンサーのつもり」と、米や味噌を渡した@BOSSでしたが
それ以外にも、今回の一連の行政の対応を肌で感じて
民間として独自の支援活動も必要だと準備を始めました。
もちろん、「ひと」と「もの」はコントロールをしないと
現地の混乱を招くことになりかねないので
そこは「知恵」が必要になると思います。
何がどこまでできるかわかりませんが、とにかく私たちは被災地に近く、
製油所が県内にあるので、比較的ガソリンも手に入りやすく、
支援には動きやすいはずなので。
今朝会社に来たら、

どこで調達してきたのやら、手に入りにくいガソリン缶とポリタンク、
100リッター缶まで・・・・(((( ̄∀ ̄;)汗
@BOSSは「それいけウトロ号」にこれを積んで、
友人・知人が避難しているところまで、物資を届ける準備を始めています。
出動の要請があったらご連絡ください。

これは物資を入れるコンテナ。

ご要望があれば、『 癒しグッズ 』 もお届けします。(笑)
それいけ!ウトロ号!!
2011年03月14日
お金のこと
糸井重里さんが東北地方太平洋沖地震について
こんなことをつぶやいていました。
反発されるかもしれませんが、言います。
「金」は、その心が尊いというのもほんとうですが、
アルバイトの時給が1000円の時代の「貧者の一灯」は、
「小銭」ではないと思います。
寄付の相場を、いま上げるべきじゃないでしょうか。
かなり大事なことだと思うのです。
お祝いだとか、お悔やみだとかにも相場がありますよね。
今回、たとえば、「じぶんひとりを3日雇えるくらいのお金」
と考えたら、どうでしょうか。
はっきりとした「実力」になると思うんです。
(※糸井さんの「寄付についての一指針」はtogetterにまとめられています。)
ふーむむむ。と思いました。
コンビニで、お釣りの小銭を募金箱に入れていた私の中に
すごくストンと入ってきた言葉でした。
そこで先ほど、「私ひとりを3日雇えるくらいのお金」を
日本赤十字社にえいっ!とカードで送金しました。
(@BOSSによる私の査定額は未確認ですが。)
被災地の方に対して何かできることをと考えると、
今はまだ「電気の節約」と「募金」くらいしかないけれど、
masameanちゃんが地震発生の1分前に取り上げた赤ちゃんの
オムツ代くらいになってくれたら嬉しいです。
みんなでがんばろう、ニッポン。
世界中の人も祈りを捧げ、応援してくれています。
2011年03月12日
地震の翌朝
電話やメールでたくさんのご心配を頂いてありがとうございます。
新潟も昨日、震度6強の長くて大きな地震が起きましたが
大きな被害はありませんでした。
皆さんのところは大丈夫ですか?
また、今朝4時前に、東北の三陸沖地震とは別と言われる
M6.7の大きな揺れがあった時は、中越地震を思い出し、
祈る思いでおさまるのを待ちましたが、
その後雪崩が起こることもなく、今は静かな朝を迎えています。
それにしても、テレビの画面に映し出される東北地方の惨状を
信じられない気持ちで見ています。
何度も通ったあの美しい東北の山や海や街が
一晩ですべて消え去ってる・・・
しどきに毎週のように通ったいわき市、トライアルアカデミーで通った真壁、
南相馬は去年北海道ツーリングで出会った
民宿わたなべのお父さんのふるさとですし、
東北地方はどの地名を見ても誰かの顔が浮かびます。
ナックさん、とれっくと~ちゃんはご無事が確認されましたが、
ゆーじさん、☆君、あ~やさん、ともあきさん、ご無事でしょうか。
いわき健康センターの皆さん、しどきの皆さん、真壁トライアルクラブの皆さん、
皆さんとご家族のご無事を、心より祈っています。
スケテツさまのブログで災害緊急掲示板が設置されていますので
安否確認情報をまとめて読むことができます。
またここも連絡事項等があれば自由に使ってください。
2011年03月04日
に、似てる・・・
(タイトルはパクリですが。)
セブンイレブンに行くたびに、似てるな~と思います。

濃厚チョコタルト。

爆睡ウトロン。
失礼いたしました。m(_ _)m
さて。
ここ2~3日は寒さが戻って、また新しい雪が積もりました。

今朝の散歩。
ぎゅっ、ぎゅっ。久しぶりの新雪の踏み心地を楽しむウトロン。
やっぱりヘソ天で寝ているよりも、
そうしている方がかっこいいよ。(笑)

いつものコースをパトロール。春の姿が見える?まだ見えない?
先週、静岡のオーランドではふきのとうが出ていましたが、
こちらはまだまだ先のようです。
でも、真冬にはこの時間でもまだ薄暗かったけれど
明るくなるのがずいぶん早くなってきました。
さ、用を足したら会社に行きますよ。

あっ!!
またそんな片付けるのが大変そうな所にわざわざ・・・Σ( ̄∀ ̄;)
2011年02月13日
節目
話は数日前にさかのぼりますが・・・
「かまたさんにクール便です」

会社に届いた「酒」というシールの貼られたダンボールを開けると・・・

PIA町田店、新台入替?
ここへ来いってことかな??( ̄∀ ̄;)汗
このチラシをめくると、その下には
「オードリー様、@BOSS様」と書かれた封筒と
チョコとオレンジの甘~い香りが。

わ~!バースデイパウンド!♥♥♥♥♥
そして@BOSSにはバレンタインのチョコレート。
doronqoさま、今年もありがとうございます。
去年も同じことを書いたけれど、
こうしておいしいケーキやワインを送ってくださること以上に
私ですら忘れている誕生日を心に留めてくださって
こんなふうに手間隙をかけてくださることが
本当に何よりも嬉しいです。
よーっし、今日も仕事がんばろーっと!
*******
さて夜は。
@BOSSとコタンさんが一席設けてくれました。

なんとも不思議なイルミネーション。
真っ白な雪の降り積もった夜に遠くから見ると、
まるで小さなこじゃれたレストランのようにも見えるのですが

近づいてみれば、縄のれん。(笑)
純和風の居酒屋さんで、今夜は「スッポンのコース料理」だそうです。

う~ん、味がありますね・・・・・・( ̄∀ ̄;)汗
「ではあんたからひと言、年相応な挨拶を。」と@BOSS。
年相応の挨拶???^^;;;
まあ、月並みではありますが・・・
体力と時間がありあまって、しがらみとお金は無い、
自由な学生の頃だったからできたこともあるけれど、
いろんな経験をしてきて、選択肢と判断基準が増えた
今だからこそできることもあるわけで、
これからもいろいろ楽しみです。
でもこの先、できなくなることもたくさんあるはず。
そして、「この先」がどこまで続くかはわからないのだから、
今やりたいことで、今できそうなことは、
遠慮なく、悔いなく、やっていきましょう。
みんな、よい人生を送れますように。
ということで、乾杯。

まずは、スッポンの生き血。
全然生臭いことなどなく、ワインのような味に仕上がっています。

こちらは結構苦味のある、スッポンの肝のお酒。

スッポンの刺身と一緒に出された、まだトクントクンと動いている心臓。
誕生日なのだからどうぞと、代表して私が頂きました。(-人-)
左は脾臓、奥の黄色い粒はスッポンの卵です。

スッポンの肉のから揚げと、

甲羅を丸ごと煮込んだスッポン鍋。
「コラーゲンたっぷりでよかったね」とさやか嬢が茶化します。
たしかにプリプリのコラーゲンはありがたいことですが、^^;
ちょっと今夜は茶化す気にはなれません。
誕生日のお祝いにと、さっきまでこの世に生きていた命を
ひとつ丸ごと捌いて、血も肉も一片も残さずに頂いた今日のお料理、
(もちろん普段食べる野菜でも魚でも鶏でも、
命を食べることに変わりはないのですが、)
まるで祝いの席のために、生きている羊を一頭、
生贄にしたのと同じような感じがして、
なんとも厳粛な気持ちで、一口一口箸を運びます。
こうしてひとつの命を丸ごと頂いて、ひとつ年を重ねました。
今夜はそのまま、コタンさんの家にお世話になります。

薪ストーブの炎をずっと見ていると、暖かくて気持ちよくて、
今がいつでどこにいるのかわからなくなりそうです。
パチパチと薪が燃える音を聞きながら、
シュラフに入って誕生日の夜を終えました。
朝起きると、外はうっすらと雪化粧。

玄関で過ごしたウトロン。おはよう。

コタンさんが、消えたストーブにもう一度火を入れてくれました。

カーテンを開けたら、サッシ一面、目に刺さるような白い雪景色。
雪国に暮らすことの楽しさと大変さ、
年をとってからもずっと同じ生活ができるのか、
そんな話をとりとめなくしながら、
温まってきた部屋で朝のコーヒーをご馳走になって
今日の仕事へと向かいました。
さあ、また新しい一年が始まります。
2011年02月03日
一週間

♪ 月曜日に犬かき雪かきをして~

何が?

♪ 火曜日にバス掘り出して~

♪ 水曜日に疲れがたまり~

♪ 木曜日はストレスたまり~

model:村のおじさん
♪ 金曜日はまた雪積もり~

♪ 土曜日はまた雪登り~
♪ そのあとはもちろん仕事~
♪ 日曜日もやっぱり仕事~(泣)
・・・とまあ、相変わらず仕事と雪に埋もれた一週間を送っていますが、

でも今日はなんとなく春の気配が。
色のついた空を見たのは何週間ぶりでしょう。゚。( ̄▽ ̄)ポワーン
明日は立春。少しずつ寒さもゆるんでくることでしょう。
雪山の向こうに現れる景色が、湖や樹氷の林だったら素敵ですが
『楽さんの丘』の向こうはいつものグラウンドです。(笑)
@BOSSの抜糸も無事終わったことですし、
今度こそ次の週末は、仕事の合間を縫ってなんとか休みをとり、
リハビリにしどきに行きます!
もう行くったら絶対行く!
神様、毎日いいこでお仕事してますから、
どうかいわきにまで雪を降らせないでください。(-人-)
2011年01月28日
冬ごもり
昨日@BOSSがはしごをかけて、バスの雪下ろしをしたばかりなのに、
今朝出勤してみると・・・

ありゃりゃりゃ・・・なだれが発生しましたね。( ̄∀ ̄;)汗
どうする?ウトロン。

「ぼくにまかせて!」ホントか!?

