2010年09月01日
ヨーダの大冒険2010-帰還

(これは2010年お盆のツーリングレポートです。)
長かったツーリングレポもようやくエピローグ。
少し間が空いてしまいましたが、最終日の日記です。

小樽の温泉センター「オスパ」で過ごした最後の夜。
翌朝は6時頃まで、温泉に入ったりしてゴロゴロ過ごし、

6時30分、オスパを出発。
と言っても、フェリー埠頭は目と鼻の先。
出港にはまだまだ時間があるので、
「鱗友市場」の「のんのん」さんに、朝ご飯を食べに行きます。
「ここだったかねえ、去年、"60代ですか?"なんて言われたのは。」
ヨーダ婆、そーゆーのはよく覚えているんですね。( ̄∀ ̄;)汗
でもそれは、お隣の「味さき」さんです。
そしてそれには、やっぱりバイクに乗って登場しないと。

のんのんさんの「小樽丼」。帆立の貝ひもがまだ動いています。^^;

今朝穫れたばかりの新鮮なイカが入ったからと
イカの刺身と一緒に、この辺りの人はこのままではあまり食べないという
イカの「ワタ」も出していただきました。美味しい・・・(TдT)

朝9時からの開館のため、見学するとフェリーの乗船に間に合わないので
毎回入館を諦めていた「鰊(にしん)御殿」。
8時半頃に、掃除にやってきた管理人さんに、
少し早いけどいいですか?とお聞きしてみたら
快く「いいですよ」と言ってくださったので、
初めて鰊御殿の中に足を踏み入れることができました。

最盛期は文字通り、鰊で億単位の財を成した網元たち。
この「鰊御殿」は、「鰊大尽」と呼ばれた網元、田中福松氏の番屋兼住居を
小樽の小高い丘の上に移築展示したものだそうです。

当時の様子。床を埋め尽くしているのは、これ、ぜん~ぶ鰊です。

2階は客間。立派な梁ですね。
ものすごい現金を扱っていたので、2階の奥には
家族しか知らない「隠し部屋」なるものもあったとか。

もう少しだけ時間があったので、外を散歩。
裏庭に当時使われた「錨(いかり)」が大小4つあったので
一番大きいイカリを@BOSSが持ち上げてみました。
「あんたもやってみれば。」
・・・・・・・・・む。( ̄∀ ̄;)汗

私の後ろでは、小さい錨でヨーダ婆まで挑戦しています。(笑)
・・・・が、どちらも、びくともしません。くーーーーーーーっ!!!
ふんーーーーーー!!どうだっ!
あ~よかった、「思い残すこと」を残して帰るところだった。
べこちゃん、こうして私の二の腕は鍛え上げられているのです。(ウソ)

9時過ぎ、フェリー埠頭へ。
これが今日、私たちが乗る「らいらっく号」です。

乗船手続きも慣れたもの。

車で乗船する@BOSSと分かれて、ヨーダ婆と私は一般乗船口へ。

こちらは@BOSS。車両甲板は北海道を後にする車でぎっしり。

10時30分、汽笛とともに小樽港を出港。

少しずつ、北海道が遠くなります。

久しぶりに、「かっぱえびせん」を買ってかもめに餌やり。
風向きさえ上手く合えば、カモメの方も慣れたもので
手から直接えびせんをついばんで行きます。
(・・・にしても、続けて指先からエサを出す@BOSS、
マジシャンみたいですね。笑)

ナイスキャッチ!

お昼はやっぱりこれでしょう。
お盆の間だけ開催される、
デッキでのジンギスカンと生ビール!(と、赤ワイン!)

お風呂に入って一眠りすると、もう西日が差す時間に。
ラウンジでは、「日本一のけん玉ショー」が行われていたと
一人で見に行ったヨーダ婆から報告がありました。

夕暮れ、みんなカメラを持ってデッキに出てきます。

「ジュッ」と音がしそうな太陽が海へと沈む瞬間。

「あの島には夫婦が一組だけいて、頼まれて農業をやっているそうだ」と
どこかからヨーダ婆が仕入れてきた話を、ふむふむと聞き流しながら、
暮れていく海を眺める私。

夕まずめ、イカ釣り漁船が沖合いにたくさん並び始めました。
私は手すりに裏返しとなって、鬱血する肩や腰をストレッチ。

夜になっても、デッキは賑やかです。

やったことがない、というヨーダ婆を誘って、エアホッケーに挑戦!
ヨーダ婆、オウンゴールでの自滅で、ただいま反省中。(笑)

今回は、初めて「S寝台」を利用しました。
眠るだけの狭いスペースですが、妙に落ち着きます。
なんだかテントの中にいるみたい。
夜10時消灯。
隣りの寝台のヨーダ婆は、もうとうに寝た様子。
北海道を旅する間、ヨーダ婆から
「疲れた」という言葉を聞いたことはなかったけれど
元気とはいえ79才、きっと相当疲れていることでしょう。
あと数時間後には新潟です。
おやすみなさい。
-------
朝5時30分。

金色の朝日がまっすぐに登り始めました。
ヨーダ婆をさそって甲板へ。

何が見えますか?
あの事故から一週間。
海を見つめるヨーダ婆の顔を見て、きっともう大丈夫、と思いました。
根室のGEOで買った中古CDの中に、
Bette Midler(ベット・ミドラー)の「The Rose」という曲が入っていて
映画「思いでぽろぽろ」のエンディングで都はるみさんが
日本語で歌っていた曲の原曲ですが、
その原曲の歌詞に感動して、旅の間に、
何度も何度も聞きなおして、勇気づけられました。
こんな歌です。
この歌詞の中の、
And the soul afraid of dyin'
That never learns to live
(死を恐れる魂は、生きることを学ぼうとしない)
という一節を聞くと@BOSSは、
「やめろ」という周りの反対を押し切って、バイクでの北海道の旅に
去年も、そして今年も参加してくれたヨーダ婆のことを、
自分の母親ながら誇らしく思い浮かべるのだそうです。
もう年だから、危ないから、疲れるからと、何もせず家で過ごすのも人生、
大変と知っても、敢えて挑戦してみるのも人生。
79歳のヨーダ婆にとって、そのチャレンジへの決心は
私たちが想像するより、はるかに高いハードルだったと思います。
「危ないから、やめろ」と親戚に言われても、
その誘った息子の@BOSSに叱られて涙しても、
事故に遭遇して、へたり込むほどのショックを受けても、
深夜のSAで涙に滲んだご飯を食べても、
無事に今、こうして振り返ってみれば
すべてが、人生のいい思い出になるはず。
本当に、みんな笑って帰ってこれてよかった。

朝6時、新潟港へ到着。

@BOSSはレンタカーを返しに長岡市街へ。

新潟はまだまだ暑いけれど、
いつの間にか田んぼの稲穂は実を付け、頭を垂れ始めました。
これから新潟は少しずつ、一面の黄金色になっていきます。

北海道の雄大な景色の中を走った後は、
新潟のコンパクトな道、コンパクトな景色は、
まるでジオラマの中に住んでいるようです。
また日常が始まります。
【今回のおまけ】
さやか嬢に鍵を預けはしたものの、
忙しいさやか嬢も一度くらいしか顔をだせなかったとか。
でもまあ、何とかシャリは玄関で私を出迎えてくれました。