おしっこで溶かしてたんじゃ、間に合いません。
もう書き飽きたフレーズですが、今週末も仕事は終わらなそう。
というか、春まで私も「それいけウトロ号」も冬眠かな、こりゃ・・・(TωT)
2011年01月24日
ゴーセツラリアンツアー

「サファリの次は雪の新潟だ。いいな!」
いいのですが。
その日が来ても@BOSSはまだ病院のベッドで
抗生物質を打っていました。
お昼前、@BOSSの病院から、
緊急連絡先にしていた私に電話がありました。
何事か!?とドキドキして用件を聞くと、
「@BOSSさんは、仕事があるからと、
先ほど荷物をまとめて退院してしまったのですが、
ほしいと言っていた薬を渡せなかったので、
もし可能であれば取りに来て頂けると・・・」
ちょうどウトロンを病院(もちろん動物病院)に連れて出ていた私。
@BOSSが入院していた病院とは同じ市内だったので
その薬を受け取りに、指定のナースステーションへ行きました。

わざわざ呼び出されて取りに来たのが、座薬ぅ?( ̄∀ ̄;)汗
・・・まあ、これがあれば一安心ということで自分を納得させ、
座薬を手に会社へ向かいました。
サロン・ド・アトラス、本日のゲストはゴルゴ松本さんと楽さんです。
この時期の新潟に、スキーでもないのに東京から来るなんて、
なんという物好きな。(失礼。)
謙遜ではなく、新潟の冬は雪しかないのですが・・・
ま、いっか!(・∀・)
夕方4時半過ぎ、車に雪を積んで現れたお二人。
こんにちは~!お久しぶりです。
遠いところこんなど田舎にようこそお越し下さいました。
なにやら楽さんはほんのり頬が上気しています。
それもそのはず、小出ICを降りてこちらに向かう道中、
@BOSSお勧めの「越後ゆきくら館」にて地酒10種を試飲していたのだそう。
(そのようすはこちらでどうぞ。)
まだ時間も中途半端だし、ちょうど駐車場に除雪機が出ていたので、
さっそく除雪体験をして頂きましょう。

「もっとアクセルを開けろ!」(ウソ)
@BOSSの指導のもと、初めての除雪機を操作する楽さん。

わー、シューターの雪は人に向けてはいけません!
・・・わざとですね。( ̄∀ ̄;)汗

まるでHONDA除雪機のパンフレットにあるような写真。(笑)
駐車場もちょっとだけきれいになったところで、
それでは、席を移して宴会です。
本当は二人にぜひ紹介したかった、地元の隠れた名物店の一つ、
昭和の懐かしさ漂うホルモン焼きのお店に行く予定だったのですが
「雪下ろしのため、しばらく休業します。」の貼り紙が。(泣)

Photo:楽さん
行き先を変更して、改めて宴会開始。
とりあえず、何から行きますか?ビールですか?
あ、最初から日本酒ですか。失礼しました。( ̄∀ ̄;)汗

この日本酒のメニューの、こっちから一合ずつ、
順番に持ってきてくださ~い。

みんなでぐい飲みを目の前に3つずつ並べて順番に飲み比べ。
栃尾の酒、「壱醸(いちじょう)」を初めて飲んだけれど、
欲目なしで、これは本当においしいですね。

Photo:楽さん
ナマコや白子をおつまみに、
幸せな時間が過ぎていきます~゚。( ̄▽ ̄)ポワーン

新潟の冬は、雪は多いのですが、まあるい寒さというか、
外気に触れても身を切るような痛さはありません。
サクサクと雪を踏みながら帰ります。
コンビニで買い出し。

ら、楽さん、雪食べているんですか??Σ( ̄∀ ̄;)汗

あ、肉まんでしたか。(笑)

Photo:楽さん
今夜の宿、会社から歩いて1分のところにある
ビジネスホテルで二次会です。
もちろん私も@BOSSも泊まるのは初めてです。
「こんなところにビジネスホテルだなんて、どういう人が泊まるの?
やっぱり法事とか、親族が集まって家に納まり切らない時とか?」
出張のビジネスマンだって来るんです!

バレンタインにはちょっと早いけど・・・と、
楽さんから高級ショコラをもらってご満悦の@BOSS。
夜が更けるにつれ、二次会は次第に北4反省会と化し、
大いに我が身を省みる女子ふたり・・・(TдT)チーン
【翌日】
次の日は、夕方までに会社に戻らなければならないというゴルゴさん。
あまり時間はありませんでしたが、せっかくなのでスノーシュー体験をば。

Photo:楽さん
初めてのスノーシューを履いて、どんどん歩いていく楽さん。
あ~、もしもし、雪でわかりにくいかも知れないけど
そこは人様の家の軒先ですよ。
スノーシューを履いて歩けるからって
どこでも入っていっていいわけではありませんっ!

Photo:楽さん
一方こちらは、豪雪地帯の研究に来た地質学者のようなゴルゴさん。

まずは毎朝ウトロンが散歩をしている、小学生の通学路、
雪の歩道を歩いてみましょう。
いい具合に新雪が積もっています。
あっちへこっちへとよろめく楽さんを、
助けに行きそうで行かないウトロン。
今度はグラウンドの方へ行ってみましょう。

楽さんのカメラを借りて撮影をする@BOSS。

Photo:楽さん
わしわしわし。
どうしてわざわざ危ない道を進むんですか。( ̄∀ ̄;)汗

「あの人のことは放っておいて、行きましょう。」
「ワン♪」

Photo:楽さん
スノーシューがないとズブズブ潜ってしまいますが、

Photo:楽さん
スノーシューを履いていても首まで沈んだ楽さん。

Photo:楽さん
「構わず行きましょう」

もくもくと雪の中を歩くゴルゴさん。
まるで、ひとり冬の湖の中へ静かに潜っていく人のようで
思わず「早まらないで!」と声をかけるところでした。(-人-)

Photo:楽さん
あまりにもモゴモゴする楽さんを、
「一緒に遊んでくれる人」と認識したウトロン。
飛んでいっては周りで跳ね回って、起きた楽さんをまた倒し、
救出に(どちらを?)向かった@BOSSも身動きが取れなくなる始末。
そう言えば、すっかり忘れていましたが、
昨日退院したばかりなんですよね?大丈夫なんですか??
しかし@BOSSの足は、雪で冷やされた状態で、
熱をもたせずにしっかりリハビリできて、
却ってとてもよく動くようになったそうです。^^;

お次はアクティで、楽さんによる雪道ドリフト走行体験。
お約束のスピンも体験しました。

Photo:楽さん
その足で、栃尾名物の「油揚げ(あぶらげ)」屋さんへ。

Photo:楽さん
ジューッと揚がったばかりの熱々をサクサク切ってもらって、

店頭で食べることもできます。

ハフハフ。
雪国の食文化を研究に来た民俗学者のようなゴルゴさん。(笑)

こうして11時、お二人はサロン・ド・アトラスを後にしました。

楽さんは出発の直前までウトロンと一緒に
駐車場にできた高い雪山に登っては、滑落していましたが。(笑)
前略、ゴルゴ松本さま&楽さま
土曜の夕方到着して、日曜の午前中に出発という短い時間、
しかも@BOSSも私も、ろくなおもてなしの準備もできない中でしたが、
越後雪国を満喫して頂けたでしょうか。

月曜の朝はきれいな朝日が昇り、道路はツルツルに凍結したので、
もしかしたら久々に青空が見えるかも・・・と期待しましたが
やはり新潟の空はすぐにいつもの鈍色に逆戻り。

けれど雪の歩道には、また新しい雪が積もっていました。
次回はぜひ、今回観ることができなかったゴルゴさんの
サファリラリーDVDをみんなで観ながら
炭火を囲んで、また違う地酒を酌み交わしましょう。
よろしければ次回は雪下ろし体験も。(笑)
心よりお待ちしています。
2011年01月20日
スタック
今日は「大寒」。
暦の上で、もっとも寒いとされる日です。

朝起きて、2階から裏の景色をみると、
ぼってりした新しい雪が、昨日からまた40cmくらい増えています。

落下式の屋根から落ちた雪も、もうすぐ2階に届きそう。

道の両脇にできた雪壁は、ウトロンが駆け上れない高さになりました。
道路は毎朝、除雪車がきれいにしてくれますが、
最近ウトロンの散歩コースにいれている、小学校の前にある雪の歩道は
職員さんが来て除雪をするまでは、新雪がたっぷり。
いつもはこの歩道を大喜びで跳ね歩くウトロンも
今朝は胸まで埋まる雪の中、なかなか進もうとしません。

さっそくスタックしたもよう。^^;
これ以上は前進不可と判断したのか、

除雪車が置いて行った雪壁と新しい雪との間にできた隙間に
もぐり込もうとするウトロン。おいおい、大丈夫??

へ~、そこは通りやすいんだ~( ̄∀ ̄;)汗
大寒を過ぎれば、あとは温かくなるばかり。
・・・・のはずですが、冬はこれからが本番です。
さて、そんな中、@BOSSからメールが。
昨日、無事に足首に入っていたボルトを抜いたそうです。
麻酔医がいない日で、執刀医が麻酔をしたためか
微妙に効き過ぎて、術後がつらかったそうです。
今回は新しい携帯でテレビなど見ながら気を紛らわしていたようですが・・・
そんな@BOSSを見舞って、仕事の途中でしたが病院を訪ねてみました。
(仕事が終わってからだと、雪にスタックして帰れなくなりそうだったので^^;)

懐かしい、一年ぶりの外科病棟です。
歩行器で現れた@BOSSは
「思ったよりも傷口が痛い」と、足を引きずっていました。
38度の熱がなかなか下がらないらしく、
昨日は痛みと熱で結局眠れなかったそうで、
この2日でかなりげっそりとしたように見えました。

それにしても、こんな部品が体に入っていたなんて・・・( ̄∀ ̄;)汗
今回は、骨が空洞化しているわけではないので
手術の傷が癒えればバイクには乗れるようですが、
それでも最低3週間くらいは大事を取った方がよいでしょう。
1~2月はまたまたリハビリ月間となりそうです。
2011年01月12日
雪だより
年が明けて、あっという間に二週間がたとうとしています。
皆さま、いかがおすごしですか?
この冬は豪雪地帯のはずの新潟を
寒波が避けているかのように雪が少なく、
例年に比べると、とても楽な日々を過ごしているのですが、

それでもこれくらいの雪の壁もできました。

除雪車のごとく、朝一番のパウダーに突進して行くウトロン。
こういうふわふわの雪の中でウンチをされると
なかなか後が大変なのですが・・・^^;
さて、この連休も仕事でバイクには乗れませんでした。(TдT)
バイクブログを楽しみに来てくださった方、ごめんなさい。
バイクに乗らない3連休の始めの土曜日、
@BOSSがちょっとしたイベントを企画してくれました。

じゃじゃーん、スノーシューです。
昔で言う「かんじき」ですね。
これを履くと、長靴だけでは太ももまでもぐってしまうような雪の上も
もぐることなく、ワシワシと歩き回れます。
雪山へ分け入るほどの時間はありませんが
一面の雪原と化した田んぼを歩き回るだけでも
子どものようにわくわくしてきます。

かかとを止めるゴムが劣化して切れてしまったので
バタバタ歩いてしまうのはご愛嬌ということで。(笑)
ああ~、雪国に生まれてよかったと思うひとときです。
まだ少し重いけれど、真冬のパウダーな雪だったら、
きっとどんなにか気持ちのいいことでしょう。゚。( ̄▽ ̄)ポワーン
「ここで人が倒れていたら、ウトロンはどうするか。」
いきなり遭難救助犬としてのテストを受けるウトロン。
雪の中に@BOSSが倒れてみましたが・・・

あははは、@BOSSを踏んずけて雪を顔にかけて走り回っています。
(言っておきますが、私の指示やしつけによるものではありませんので。笑)
ということで、遭難救助犬、失格!
新潟の冬は色が無く、水墨画の中に住んでいるような毎日ですが、
時々真っ青に晴れた空の下、真っ白なパウダースノーで覆われた
それはそれはきれいな朝を迎えることがあります。
次回はそんな日に、もう一度スノーシューを履いて
ウトロンと近所の山へ入ってみたいなあ。。゚。( ̄▽ ̄)ポワーン
お正月にしどきへ行ったときに、
「いわきはいいですね。冬でも毎日晴れて。」とゆーじさんに言ったら、
「じゃあどうして雪が降るところに住んでるの?何かいいことあるの?」
と聞かれましたが、
雪国の生活も、そう悪いものでもないんですよ。
バイクには乗れませんけどね。(泣)
2010年12月31日
TOKYO2DAYS
ついにこのままブログを更新せずに年を越してしまうのかと思いましたが
そんなけじめのないことじゃあいかんいかんと思い直し、
何とかようやく週末の写真をカメラから取り出しました。^^;

すっかり冬山の犬と化したウトロン。
毛皮を着た猟師に見えないこともないような。( ̄∀ ̄;)汗
土曜日、出勤前に朝の散歩をしながら、
本当に今日はこの水墨画のような景色とは別世界の
花の東京へ向かうのだろうかとちょっと不思議な気がしました。

仕事の目途が付いた頃、ウトロンを車に乗せてコタンさんの家へ。
ウトロンにとっても初めての「お泊まり」ですが、
左助にとっても、他の犬が家に泊まるのは初めての状況。
繊細な左助、ストレスで毛が抜けたりしなければよいのですが・・・(笑)

夕方の新幹線に乗り、東京へ。
もう二ヶ月以上休みを取っていない@BOSSは
席に着くなり気を失うかと思いましたが、

いったい何枚写真を撮れば気が済むのやら、

包装紙のまま、ふたを閉じて、ふたを開けて、ズームで、

20枚くらい駅弁の写真を撮っていました。

何が@BOSSの心をそこまで捉えたのか。(笑)
さて、約束の時間まで時間があったので、
どこへ行こうかと楽しみにしていたのですが、
@BOSSの携帯に水が入ったのか故障した模様。
なぜこんな時に・・・。( ̄∀ ̄;)汗

常にサポート電話がかかってくるので
このまま放って置くわけには行かず
向かうはNTT docomo 丸の内店。

土曜のdocomoショップは、まず順番待ちで60分。
その後、機種変更手続きで60分。
東京での2時間をまさかここで過ごすことになろうとは・・・。(TдT)

午後6時半、ようやく@BOSSの機種変が完了。

さすがクリスマスの東京ですね。゚。( ̄▽ ̄)ポワーン

集まったみなさんと記念撮影。

このお二人、クリスマスが結婚記念日だそうです。
末永くお幸せに。♥
・・・な~んてやぼなこと、私が言う必要もないですね。(笑)

銀座に用があったのに、なぜ宿が人形町なのか!ヽ|゚Д゚|ノ┌┛
さんざん@BOSSにイヤミを言われたビジネスホテル。
すみません、明日の会場にも近い方がいいと思ったもので・・・。

でも人形町のこの宿は、
人形師・辻村ジュサブローさんの人形館とは
路地をはさんだ目と鼻の先ということがわかり、
翌朝チェックアウトしたその足で
さっそく訪ねてみることに。

ジュサブロー先生のシンボルともなっている
「花うさぎ」が迎えてくれました。

ここは工房兼博物館と言うことで、
辻村先生はこの一階の一角で人形を作られています。
ちょうど平家物語のある人形の顔に筆を入れていらっしゃるところでした。

一時間かけて、ゆっくりと人形を拝見した後に
おみやげにサインを入れてくださる先生。
「お写真を撮らせて頂いてもいいですか?」とお聞きしたら
「本当はいけないんだけどね、遠く新潟から来て下さったから」と
ご許可を頂いて撮った写真です。

この後は@BOSSと分かれて、私は大手町の日経ホールへ。
MFJの2010年ランキング認定表彰式の会場です。

もちろん私なんぞ、まったくの場違いなのですが、
トライアルアカデミーの修了式も同時に行われるのです。
それにしても、まさか壇上に上がるとは・・・Orz
「え!知らなかったの?」と言われましたが
ああ、成田校長から修了証書を渡された時の、
あの居たたまれなさ、辛さと言ったら・・・・・。(TдT)

終わってからの軽食会場でにて、驚くしるこりんの目線の先には・・・・

あ、西元さん!
お会いできると思わなかったので嬉しいです。

みんなで西元さんを囲んで記念撮影。
それぞれがあちこちを向いているのは
カメラがたくさんあったからです。^^;
みんなはこの後、成田校長を囲んで食事会ということでしたが
私は大雪による影響で帰れなくなるといけないので
残念ながら食事会には出ずに帰路につきました。

これがそのアカデミー修了証。
トライアルの練習をほとんどしてこなかったこの一年、
これを見るたび情けなくなって、胸がつぶれそう。(泣)
来年こそはトライアルを練習しなくては!と@BOSSに言ったら、
「トライアルにしても、モトクロスにしても、
ただ乗ったからと言って上達するわけじゃない。
小さなことでいいから、今の自分にできないことを
きちんと一つずつ目標にすえて、
それを出来るようになっていくことで成長するんだよ。
キッズやウトロンは見ているだけで成長がわかるけど
大人は変わらなくても毎日が過ぎていく。
やらない、変わらないと言うことは、
下降しているということだからね。」
今年も残すところあと1日。
昨日30日は仕事納めでした。
若干の風邪を引きずりながら
大晦日の今日は数ヶ月ぶりにしどきへ向かいます。
今日は乗り納めであり、明日は乗り初めとなるわけですが
怪我のないように気持ちよく新年のスタートが切れたらいいなと思います。
それでは皆さま、よいお年を。
2010年12月23日
酒と泪とウトロンと私
「かまたさんに狙撃されないように、
秘密兵器を昨日発注してきましたよ~(笑)」
すばる親父さまからこんな挑発的なメールが届いても
仕事の日々はまだまだ続き、この週末も乗ることはなく、
次の週末は東京へ行くので
バイクは本当にお正月までお預けとなりました。・゚・(ノД`)ヽ

先週の半ばにはこれくらい降って、

見渡す限りふかふかのまっ白け。

出勤前にこんなに楽しい時間を過ごせたのに、

日曜日にはその雪もすっかりなくなり、春が来たようないい天気。
外に出ただけでウキウキするお出かけ日和な温かい陽気も、
休日出勤の身にはちょっと恨めしい。(泣)
でも日陰はさすがに寒いですね。
会社では相変わらず私の足元で、あっちを向いたり、こっちを向いたり、
一日の大半を寝て過ごすウトロンですが、

(FireFoxのアイコンみたい・・・ちがうか。( ̄∀ ̄;)汗)
あまり長く寝ているので、起きた時には

なんですか、その寝ぐせ。(笑)
過日、ミーティングで@BOSSがまじまじと私を見て
「ホントにウトロンと髪型が似てるなあ。」と失礼なコトを言うので
こりゃあいかん、と美容院に予約を入れたのですが、
ふと思いなおして予約をキャンセル。

美容院で使うはずだったお金で、久々にワインをお取り寄せ。
たぶんその方が、今の私には有効な使い道でしょう。
とゆーことで、
今夜は飲んじゃおうっと。(TωT)
(「今夜もでしょ?」という突っ込み不要。)
ほんと~に、毎回毎回同じような話ですみません。m(_ _)m
と思っていたところに、菅原義正さんからメールが届きました。
![]()
おはようございます。(時差ですね。)
添付書類です。
応援お願いします。
菅原 義正
そして、こちらが菅原さんが送ってこられたファイルです。
いよいよダカールラリー2011が始まります。
昔は「すごいなあ」「たいへんだろうなあ」と
ポワーンとしながらテレビで観戦していたパリ・ダカールラリー。
今は、情報がリアルタイムで入ってくるということもありますが、
こうして親しくさせて頂いている方が出場されていたり、
また@BOSSが目指している舞台でもあるので
ブラウザのこちら側で一喜一憂、
ハラハラどきどきしながら、観戦するようになりました。
菅原さん。
去年の雪辱戦となるDakar2011まであと一週間あまりですね。
@BOSSとともに応援しています!
いよいよ元旦がスタートです。
英・仏・西語にご堪能な方は公式サイトを。
選手追跡システム「iriTrack Tracking System」
レース映像速報 「Video of the day」
そうでない方はHINO TEAM SUGAWARAのサイトを。
HINO TEAM SUGAWARAによる速報 「デイリーレースレポート」
HINO TEAM SUGAWARAレーストピックス「デイリーハイライト動画」
HINO TEAM SUGAWARA応援メッセージページ
2010年12月15日
初雪
雨は夜更け過ぎに雪へと変わったようで、

今朝目を覚ましたら、突然、冬がやってきていました。初雪です!
初めて見る白い世界、ウトロンはどんな反応を示すのでしょう。
「ほら、ウトロン、雪だよ、雪!」
ウトロンは少し驚いたようですが、そのうち足取りがやけに楽しそうになり
ウズウズしているのがこちらにも伝わってきます。

まだ夜も明け切らぬ薄暗い中、降る雪と、動き回るウトロンに
ピントも何もあったものじゃありませんが、
ウトロンの心象風景を表す一枚ということで。
犬は喜び庭駆け回る、って本当なんですね。
(嬉しいのは私も一緒で、駆け回らないだけですが。笑)

雪をパクパク食べながら、物珍しそうにあちこち探索中。
ウトロンの黒いからだも、あっという間に白くなっていきます。
普段はあまり感情を外に表さないウトロン。
何をするにもゆっくりと鷹揚で、いつもだったら「来い」と言っても、
のそのそと歩いてこちらに来るのに・・・
いたたた・・・・、本当に嬉しそうなのがわかりますね。(笑)

今はまだ、道路がうっすらと雪化粧をするくらいの雪だけど
これからここに、1mを越す雪の壁ができるんだよ。
楽しみだね。
冬はまだ始まったばかりです。
そんな中・・・・・・
私のGSが完全復活したと原サイクルさんから連絡を頂き、
@BOSSが仕事の合い間を縫って、トランポで埼玉の原さんのもとへ、
GSを迎えに行ってくれました。

あの事故から4ヶ月。お帰りなさい。またこれからもよろしく。
原サイクルさん、そして@BOSS、本当にありがとうございました。

かと言って、スタッドレスを履かせるわけにもいかず。
では、R1200GS、
これから本格的に冬眠に入らせていただきます。m(_ _)m
2010年12月13日
代償行為
いったいいつまで続くやら。
この土日も、相変わらず仕事だったのですが、

気持ちよく晴れた土曜の朝は、ちょっとだけ時間をもらい、
ウトロンと車でお出かけしました。

「どこいくの?」ダンボールから顔を出し、
期待に満ちたキラキラした目で私を見つめるウトロンに、

「病院です。」

がーーーーーーん!
「3回目のワクチンに病院へ来たんだよ」と告げる時は
「お前を食べるためだよ!」と赤ずきんちゃんに言った
オオカミになった気分です。^^;
この日はいつもと違う男の先生でした。
「12.1キロ。食欲とか体調とか、とくに変わったことはないですか?」
12キロ?!この間計ったら10キロだったのに・・・・・・( ̄∀ ̄;)汗
先生はウトロンの後ろ足から触診しながら
「うん大丈夫、睾丸は2つともちゃんと下りてますね。」
そうですか。下りていないと何か問題が?とは聞かなかったけれど
乳歯も順番に永久歯に生え変わり、順調に成長しているようです。
3回目のワクチンを無事終えて病院を後にしました。

朝はあんなに天気がよかったのに、
雲がものすごい勢いで空を覆ってきました。
このところ私と一緒にずっと会社にカンヅメだし、
遠出をするたび行き先が病院では、ちょっと可哀想だったので
病院から戻って会社に行く前に、ちょっとだけグラウンドへ寄ってみることに。

んぐぐーーーーー、と後ろ足で耳をかくウトロン。
ほらほら、のんびりしてると雨が降り出しちゃうよ。

はいはい。のしのし。
と歩き出したのもつかの間、
5分も経たぬうちに雨がポツポツ当たり出しました。
ほら、だから言わんこっちゃない。
早く車に乗りなさい、会社に行くよ。

んもーーーーーーーー!!!
犬歯がグラグラ抜けそうで、歯がゆいのも手伝って、
段ボールをガジガジ悔し噛みするウトロン。
いったいどれくらい仕事すりゃいーんだよ!と
会社でパソコンに向かいながら
ペンタブレットを思わず齧りたくなる、今の私を見るようです。
んもーーーーーーーっ!!!
2010年12月07日
ひねもすのたり
今週もバイクに乗っていませんので
特にご報告することもありません。
バイクは、このままお正月までお預けかも。(泣)
とは言え、せめて一週間に一度くらいはブログが更新されないと、
心配される方がいらっしゃるかもしれないので、(いないか)

会社の駐車場にて。
私もあんたと一緒に寝転がって
ひがな一日、風に吹かれて昼寝がしたいよ。( ̄∀ ̄;)汗

「トゥ!!」夢の中、対シャリ戦に備えてのエア猫パンチ。(笑)
以上、今週の報告をおわります。ごきげんよう。m(_ _)m
2010年11月29日
シャリとウトロン
予告の通り(?)、この土日も会社で仕事でした。
なんだか、しどきに通い続けていた日々が
もう遠い遠い昔のことのようで、
「そういえば、そんなこともあったっけなあ」という感じです。

土曜日、屋根の下で仕事をするのがもったいないくらい
きれいなきれいなお天気だったのですが、
気がつけばもう夕方4時過ぎ。
平日は雨ばかりで、こんな気持ちのいい日を
会社に閉じ込めていてはウトロンが可哀想だったので

日没寸前、会社をちょっと抜け出して
ウトロンを車に乗せてまたまたグラウンドへ。

ああ、もうほとんどが影になってしまっています。

急げ急げ!明るいところを走ろう、ウトロン!

遠近法の関係で不思議な生き物のようになってしまいましたが(笑)
やっぱり草の上は気持ちいいね~。゚。( ̄▽ ̄)ポワーン
・・・と思っていたところに、近くの畑にいたおじいちゃんが
「散歩かい?あんまり日が落ちてからウロウロすると熊が出るぞ。
このへんの柿は、みんな熊が食っちまったんだから。」
そうですね。そろそろ帰ります。仕事も残っているし。^^;
帰り際、ちょっとだけ林道を歩いてみましたが、

確かに山道は止めておいた方がいいかも。( ̄∀ ̄;)汗

ほんの20分の間なのに、もうすっかり日が暮れてしまいました。
でもちょっとだけど、出てきてよかった。
ここのところ、ずっと休みが取れないまま仕事が続いて、
今日が何曜日なのかわからなくなることがありますが、
バイクに乗らない日々が続いても、
ウトロンがいることでキーキーイライラせずに済んでいるのは確かだなあ。
疲れた一日を癒してくれるシャリとウトロン。
そんな「幸せタイム」を皆さまにもちょっとだけおすそわけ。
やっぱりシャリの方が「お兄ちゃん」なんですね。(笑)
2010年11月25日
見習い中

朝6時過ぎ、東の空が明るくなっても、

西の空には昨夜の月がまだ残っている11月の朝。
家のドアを出るときは「寒い!」と思ったけれど
ベンチコートを羽織って少し歩けば、
フードなんかかぶっていられないくらいポカポカしてきます。

まだほの暗い田んぼ道、
白く浮かび上がるのは空の月とウトロンの顔。
爽やかな秋晴れだった土曜日も仕事、
Y2最終戦だった日曜日も仕事、
そして23日の祝日も、勤労の喜びに感謝をしつつ仕事。(泣)
そんなわけで、今回もバイク日記ではありません。
最近はウトロンも「サロン・ド・アトラス看板犬見習い」として、
毎日同伴出勤をさせてもらっているのですが、
Y2の行われた日曜の朝、あまりにもいい天気だったので、
会社に行く前に少し寄り道をしました。

近くの山から鉄砲の音がします。クマ撃ちかな。
ウトロンが山道をノーリードで歩いていたら、
ちょっとやばいかもですね。( ̄∀ ̄;)汗

初めての階段・・・・恐る恐る一歩ずつ足を前に出していますが
まだうまく降りることができません。
下りで思わずフロントブレーキを握ってしまう時の私のようです。(笑)
さあ、着いたよ、ウトロン。

ここどこ?

サバンナ?
違うよ。ここはバニウトロとよく来たグラウンドだよ。
こんな広いとこ、走ったことないでしょう?

最初はどこへ向かって走ったらいいか途方に暮れるウトロン。
でもそのうち・・・・

ブーーーン!おお!めったに見ない仔犬らしいウトロンだ!(笑)

ここが庭だったらいいねえ、ウトロン。
まあ、歩いても来れるんだから、庭みたいなもんですが。^^;
さあ、気分転換もできたところで、今日も仕事仕事。
ちなみに今度の週末も、まだまだ仕事に違いないので、
次回のブログもきっと「かまたのウトロン日記」になることでしょう。
お楽しみに!・゚・(ノД`)ヽ
【おまけ】
ということで、本日の見習いのようすは・・・

題して、「はるかなる看板犬への道のり」( ̄∀ ̄;)汗
2010年11月19日
秋の日のウトロンの

関東の人からは信じられないくらい雨ばかり続く晩秋の新潟ですが、
今朝は久しぶりに朝からいいお天気です。

朝の散歩用のロングリードでいつもの田んぼ道へ。

くんくん。今朝は何かが違う?

あぜ道の草や田んぼ一面に、
放射冷却でびっしりと霜が降りています。

初めて見る白い世界はどんな風に映っているんでしょう。
もうすぐ空から白くてフワフワしたものがたくさん降ってきて
みんなみんな真っ白に覆われて
家の周りはぜ~んぶが広い雪原になるんだよ。
楽しみだね、ウトロン。

シャリシャリ。まるで冷凍庫の中にいるようです。

あと数分もすれば日が高くなって
このきれいな霜も、みんな融けて消えてしまうのですが。

冷たいシャーベットの花、おもわずパクリ。

リードを離して「マテ」の練習。
少し離れて眺めてみると、もう随分大きくなった気がします。
家に着いたら、今度は私のスタンディングの練習です。
こうして日課となっている、私とウトロンの「朝練習」、
成果の程は、どちらもまだよくわかりません。(笑)
2010年10月18日
ウトロンとドライブ
この週末は、ウトロンのワクチン注射に行くために珍しくバイクはお休み。
せっかくなので、ウトロンとの初ドライブのレポートなどお届けします。
ウトロンはまだワクチン接種が2回終わっていないので
基本的には散歩どころか、ケージから出すことも控える期間です。
だから、外の空気に触れるのはほぼ初めて。

どこいくの?

あ!うごいた!

わー、みんなうごいてくー!
目を見開いて、興味津々で外を眺めるウトロン。

ここどこ?

ごはんのとこ?(違います。)

診察台のウトロン。注射を打たれても、眉ひとつ動かさず。

普段は18時間くらい寝なければならない3ヶ月のウトロン。
朝からずっとがんばって起きていたら、おねむになったようです。
家に帰ったのはもうお昼前。

どこいくの?ごはんのとこ?
違います、お仕事です。シャリ、お留守番たのんだよ。
本日の結論。

ま、それがバーニーズですから。(-_-)
2010年10月14日
虹のゲートから
バニウトロが虹の橋を渡って2年と半年。

家を囲むように、大きな大きな半円を描いてかかった
虹のウエルカムゲートをくぐって、

ウトロン(3ヶ月♂)がやってきました~!
心配ごとはただひとつ、シャリとの対面です。
大丈夫なんだろうか・・・
(なにせ以前左助を抱いたコタンさんを血まみれにしたことがあるので、泣)
意外にも、シャリは何ごともなく普通に受け入れてくれ、
そばで見守って、よいお兄ちゃんぶりを発揮するのにはびっくり。
流血騒動を覚悟していた私は、ちょっと拍子抜け。
でもよかった~。

シャリには、この自分よりちょっとだけ大きなウトロンが
「所詮は赤ん坊」とわかっているみたいです。(笑)
そんなわけなので、
これからもよろしくン!

※ウトロンの成長日記は、こっちじゃなくてあっちに書きます。
2010年09月08日
夏の思い出
クライアントであるスキー場の準備期間に突入して、
この時期は、なかなかブログに手が回りません。
コメントは@BOSSが書いてくれているのをいいことに
私からお返事を書いてない方もいますが、どうかお許しを。
足の方はまだボコボコ腫れているけれど、こちらは腫れだけみたいです。
左肩は来週MRIを撮ることになっていますが、担当医からは
自分で我慢できる範囲でならバイクに乗っていい、と言われました。
担当医曰く、
「普通は事故に遭ってケガをしたことで鬱々となるんだけど
あなたは乗れないことで鬱々とするんでしょう?」
はい、よくご存知で。^^;
ということで週末はリハビリがてら、久々の「しどき」に行ってきました。

いい天気!この景色、懐かしい気さえします。

こちらのトレーラーにバイクを積んできたファミリー、
聞くと奥さんがオフロードバイクにずっと乗りたくて、
子どもさんがある程度大きくなったから、そろそろいいかなと
自分用のマシンCR85と子供用のマシンCRF50、そしてこのトレーラーを
すべて自分のお小遣いで手に入れて、
念願かなってようやく最近始めたばかりなのだそうです。
(オフはこの日で3回目だとか・・・。車の運転も奥さんです。)
マシンのメンテナンスももちろん初めて。
マニュアルと首っ引きで調整しているようす。
実は彼女とは以前一度しどきでお会いしているのですが、
その時は小1のミナト君と二人で、東京からしどきにやってきていました。
トレーラーに積むのだってまだ慣れず、
1時間以上かかって奮闘していましたっけ。
熱意があれば何だって!とは言うものの、
身近にショップも先輩も無しで、家族のあるママさんが、
ここまで一人で準備して実現するなんて
決してハードルは低くなかったはず、と@BOSSも感慨深そうです。

バイクは通勤でスクーターに乗るくらい、というご主人は、
この日、奥さんに誘われてついて来たという
本当の本当の「オフロードデビュー」。

そして、親子3人そろってミニコースへ。
パパさんはチームアトラスのCRF100でコースイン。
見ていた私の方が、「夏休みの思い出」をもらったようでした。^^
ぜひまたご一緒しましょう!
さて、私はというと・・・・・・。
CRF100で、ゆるゆると体を慣らそうと思いましたが、
3週間雨が降らないという、スーパードライのしどきは
8の字広場もフカフカの砂で覆われていて
転倒しそうでビビりまくり、バイクをちっとも寝かせられません。(泣)

「ケガすることを恐れる心は、一生ダンスを踊れない」
そんな詩をどこかで聞きましたっけねえ・・・・・(TдT)
まあ、練習内容的には特にご報告するほどのものもないので
ブログとしてはここで終わってもいいのですが、
せっかく書き始めたことですし、次回がいつになるやらわからないので
私のお気に入りの夏のムービーを2つご覧ください。
(もう見たことがある人もいらっしゃるかもしれませんが。)
まず一本目。
こちらはまだバイクに乗る前の2006年のお盆休み、
バイクどころか、事務所と家を往復するだけの365日。
そこに途中からお店まで増えてしまい、
ほとんど休みらしい休みも無い生活を
顧客と締め切りに追われるまま続けていた頃です。
気づくと、@BOSSが起業してから10年が過ぎていました。
「パリダカ出場&完走」という夢の実現の為に会社を起こしたものの、
結局はバイクに乗ることすら犠牲にして、
会社にすべてを注ぎ込んできた10年。
人生このままでは終わってしまう!と思った@BOSSは
その転換を図る第一歩として、仕事と生活を一変させるべく
まずは、人並みに休みが取れるように、
サロンドアトラス10周年キャンペーンと銘打ち、
「今までの人生でやった事のないことに挑戦する!」と言いだしました。
といっても、命を張った大冒険に挑戦したわけではなく、
選考の結果、お盆休みに「船に乗って鯛を釣る」という
比較的ポピュラーな「初めてのこと」を選んだわけですが。(笑)
ところが、このお盆休みの鯛釣りが思いのほか楽しくて、
それ以来、すっかりはまってしまい、
休日には寺泊からの鯛釣り船によく乗るようになりました。
それによって、それまでの「何とか休みを取らなくては!」ではなく
「鯛釣り船に乗りたいから、仕事を段取りして休みを取る!」
というスタンスに変わっていきました。
そしてこれは、私が初めて、
私にとっての大物を釣った日の記念すべきムービーです。
この夏、「ふじ丸」さんには、本当にお世話になりました。
ひと夏が終わって、また来年も来ます!と言ったのに、
翌年いきなりバイクにはまり出し、あれから一度も行っていません。(TдT)
しかし!
夏が終わっても、@BOSSの鯛釣りの熱は覚めませんでした。
「5kg超えの大物を釣るまでやめない!」と宣言し、
秋が来ても、冬が来て海が荒れはじめても海に通い続け、
ある時などは、全てのお客さんが船酔いでダウンしても
大シケでクーラーボックスが舞い踊る船上で
仁王立ちになり、吐きながら釣っていたとか・・・・・。(|| ̄m ̄)ウップ
@BOSSは真っ黒に日焼けし、次第に漁師のような風貌となっていきました。
「@BOSSさんはしばらく海外にでも行かれたんですか?」と
地元のクライアントから聞かれても、私は一切口をつぐみ・・・・・・。
そして小雪降る12月12日、ついに目標達成の日が来ました。

おお~!厳寒の日本海にて、誇らしげな@BOSS。
釣り上げたその日、ふじ丸さんが撮ってくれた写真だそうです。
(鯛も大きいけれど、@BOSSも大きかったですね・・・( ̄∀ ̄;)汗)
もう一本。
まだバニウトロが生きていた頃、よく佐渡に行きました。
元気だった頃は泳ぎが得意で、いつまでも海から上がらなかったバニウトロも
年を取ってからは、少し泳ぐと砂浜で休むことが多くなり、
海に入る時には念のため、犬用のライフジャケットを着せるようになりました。
そしてこれは、海で泳ぎ疲れたバニウトロがおぼれ、
それを助けに行った私もおぼれたという、おまぬけなムービーです。
私にしがみつこうとするも、すべって上れないバニウトロ、
泳ごうにもバニウトロの重さで沈む私。
懐かしい、2006年の「海の日」の出来事です。
思えばこの頃から@BOSSという人は、
助けるよりもカメラを回す「報道の人」だったんですね・・・( ̄∀ ̄;)汗
ああ、あまりに間が空いて皆さんが心配しないように、
ほんのちょっとだけ何か夏にまつわる話でも書こうとしたら
ついつい次のネタなどを探し始めて、
また仕事の手が止まってしまいそうなので
まとまりはつきませんが、今日のところはこの辺で。
ようやく朝晩が少し涼しくなってきました。
赤とんぼが飛び始め、高くなった空を見ては、
あ~あ、また旅に出たいなあ~、と思ってしまいます。
でもこの時期のそれは、「旅心」とは呼ばれず
「仕事からの逃避」と呼ばれるだけのようです。(泣)
【本日のおまけ】
映画「THE COVE」を観てきました。

この映画については、いろんな意見があると思いますので、
ここでは意見や感想を交換することはしないでおきたいと思います。
一つだけ書くと、日本の問題は、食文化の侵害やら撮影方法の問題やら、
言われていることとはまったく別のところにあるように思いました。
もしマスコミの映画評で「観なくてもいいや」と思っている方は
機会があったら、先入観なしに
一度観てみるのもいいのではないかなと思います。
2010年03月16日
アトラス修学旅行
この土日は、全日本トライアル選手権第1戦の観戦で
茨城の真壁に行かれた方も多いと思いますが、
私たちが向かったのは西日本。
今回はお仕事関係で広島へと向かいます。

しかも、「それいけウトロ号」ではありません。

新幹線で東京より西へ行くのは初めてです。
朝6時28分長岡発、Maxときがホームに入ってきました。

東京を過ぎ、車内で少し遅めの朝食。
列車に乗っている数時間は、
誰にも邪魔されない本とコーヒーだけの幸せタ~イム♪
ああ、一ヶ月に2~3回、こんな出張があるといいなあ。

お昼を過ぎた頃に広島に到着。その後は山陽本線で西広島へ。
ここは「ずっこけ三人組」のふるさとなんだとか。
私はこの三人組の本を読んだ事はありませんが、
今の小学生にも人気があるのだそうですね。
仕事が終わった頃には、かなり陽も傾いてきましたが
せっかく広島に来たのだから、
2つの世界遺産を観光しない手はありません。

まずは、平和記念公園へ。

慰霊碑の向こうに、原爆ドームが見えます。

たくさんの折鶴に囲まれて立つ「原爆の子の像」。
2歳で被爆し、白血病になった佐々木禎子さんは、
折鶴を千羽折ると必ず治ると信じて、病室で折り続けましたが
被爆から10年後、12歳で亡くなってしまいます。
彼女の死を碑に残そうと同級生たちが全国へ呼びかけ、
全国3,100校余りの生徒と、英国をはじめ
世界9か国からの支援によりこの慰霊碑が完成したそうです。

今も毎年、世界中の学校から千羽鶴が届いているのだそう。

10分ほど歩くと、太田川河畔に被爆当時の姿をそのまま残した
「原爆ドーム」が見えてきます。

ほんの数十年前、この地に投下された原爆。
投下の2週間ほど前には、候補地として新潟も挙げられていたと聞くと
よけいに言葉が出てきません。

橋の上で青年が演奏している珍しい楽器は、
ピアノの原型とも言われるらしい「ハンマーダルシマー」という民族楽器。
専用の木製スプーンのようなスティックで弦を叩いて音を奏でています。
春の薄く青い空のもと、柳の枝が揺れる橋の袂で、
優しく哀しい音色が、行き交う人々の足を引きとめます。
この後は、広島平和記念資料館(原爆資料館)へ。
1時間くらいあれば見学には十分だろうと思っていましたが、
結局閉館時間ぎりぎりになっても見終らず。
特に、8月6日を経験した一般の方が、当時のことを思い出して描いた、
決して上手いとはいえない絵を展示したコーナーの前から足が離れません。
絵は、写真や亡くなった方たちの遺品以上に強烈なイメージで
その日のことを私たちに教えてくれました。
午後6時。公園に集まって囲碁や将棋を楽しむおじさんたちから
つまみを分けてもらっている野良猫たちに別れを告げて
@BOSSと私も、少し薄暗くなった記念公園を後にしました。
その後、広島市内から40分ほど離れた宮島口へ。
宮島口は、広島にあるもう一つの世界遺産、「厳島神社」のある
「宮島」へ渡る玄関口。今日はここのビジネスホテルに宿を取っています。

宮島口へ着くころにはもうとっぷりと日も暮れ、
華やかなフェリーの灯りが、暗い海を彩っていました。
この日の夕食は、気取らない地元の小さなイタリアンレストラン。

前菜3種と自家製パン。

蛸とアンチョビとオリーブのピッツァは絶品でした。

ああ、お料理を食べてこんなに幸せを感じたのって久しぶり。

2本目のワインが空く頃には、かなり饒舌に話をしていたはず。
「レイドモンゴリア、行ってみたいですね~゚。( ̄▽ ̄)ポワーン」

デザートは数種類の見本から好きなものを2つセレクトできます。
私はチーズケーキとティラミスを頂きました。
ほんの30席の、海辺の小さなレストランですが、本当に美味しかったです。
【日曜日】
翌日は6時起床、7時過ぎのフェリーで宮島へ。

7時台の宮島口は、まだ閑散としています。
片道170円、ほんの10分ほどの船旅です。

フェリーも数えるほどの乗客しか乗っていません。
朝日を浴びて、出港です。

あっという間に宮島に到着。桟橋である駅の構内も人はまばら。

観光地らしい駅舎ですね。

一大観光地、安芸の宮島ですが、旅館街もまだ静まり返ったまま。

いるのは野生の鹿と私たちくらい。

厳島神社の大鳥居が見えてきました。

水に浮かぶ、壮麗な社殿。空や海までもが天井であり壁で床です。

建物と一体化している@BOSS。(笑)

陰と陽の二つの気が万物を作ると言う陰陽道の影響を受けている、と
どこかに書いてあったような気がします。
(うろ覚えなので、違ったらゴメンナサイ。)
灯篭や、大鳥居の笠木など、いろんなところに
陽(太陽)と陰(月)を表す印が付いているのだそうです。

光と影、満潮と干潮、昼と夜、
すべてが計算しつくされた美しさです。
きっと、雨は雨でしっとりと美しいのでしょう。

@BOSSもすっかり魅せられたようで、カメラを離しません。

観覧は一方通行で戻れないので、ゆっくりじっくり進むことに。

やはり志望校を目指す「合格祈願」の絵馬が多い中、
「二人の結婚がうまくいきますように」と妙に切実な願も。
二人の親御さんだったりして・・・(笑)

ほんの数分の間に、どんどん潮が満ちてきます。
朝9時くらいには、すっかりここも水の中になるそうなのですが・・・
次回来る機会があったら、朝と夜と、時間を変えて2回来てみたいですね。
(夜のライトアップも、幻想的でそれはそれは美しいと聞きます。)

ここには能舞台も用意されています。
水面に映る月明かり、ここで演じられる能や狂言、歌舞伎を見てみたい・・・

どこまでが自然で、どこまでが建造美なのかわかりません。
できたら、一日中ここにいて眺めていたいようです。
季節や時間によっては、渡り廊下もすべて水の中になるのだとか。
その昔、海の中にこの社殿を建てるよう清盛公に命じられて
この美しい建物をイメージし、デザインし、建立した誰かさん、
あなたはいったいどんな方だったのでしょうか。
(・・・と@BOSSに言ったら、
「宮崎駿さんみたいな人じゃないの?」だそうです。^^;)
だんだん観光客が増えてきて、ガイドさんの声で賑やかになってきました。
静かにじっくりと建物を鑑賞するには、
今回のように早朝にここへ来るのもいいかもしれません。

後白河天皇が御行の際にお手植えになったとされる松の遺木。

少し急な階段を上ると・・・

太い柱と梁で支えられ、社殿を見下ろすように建てられた、

豊臣秀吉が作らせたという広い吹き抜けの建立物が。

ここは俗に「千畳敷」と呼ばれる大経堂。
(実際には857畳の畳が敷けるらしいです。)

社殿を見下ろすように建てたこともそうですが、
完成の前に亡くなり、建設も未完のままで終わっているところが
なんとも秀吉らしいという気がします。
帰りの時間が迫ってきました。
残念ながら、そろそろフェリーに乗って対岸へ戻らなければなりません。

10時を過ぎる頃には、表参道もにぎやかになってきました。

たくさんの土産物屋が軒を並べます。
宮島の名物と言えば、何と言っても「もみじ饅頭」。
それから、あなご飯、そして焼き牡蠣。

「だいこん屋」さんで、宮島名物、焼きたての「もみじ饅頭」を頂きました。

もう一つ、広島と言えば、「杓子」。
表参道の途中には、全長7.7mのこんな大杓子も。
もとは弁財天の琵琶をイメージしたみやげ物として生まれたそうですが
戦時中、全国から広島に召集された兵士たちが
「敵をめし(飯)とる」という言葉に掛けて厳島神社に杓子を奉納し、
故郷への土産物として持ち帰ったことから、全国的に知られるようになったそうです。

こちらは杓子のお土産専門店。

インパクトの強い蒸し饅頭屋さんですね。^^;
まだお腹はあまり減っていなかったのですが、
宮島を発つ前に、牡蠣料理専門店「牡蠣屋」さんで
名物の「焼き牡蠣」を頂く事に。

熱々、プリプリで美味しい!
ああ、メニューには冷えたシャブリもあったというのに
朝食をしっかり食べ過ぎた自分をどんなに悔やんだことか。(泣)

私たちが帰る頃、本州から、どんどん観光客が宮島へ渡ってくるように。
入れ違いで私たちは帰りのフェリーに乗り込みます。

7時台には10人も乗っていなかったフェリーも、
この時間は団体客でしょうか、満員です。
駆け足でしたが、土曜の夕方から日曜の午前中にかけて
広島を修学旅行のように観光し、名残惜しいのですが
お昼過ぎ、新潟への帰路につきました。
約940km先の新潟に到着するのは、@BOSSの運転でも
10時間後の夜11頃になる予定。
帰りの高速では、たくさんのバイクとすれ違いましたが
さすがに西日本は雪がないんだなあ。
もうすっかりツーリングのシーズンなんですね。
明日の朝、まだ一面を覆う白い雪を見るとき、
広島での一日半が夢だったのではないかと思うかもしれません。
2009年11月23日
秋の連休は
「初日は『しどき』のモトクロスコースで練習して、
2日目は『モトパーク森』のエンデューロコース走って、
3日目は決めてないけど、船に乗ってもいいし、
またみんなで、温泉に入って宿で飲んで、
A家食堂さんの一周年記念のライブもあるし、
この3連休は、いわき、来るよね!!!」
という、いわき組からのお誘いをお断りして連休を過ごしたのは・・・

この建物の中。(泣)
仕事の関係で、1泊2日の講習会に参加していました。

ああ、こんなにもいいお天気の連休を
こんな四角い建物に閉じ込もって過ごそうとは・・・・・

悲しみに暮れ、夜は近くのショッピングモールを彷徨う私。
そんなわけで、先週に引き続き、この週末もバイクに乗らず。
2週連続で練習日記はありません。
そうそう、
JNCCのレースを終えて大阪へ帰るドロみちゃんから
講習中にメールが届いたので・・・

休憩時間にお返事を内職。
ドロみちゃん、本当にお疲れ様でした。
クラッチの件はとても残念だったけれど、
たくさんの悔しさを持ち帰って
今メラメラ燃えているであろうドロみちゃんが
ちょっぴり羨ましかったりするかまたでした。
【追記:本日のおまけ】
今日、会社のポストに素敵なカードが届いていました。
あて先を見ると・・・・

・・・・・・・あのぉ・・・・・( ̄∀ ̄;)汗 ・・・どんな会社のどんな人?
doronqoさま、どうもありがとうございます。
「ミワコング記念日」が懐かしいです。
冬場は何かと引き篭りがちな「オードリィ」と
また一緒に遊んでやってください。
別便で頂いたお酒は
そのときに一緒に開けましょう。^^
2009年05月10日
GW九州-鹿児島
土日のしどきのご報告はちょっと後にして・・・。
(これは2009年GWの記録です。)
DAY1-鹿児島
5月3日の全日本トライアル選手権第2戦九州大会に向かうために
4月30日の夜11時頃集合して中之島ICを出発した
@BOSSと私とミヤザキファミリー(ミヤザキさん、ユキちゃん、ハルキ君)。
予定では5月1日(金)に鹿児島に到着するため
ETC割引の恩恵は受けられませんが(泣)
おそらく地獄のような渋滞には巻き込まれずにすむであろうと
ともかくこの日は(@BOSSだけは)一睡もせず一路九州に向かうことに。

深夜2時のサービスエリア。「師匠、眠いっすね。」

ここを過ぎたらミヤザキファミリーはベッドにした後ろのシートで就寝。
朝8時まで二度と目を覚ますことはありませんでした。(-人-)
私も前の座席で2時間くらいウトウトしましたが
目を覚ますと、すでにそこは岡山付近でした。

朝6時過ぎ、もうじき山陽道に入ります。

一睡もせず運転する@BOSS。少しヒゲが伸びました??
吹田も姫路も京都も一度も渋滞に会うことなく
5月1日朝11時、予定通りに本州最南端の下関は関門橋に到着。
この高速道路が、明日には車でぎっしり埋まってしまうであろうことが
今はまったく信じられないくらい空いています。

本州最南端、下関の関門橋。橋の向こうはいよいよ九州です。

我々のバスを覗いている不審者発見!?
いえ、宮崎選手が乗った「WISE BETA RACING」のトランポが
ちょうど今下関に到着して、隣りに車を停めたところです。

早めの昼食をとって、昼12時半過ぎ、いよいよ九州へ上陸です!
そこから約3~4時間で鹿児島へ。
鹿児島に着いたのは午後4時すぎ。
う~ん、南国ムード満点です。

「るるぶ九州」を抱えてたたずむ新潟からの田舎者。

過去、九州は大会遠征だけで、会場に直行、終わると直帰。
景色を見るのは初めてです、というミヤザキさんとユキちゃん。

な、何しようとしてるんですか・・・・( ̄∀ ̄;)汗
なんとな~く手持ち無沙汰なミヤザキさんが
枯れて落ちたやしの葉で南国風のムチを作ろうと
悪戦苦闘をしているところ。無理ですって。

風にそよぐやしの木。はあ~、南国だ~~~。

鹿児島の新名所「ドルフィンポート」。フェリー乗場の目の前にあります。

こんにちは。ここに鹿児島の薩摩焼酎400種類が揃うお店が
あると聞いたのですが・・・・・。

こちらがその「薩摩酒蔵(さつまさかぐら)」。

芋から作ったという地ビールで、運転する@BOSSの分まで乾杯!
地元のワインもたくさん揃っています。

少し熱いかな、と思ったけれど、慣れると気持ちのいい足湯。
夕暮れの海風に吹かれてお湯につかりながら、
そろそろ新潟を出発し、今晩から間違いなく
GWの大渋滞に巻き込まれるであろう「ごっし号」に
我々先発隊の様子を写メールで送るかまた。
(ほとんどイヤガラセですね。^^;)

お!奄美民謡のライブだそうですよ!
今夜の夕食はここにしましょう!
レストランは予約でいっぱい。
私たちは不粋にも予約なしの飛び込みでしたが、
なんとか2階の席に入れて頂きました。
今夜の唄者は、喜界島出身の泉茂光さんです。

まずは焼酎5種の飲み比べ。箸おきは珊瑚です。

別の5種も頼んだので全部で10種。
結局ほとんど私が頂きました。^^;

豚肉、鶏肉を使った、奄美のお料理が運ばれてきます。

7時30分、ライブが始まりました。
沖縄と奄美大島の三味線(三線)は少し違うのだそう。
2つの三味線を交互に引きながら唄う泉さん。
2階席からの方が逆によく見えるかも。
知っている歌もいくつか出てきて、手拍子など打っていると・・・

お料理を運んできたスタッフの方が踊り始め
私の手を引いて、立って踊れと言うではありませんか。

そうなれば、踊らないわけには行きますまい。(笑)
コツは、「障子の戸を開けたり閉めたりする感じ」だそうです。
もうこうなると、誰も私を止められません。(笑)
宴もたけなわ、1階で「輪踊り」が始まれば・・・・
当然参加でしょう(笑)。ユキちゃんファミリーも輪に加わります。
こういう時に恥ずかしがってなかなか輪に入らない人がいますが、
私は実はこんな風にみんなで踊るのが大好きなので
佐渡に行っても、北海道のアイヌコタンに行っても
自由参加の踊りの輪があれば手足が勝手に動いてしまいます。

9時、お店の方と記念撮影。いや~、楽しい夜でした。

美しくライトアップされた夜のドルフィンポート。
こうして、九州初日、鹿児島の夜はふけていきました。
あまりにも楽しくて、「全日本トライアル選手権」の応援にきたことなど
すっかり忘れてしまいそうです。(笑)
この日はスーパー銭湯の大広間に2000円で宿泊。
翌5月2日は、宮崎選手のマインダーであるミヤザキさんを
錫山オフロードランドに残して、
私たちは桜島観光の予定です。
(つづく。)
2009年02月20日
ストレッチポール
夕方、会社に箪笥再生職人のコタンさんが
大きな荷物を担いでやってきました。
まるでサンドバッグのような、長さ1mくらいの長い筒。
「ストレッチポール」というのだそうです。
コタンさんも家で使っていて、
背中のストレッチにとてもいいので
コリを持病に抱えはじめた私にも、1つプレゼントをしてくれました。

マニュアルのDVD付き。
実際には床に寝転んで使うもののようですが
会社の床に寝転んでみせるのはさすがにちょっと・・・^^;
とりあえず椅子の上で、どんなものかご紹介します。

こんな風に座ってできたら、このまま仕事をするのに・・・・。
本当は床に置いたストレッチポールの上に寝転がり
ごろごろと左右に体を転がして、背骨を伸ばすらしいです。
なんといっても、マニュアルDVDのケースには、
「姿勢だけじゃない。心もきれいになっていく。」
と書いてあります。
それはぜひともやらなくちゃ~。(笑)
2008年05月04日
犬が教えてくれたこと2
平成20年5月2日、0時45分。
ウトロ永眠、享年12才。
この話はもう一つのブログに書きましたので
そちらを読んで頂ければと思うのですが
ここでは少し違う話を書きたいと思います。
(もう一つのブログでは、私のHNがウトロなので
犬は「バニウトロ」と呼んでいます。)
「犬と飼い主は似る」といわれますが、
それぞれをよく知っている人には
ウトロと私もよく似ていると言われました。
後先を顧みない直情型。
強情っぱりで、負けず嫌い。
そして、食いしん坊。(笑)
(これを読んで、
「かまた」さんはそんな人じゃない、と思われる方は
まだ私のことをよくご存知ではないのです。)
よく似ていると言われた私たちでしたが
病気で立てなくなってから亡くなるまでの3週間、
私にはとても真似できないと思う「強さ」、
「命を燃やす」ということはどういうことかを
まだまだ甘っちょろい私に、
ウトロは身をもって見せてくれました。
犬は愚痴も言えない、弱音も言えない。
最後の3日間は、咽頭麻痺で喉が塞がってしまい
口を開いても、口からの呼吸が出来ず
「ゴクリ」とものを飲み込む動作も出来ない為
水すら飲みたくても飲めない状態でした。
けれど、最後の最後まで
生きようという意思を持ち続けていました。
呼吸困難の中、生き続ける辛さに
諦めて、楽になることを選べば
それはイコール死にゆくこと。
この時のウトロにとって、死ぬのは簡単。
生き続け、命を燃やし続けることは、
死ぬよりずっと大変なことだったはずです。
けれどウトロは危篤状態に陥るたびに、
どんなに苦しくても、私達が語りかける言葉に反応しながら
生きていれば声が聞ける、もう少し、もう少し一緒に居るのだと
必死で頑張って、生きることを選んでくれました。
(詳しくはもう一つのブログを読んでください。)
しかしそれは同時に、
呼吸困難の苦しさもその度に振り出しに戻ると言うこと。
しかもその苦しさは、
学生時代、部活の100本ダッシュのラスト一本の様な
でも、それとは較べものにもならぬ、文字通りの死ぬ程の苦しさが
そのピークのまま、また一本目の振り出しに戻り
永遠に繰り返されるような苦しさだったはずです。
でも、どんなに苦しくても、それは全て、
生きているからこそ得られる時間。
ウトロが生きることを選び、
残り少なかった命というエネルギーを燃やしてくれたからこそ
私たちと共有できた「二度と得られない思い出」をつくれた時間です。
生きているからこそ得られる「時間」。
その時間を使い、命を燃やして「何か」をすることが
生きた証としての「事実」と「思い出」になる。
そんなことをウトロが教えてくれました。
確かにウトロの命は残り少なかったけれど
私たちの命もウトロと変わりなく
なんとなく、漠然とあと40~50年くらいかなぁと思って
毎日を過ごしてしまいますが
残りがどれだけあるのかは、神のみぞ知るところです。
であれば、今こうして生きていて
使えるエネルギーと時間があるというのに
何にも取り組まず、経験もせず、
せっかくの時間を、その貴重さに気付かず無為に過ごしてしまうのは
死んでいるのと何も変わらない、と思います。
あの苦しい中、最期の最期まで私たちと時間を共有しようと
必死に生きることを選んでくれたウトロを思い出すと
時間の無駄使い、命の無駄使いは
ウトロに失礼だと、自分の心に刻んでいます。
命があるおかげで享受している一瞬一瞬の時間。
このウトロから教えてもらったことを糧に、
私が生きている証として、真剣に一つ一つ事実を残していこう、
行動もせず、口先だけで、
言い訳をしたり、屁理屈をこねることは
決してしないようにしよう、と思います。
そして、自分が選んだ行動がどんなに苦しくても
あの死の淵のウトロの苦しさに比べたら
どんなことだって「できない」なんて言えません。
志を高く持ち、より素晴らしい生涯を過ごす努力をすることを
私はウトロと約束しました。
ウトロに恥ずかしくない生き方をしようと。
それが、まだ命のある生きるものとして
先立った者に出来る唯一の供養なのだと思います。

人生には終わりがあって、それはいつ来るかわからない。
そして、自分に与えられた人生の日々をどう生きるかは自分次第。
私ごとき若輩者が、先人より語り尽くされた人生の教訓を
今更ここで語るつもりも語れる資格もありませんが
やるも人生、やらぬも人生。
やらない理由、できない理由はいくらでも並べられるもの。
でも、同じ人生過ごすなら、
理屈を並べ立てるよりやった方がいいと思う。
そして、やると決めたなら、とことん本気で取り組もう。
バイクも同じ。
私はプロを目指しているわけではないし
競技大会やラリー出場を目標にしているわけでもない。
けれど、乗る瞬間は、命を燃やして乗ろう。
限られた人生の貴重な時間を使って乗るのだから。
そんなことを、この3週間、特に最後の3日間は
ずっとずっと考えながらウトロと過ごしていました。
生きるものを看取るという機会は
人生にそうたくさんありませんが
(そして私にとっては今回が初めての経験でしたが)
ウトロが今回私に教えてくれたことを
書き記しておきたいと思います。
2008年04月26日
犬が教えてくれたこと
今日からゴールデンウィーク。
かまたは早速どこへ出かけているだろう、と
このブログを開いてくださった方もいらっしゃるかと思いますが
今日はバイクのことではありません。
我が家には、先日12歳になったばかりの
バーニーズマウンテンドッグがいます。
そして、もうすぐ虹の橋を渡ろうとしています。
この犬が12才の誕生日に私に教えてくれたことを
もうひとつのブログで書きましたので
ぜひそちらを読んで頂けるとうれしいです。
2008年01月30日
CTスキャン
昨日、人生初の「CTスキャン」を体験してきました。
というのも、昨日から突発的にものすごくお腹がいたくなり
私が仕事中にあまりにも顔をゆがめるので
@BOSSより「とりあえず病院へ行け」という指令が出たのでした。
そういえば、前の晩に生牡蠣を食べたっけなあ・・・。( ̄∀ ̄;)汗
今回の痛みは、普段お腹をこわした時のそれではなく
内臓を中からナイフで切られる感じというか
手で腸をギュウウウッと絞られる感じ。
今まで体験したことのない痛みなのでした。
病院へ行ったら、採血とレントゲンを撮られましたが
採血検査の結果、白血球の数値が異常に高くなっており
熱もあるようなので、念のためCTスキャンをしましょう、ということに。

以前から、ちょっと憧れだったCTスキャン。(笑)
造影剤を注射され、私の体は機械の中を行ったり来たり。
胃から腰骨のあたりまで
「かまたの輪切り」写真が撮影されます。
待つこと15分。
結果は、小腸が腫れているらしく
どうも今はやりの「急性胃腸炎」らしいとのこと。
神経性ではなく、何か「菌」が入ったようです。
後日改めて詳しい結果を聞きに行くことになったのですが・・
よかった、生牡蠣が原因でなくて。(よくないけど)

それにしても、今年は年頭から薬漬けですね。(^_^;)
これまで、怪我で医者に行くことはあっても
風邪もひかなかったし、病気らしい病気をすることもなかったし
健康に自信をもっていたので、ちょっとショック。
厄年でもあるまいし・・・。
「ある程度は大事にしなさいよ、そう若くはないんだから」という
体のメッセージなのかもなあ、と思いつつも
何か(体か気持ちか)が弱っている信号であるのは間違いなし。
しっかり食べて、体力を立て直したいと思います。
いたたたた・・・・・・・(> <。。。
2008年01月20日
私の病人食
皆さま、ご心配ありがとうございました。
おかげさまで、もうすっかり平熱です。
しかし、インフルエンザとの戦いに疲れた私の体は
いわゆる「食品添加物」的な食べ物を
受け付けなくなってしまいました。
食欲はあって、お腹もすくのに食べたいものがない。
でも食べないと体力が落ちてしまう。
無理に食べると消化不良を起こすし・・・。
そんな時の私の強い味方、それは「うどん」です。

大きな土鍋にうどん(できればきしめん)だけを煮て
そこから釜揚げうどんのように小皿にとって
生たまごと万能ネギとおしょうゆでいただきます。

できるだけアツアツのうちに食べましょう。
あ~、体が生き返る~。
一玉しか食べないんだから、台所でゆでて
普通に丼に盛って食べたら、という意見もあるでしょうが
あまりにも「病人食」として作ると
食べていても気持ちが「しょぼ~ん」としてくるので
ちょっとイベント性もあるし、私はこれが好きなのです。
きっと完全に体力が戻ったら
またまた食品添加物満載の食べ物も
平気で食べるようになるのでしょうけれど
それまではこうして質素にしみじみと
日本の味を体でかみしめたいと思います。
それにしても、人間の体ってすごいなあ。
「スナックが食べたい。」
そう思ったら、私の体は体力が戻ったと思って
間違いないと思います。
【本日のおまけ】
お友だちからこんな差し入れが。
手作り「梅干し番茶セット」です。
彼女の家では昔から、風邪をひいたら
熱~いお番茶に梅干しとハチミツを入れて飲むのだそうです。
梅干しももちろんお母様の手作り。

この織部のカップも同じお友達からのプレゼント。
さっそく言われたとおり濃い目にお茶を入れて
わざわざつぶして瓶詰めにしてくれた梅干しと
ハチミツを適量入れて飲んでみました。
ゴクゴクゴク・・・・・・・・。
・・・・・・・・ちょっと不思議な味ですが
体にはとても優しい飲み物でした。゚。( ̄▽ ̄)ポワーン
2008年01月18日
インフルエンザ
「たぶんインフルエンザではないでしょう。
もっと熱が上がって、だるくなるはずなので。
でも、体力があって、すぐにインフルエンザとは
わからない人もいるんですよね~。
もし熱が急激に上がったら、もう一度きてください。」
お医者さんからこう言われていたのですが
熱が上がったことと、ものすごい下痢になったので
念のため再検査をしてもらうことに。
鼻から長さ20cmほどの綿棒をつっこまれ
粘液を取られて検査結果を待つこと15分。
A型インフルエンザでした。( ̄∀ ̄;)ガーン

インフルエンザと聞いたとたんに何だかフラフラする私。
「今週いっぱいは安静にしてくださいね。」
ちょうど昨日は久しぶりの休日だったこともあり
(寝て過ごすとは思いませんでしたが・・・)
一日「安静」に過ごしたものの翌日をどうするべきか・・・。
「もう半日寝て午後から出勤してもいいですか?
ぶり返しがこわいので・・・・・」と@BOSSに聞いたら
@BOSSはいいともダメとも言わず、
「インフルエンザはぶり返しません!
あとはあんたが、いつ直そうと思っているか。
それに、その熱があんたにとってどれくらいのものかにもよるし。」
・・・・・・・そういわれると、楽勝で動けるし食欲もあるしなあ。
というわけで、今社内は全員マスクをしています。
私からのウイルスを隔絶するためです。(泣)
こうしている内にも私の体の中で、
インフルエンザとかまた菌(善玉)が
攻防を繰り広げているわけですが
あと2日もあれば、敵の牙城を崩せそうです。
がんばれ、かまた菌!
でも、みなさん。予防が最大の防御ですよ。
お家に帰ったらうがいをしましょう。
2008年01月15日
雪だより
みなさま、いかがお過ごしでしょうか。
今朝は冷え込んでお天気もよく
あまりに景色がきれいだったので
出勤しながら、思わず写真を撮ってしまいました。

気温が低かったところに日が差し、もやがたって幻想的。
一眼レフならもっときれいなのに・・・。

川景色。絵に描いた田舎の冬。

家のとなりの畑。
どんなにド田舎に暮らしているかが
お分かり頂けることでしょう。(笑)
かくいう私は、今朝起きたら
不覚にも風邪をひいていました。
10年ぶりの風邪です。
熱もあり、のども痛いけど、休めない。(泣)
会社に着いてゲホゴホ言っていたら
「うつすな~!」と@BOSSからマスクを買ってくるように指令が。
さっそくセブンで買ってきました。
「超立体マスク」です。

あやしい・・・・・・・・・・ ( ̄∀ ̄;)汗
冬はバイクネタがないかまたの近況報告でした。
ゲホ、ゲホ、ゴホ・・・
だ~、熱が上がってきたみたい~。
みなさんもお風邪には十分お気をつけくださいませね。
2008年01月07日
システム手帳購入
システム手帳を買いました。
今年は「百ます計算」で有名な陰山英男氏プロデュースの
「陰山手帳2008」という手帳です。
毎年システム手帳を買うときは
この手帳を使ったあかつきには
すばらしい一年が私を待っている気がしますが
恥ずかしながらまだ使い切ったことは一度もありません。
(だいたい春になる頃、ぐだぐだになってしまうんです・・・。)

陰山手帳の特徴は、時間管理・目標管理のほかに
生活習慣をきちんと管理することを目的として作られています。
早寝・早起きで睡眠をしっかりとる、朝昼晩と3食しっかり食べる、
こうしたことができないと仕事も人生の目標も達成できないとして
毎日3食食べたかどうかの記入欄まで設けられています。
教習所へ通っていた頃は、毎朝4時30分には起きていて
おお~、私、生まれ変わったみた~い!と
自分で自分を誉めたいくらいの早起きさんでしたが
最近はまた「できるだけ寝ている」という生活に逆戻り。
朝食も抜きがちで、昼食も忙しくなると食べない日もしばしば。
整理整頓もへただし・・・・・。
これはまったく謙遜ではありません。(T-T)
「きちんとした自分」というものに昔から強い憧れがありました。
毎日、小さいことをコツコツと続けられる人って
ホント~に心から尊敬します。
教習所時代、野口教官に
「かまたさんは慣れてくるとだんだん適当になってくる」と
直球ど真ん中の注意を受けたことがありますが
最近の自分もまたそんな感じになってきているので
小さな事でいいから、また何か挑戦して
それを達成していくクセをつけていきたいなと思います。

まずはリハビリのつもりで、もう一度
早起きのクセを身につけることから始めようっと。
・・・・・・・・・・・・それにしても。
どうしてバイクに乗れる日は
あんなに早起きができるんでしょうかねぇ。
それが@BOSS鬼教官の特訓であったとしても。
「かまたの七不思議」です。( ̄∀ ̄;)ホント
2007年11月05日
心を砕く、ということ
今日はバイクの話ではありません。
私こと「かまた」と@BOSSとの共著です。
今朝出社したら、FAXで
取引先の印刷会社の社長さんの訃報が届いていました。
享年73才、末期ガンでいらっしゃったのだそうです。
約10年前、パソコンでの編集(DTP)がまだ普及し始める前で
私たちの会社もまだ会社と呼べる状態ではありませんでしたが、
新参者の私たちは、アナログからデジタルへの過渡期において、
既存の会社が躊躇している中、ノウハウもないくせに挑戦し、
試行錯誤を、この社長さんに協力して頂きながら行い、
会社のDTPを確立させて頂きました。
この社長さんとの出会いがあったおかげで、
今の私たちの会社があると言っても過言ではありません。
それからも、印刷の事だけでなく、見積りの仕方から、
会社の経営についてまで、様々な事をお話しして頂き、
文字通り親代わりのようなお取引先様でした。
そんな社長さんとも、ここ数年は直接話しをすることもなく
もっぱら息子さんと打ち合わせをしていたのですが
2週間前に入院をされ、
痛み止めのモルヒネで意識が朦朧とすると
うわごとを口にされていたそうです。
「本を作ってやったよ」
奥様が「まあ、誰にですか?」と聞くと
「アトラスに・・」と弊社の名前を言われたそうです。
意識の無い状態でのお話だそうなので、よけいに
私どもの会社の名前が出てくることが驚きで
そのように心を砕いて下さっていたのかと
そのお話を息子さんから聞いたとき
ありがたさで涙があふれてきました。
きっと、親のように、
ずっと心配してくださっていたのかもしれませんね。
本当にありがとうございました。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。
私たちも社長さんのように
人に心を砕ける人間になっていきたいと思います。
2007年08月05日
寅さんを偲んで
空はピーカン、夏真っ盛り。
なのに、まだCB750の修理部品が届かないので
今日もバイク以外のブログです。(>_<。。。
BSで放送された寅さんシリーズ全作を見てからというもの、
ずっと行きたかった葛飾区柴又の「寅さん記念館」。
この8月4日に、念願かなって行ってきました。
柴又駅前でいきなり寅さんに遭遇。
「すみません、記念館はどこですか?」
「お嬢さん、あっしに聞かねぇでおくんなさい」

お、今度は生きた寅さんに遭遇。
寅さんの格好でボランティアガイドをなさっている芸人さんで
この皮かばんも、山田洋次監督から頂いた
本当に寅さんが使っていたかばんなのだそうです。

「知ってるかい?今日は寅さん(渥美さん)の命日なんだ。
今日ここへ来たってぇことも何かの縁だねぇ。
俺もね、これから(渥美さんの)墓参りに行ってくるんだよ。」
へ~え!今日がご命日だったなんて!
帝釈天の表参道は映画のロケとほとんどそのまま。
名物「草だんご」「くず餅」を出す甘味屋さんをはじめとして
昔ながらの懐かしいお店が軒を並べています。

飴屋さん↓

手焼きせんべい屋さん(暑そう・・)↓

記念館は帝釈天から歩いて5分ほど。
最後の48作目で使用された「くるま菓子店」のセットが
そのまま保存されています。
映画のワンシーン↓

現代のさくらとおばちゃん↓

寅さんとの記念撮影↓

黄疸(おうだん)か!という顔色ですね・・・・( ̄∀ ̄;)汗
だけど1回500円は良心的。
(石原裕次郎記念館は2500円だったな、たしか。)
記念館(公営)も、柴又の町も帝釈天参道も、
あまり観光客にすれていなくて好感がもてました。
もちろん昭和40年代とは町並みも変わっているはずですが
お店の人も昔ながらの商売を続けてきて今に至った感じ。
そういえば、昔こういうお店があったなあと
懐かしくそぞろ歩きました。
あとは全DVD「男はつらいよパーフェクトBOX」を買うかどうかだな・・。
長岡大花火大会
知り合いのデザイナーさんが、昨年「フェニックス」を見て、
「花火を見て涙が出たのは生まれて初めてです」と
大絶賛をされていたのが忘れられず、
8月3日、何年ぶりかで長岡花火にでかけました。
せっかくなので河川敷で見たいと思い、
大手大橋の橋詰めへ向かいましたが、観覧席はすでに満席。
しかし、日ごろの行いが良いせいか(笑)
以外と座るスペースは見つかるもので、
蓙を広げて腰を降ろしたと同時に打ち上げ開始となりました。
信濃川の川風が心地よく吹き、絶好の花火見物日和です。
直径300mの大輪の花が目の前に降ってくるかように
次々に長岡の夜空へ打ち上げられます。

ホントにすごい迫力。
少しずつ高く高く、最後には空いっぱいになる大スターマインに
私の隣に座ったファミリーのお父さんも
「た~まや~!たぁ~まや~ぁ!」と大興奮のご様子です。
9時10分、いよいよフェニックス。
地震や水害でボロボロになった中越・長岡の復興を願い、
一人ひとりの寄付(協賛)金で打ち上げられる特別な花火です。
アナウンスと同時に周りが一斉に立ち上がったので、
「え~、見えないよ~」と思いましたが、そんな心配は不要でした。
平原綾香の『Jupiter』が流れる中、
横一列6つ~7つの花火が同時に次から次へと打ち上げられ、
視界はすべて花火で埋めつくされます。
(swfムービー 927k)
何分くらい上がったのでしょうか。
そこにいる誰もが夜空を見上げ、思いがひとつになったあの瞬間、
荘厳ささえ感じ、しばらく言葉もでませんでした。
大袈裟ですが、『世界平和』に包まれた感じ。
今思い出しても目頭が・・・。
フェニックスが終わると、一斉に民族大移動が始まります。
沿道を埋めつくす人・人・人。

でも人の流れは速く(最終列車をめざす観光客も多いので)
9時30分に花火大会が終わり、1時間後には自宅へ到着。
あの感動は、言葉やムービーでは伝えきれません。
花火の楽しみ方はいろいろあると思いますが、
まだ間近で長岡花火を見たことのない方には
ぜひ河川敷での観賞をおすすめします。
【本日のおまけ】
花火の合間に、流れ星を見ました。
そういえば「ペルセウス座流星群」が8月11日~14日に
出現のピークを迎えるそうですね。
どこで空を見上げているかわからないけど
ともかく晴れるとよいですね。
2007年07月23日
九州往復2800km
走行距離2800km。新潟〜九州往復の旅は、
初日に本来の目的を終え、
2日目は滅多にこれない九州ということで
阿蘇山を観光することにしました。
あいにくの小雨で阿蘇五岳もガスってよく見えず。
それでもせっかくなので熊本ICからミルクロードへ。
一番高い大観峰のあたりでは青空も顔を出しました。

このミルクロード、一大放牧地帯なのですが
日本にもこんな景色があったのかとびっくり。
木がほとんどなく、山々は牧草に覆われて
遠くには箱庭のように阿蘇の街が見えます。
北海道の美英にも似ていますが
高低差がある分、もっと迫力があり
バイクで走ったら最高だろうなあと思わせるワインディングが続きます。
いつか免許をとったら絶対に走ってみたいコースです。
残念ながら雨のためコースを紹介するような写真がないので
今回の移動中に食べたごちそうを紹介します。
阿蘇の馬刺し。

同じく馬刺しのにぎり。

下関ではふくミニコースのてっさ(刺身)

広島のたこやき

このほかご当地アイスなどの名物を食べながら
バスに乗って延々と移動をしていると、なんだかブロイラーになった気分。
そんな時のために持参したビリーバンドで、
音楽に合わせて運動不足を解消です。
これ、@BOSS教官の隠し撮りなのですが
・・・いやはや、われながら楽しそうですね。(^_^;)

そして、その5分後。

あまりの情けない顔にモザイクをかけずには出せませんでしたが
モザイクをかけても十分に情けないですね。(泣)
すみません、@BOSS。
@BOSSの眠気覚ましになるはずが
私の眠りを誘うただの「いい運動」になっちまいました。
なお、九州報告はもう一個のブログでも書いてますので
そちらの方もよかったらご覧ください。
2007年07月02日
宇都宮へ出張
昨日は出張で、栃木県宇都宮市へ行ってきました。
途中で立ち寄った那須高原のSA(サービスエリア)は
標高も高く、気温が25~26℃でひんやり。
さすが日曜ということもあって、たくさんの観光客でにぎわっていました。
(でもバイクは外人さんタンデムのトライアンフ1台だけでしたね。)
SAのレストランで選んだメニューは
仕事柄リサーチも兼ねて、イチオシで表示されていたこれ!
「那須高原 森の詩」(1500円)、一日限定20食。
「第1回NEXCO東日本 新メニューコンテスト」で日本50エリアの中から、
「特別審査員賞 陳 建一賞」を受賞したメニューだそうです。
こういうのはとにかく一度試してみなくては。


栃木和牛の刺身、フカヒレ煮込みリゾット、牛すじスープのフォー麺、
どれもSAのレストランとは思えないくらい
手をぬかずに作ってあって、おいしゅうございました。(-m-)
@BOSSは、これまたオススメ表示されていた
「冷やし黒胡麻坦々麺」セット(1100円)。
見た目もまっくろで珍しい坦々麺でしたが、
意外にもサッパリして非常においしかったそうです。
残ったスープをかけて食べるようにとついているご飯がうれしい。
みなさんもぜひ試してみてください。
食後のデザートは那須高原のミルクで作ったソフトクリーム。
濃厚でこれまたおいしかったです。

これ以外にも、ブロックベーコン、鮎&山女魚の塩焼き
チーズ、ヨーグルト、木苺のソフトなどなどおいしそうな商品が並び、
お祭りのような屋台テントの数でしたが、胃袋は1つ。
ほかは見るだけで我慢して、SAを後にしました。
梅雨の晴れ間でお天気もよく、
行きに5時間、帰りに5時間の長旅も気持ちのいいドライブに。
宇都宮市内に入ると、
家の裏にこんな石造りの蔵があるお宅がたくさんあって
これが歴史的建造物かというと、今新築中の蔵もあったりして
ここでは当たり前の生活習慣なのでしょうか。

また、市内ではHondaのNSXがあちこちで出没したり
セスナが数機飛んでいたり。
さすが本田技研のお膝元ですね。
(関係ないかしらん。)
この後、本日の出張の真の目的である
Hondaの研究所の方にお会いして
たいへん興味深いお話をお聞きしました。
ここで書けないのが残念。
HondaのF1&モトGPでのご活躍をお祈り申し上げます。
2007年05月31日
シュノーケリングから始めよう

今日は雨なので、朝練はお休み。かわりにダイビングの話をします。
これは、佐渡の小木ダイビングセンター。
とりあえず1回はやってみたいという方は、
ここの体験ダイビングがオススメです。
水着だけ持っていけば8歳以上からOK!
耳抜きがうまくできなくて大変だったけど、
海の底は地上とまったく違う世界。これですっかりはまりました。
別にダイビングを始めようと思わなくても、佐渡の思い出にもグッドです。

タンク、ウエットスーツなどなど、一式揃えるとン十万円になるし、
それはCカードを取ってからでいいや、と、
まずはシュノーケリングから始めることに。
このピンクのスーツを見たときのスタッフの反応は「・・・・・」でした。
いいじゃないですか、事故率低そうで!
・Yahooオークションで買ったウエア 7000円
・マスクとシュノーケル 4000円
・子供用ライフジャケット 950円
・海で過ごす時間 PRICELESS

南の海のようなカラフルさはないけど、
佐渡の海は透明度が高くて、沖へ出なくても十分楽しめますよ。
私にとっても犬にとっても至福の時間です。
水温が高いときは長袖の水着で泳ぎますが、
岩で手足を切らないように注意が必要。

あ、イカの群れ発見!
ついつい時間を考えないで泳いでしまうのですが、
気をつけて水分を取らないと、海の塩で塩もみされて、
カラダは干からびてしまいます。
海からあがったときの私の顔は、風呂上りの指先のようにしわしわです(泣)。
投稿者 : かまた 08:29