うん、でも大丈夫。
シャリが舐めてくれれば、じきに治るから。
【もひとつ、おまけ】
@BOSSが昨日、「書店にこんな雑誌があった」と見せてくれました。

何を今さら「田舎暮らし」・・・

「特集:北海道で暮らそう」???Σ( ̄⊥ ̄lll)
@BOSS、ま、まさか、
サロン・ド・アトラス北海道移転計画を考えていませんよね!?
「まさか。ちょうどムツゴロウさんの特集をやっていたから買っただけ。
移転するならオーストラリアですから。」
・・・・・・・・・・・ほんまかいな。( ̄∀ ̄;)汗
【あとがき】
とんでもないアクシデントで始まった北海道ツーでしたが
長かったレポートも、ようやくこれで終わり。
残念ながら、100GSはどうやら全損となってしまうようです。
それを聞いても、こうして大きな怪我もなく
今まで通りに生活をしていることに、改めて感謝をします。
最後に。
私が免許を取る前にCRM50で朝練をしていた頃、
@BOSSに言われた言葉があります。
免許を取るのに、ここまで朝練で泣かされる必要があるのか??
という質問に対しての@BOSSの答えです。
少し長くなりますが、(いつものことですが、)
もしよろしかったら、読んでいただけたら嬉しいです。
*************(以下、@BOSSの話を抜粋)
大型バイクの免許を取ろうとすれば、
以前ほどの高いハードル、恐い試験官でなくなり
自動車学校でも比較的"安易"に取れるようになっている。
だから、あんた(私)もスラロームもできるようになったし
ドカを買って、学校に行って免許を取れば
すぐにDUCATI乗りになって公道を走ることはできる。
でも今、そういう人がいざ公道で走った時にうまく乗れなくて、
乗れないままだから怖い目にあったり転んだり骨折したりで、
あっという間に乗るのをやめてしまっているそうだ。
最悪の場合、事故で死んでしまうということも
残念ながら相変わらず起きているが、
バイク乗りの絶対人口自体が極端に少なくなったので
『バリバリ伝説』隆盛の頃のように
バッタバッタと亡くなっている感はないけれど・・・。
昔は「試験官」によるテストに合格しない限り
何年かかっても受からない人は受からなかった。
今は違う。
順を追ってカリキュラムを終了すれば免許がもらえる。
バイクは車と違う。
生身で大型トラックと同じ道を走るのだから
どんなプロテクターをつけていようと
一歩間違えばトラックの下敷きにもなる、死と隣り合わせの乗り物だ。
公道を走るということは、
どんな場面にも対応できるようにならなければならないということだ。
「できない」「乗りこなせない」「修得していない」は
イコール「死ぬかもしれない」ということを
知らないままで乗っていてはいけない。
今、Uターンや急制動がうまくいかないとき
注意されたことに対して「理屈」で答えているが
公道という現場では屁理屈は通用しない。
現場でとっさの状況のとき、必要なのは口で答える理屈ではない。
対向車にも、ぬれた路面にも、言い訳は通用しない。
「できないまま乗る」ということは
「運が悪ければ死ぬ」ということだ。
現場で起こる一瞬の判断を、
頭で考えて対応するようでは間に合わないかもしれない。
体が正しく対応するように脳に動きを焼き付けなくては。
今はできないことを習得して
徹底的に脳にたたきこむために朝練をしているのだから
できない理由なんかしゃべっている場面ではないし、
今後もそんなことを言う必要はない。
どこが悪くてなぜできないかをセルフチェックできるならいい。
素質がある人は、自分で練習できるし
他人の走りや乗り方を見て、自分で上手くなっていく。
でもあんた(私)は自分で原因がわからないから他者から習っている。
習っている時はできない言い訳を考える必要はない。
「ああ、それでいい、今出来ている」と言われるまで
できるようになるまで言われたことを直す努力を重ねる。
そして、できるようになったら、それを脳裏に焼き付ける。
そのための朝練だ。
(以上、2007年6月20日「朝練はなんのため?」より)
私自身、今改めて読み返して、当時とは違う意味で
本当にひと言ひと言が身に沁みます。
今はまだ体も少し痛いけれど、
なまり始めた体と気持ちを引き締めて、
長く、楽しくバイクに乗り続けるために、
また少しずつ練習を開始したいと思います。
「そんな怖い思いをしたんだから、もうバイクなんかやめれば?」
という言葉をいろんな人から聞きますが、
私は「The Rose」の中の
It's the heart afraid of breakin'
That never learns to dance
(ケガすることを恐れる心は、一生ダンスを踊れない)
という一節が大好きです。
おわり
2010年08月27日
ヨーダの大冒険2010-エピソード4

(これは2010年お盆のツーリングレポートです。)
ゆうべは一晩中強い雨が降っていましたが、
朝6時を回るころには、予報どおりに雨も上がって薄曇りとなりました。
朝食までまだ時間があったので、今のうちに野付半島へもう一度行って
昨日見ることができなかった「トドワラ」を見てくることに。
6時30分、野付のネイチャーセンターに再び到着。
昨日ほどではないけれど、まだ朝のうちは肌寒かったので
ヨーダ婆は4日ぶりにMSRのライディングジャケットを羽織りました。

かっこい~!(笑)
ヨーダ婆、やっぱりそのウエア、とてもよく似合いますよ。
普段もそういう元気のある服を着ていればいいのに。
まだ観光客は私たち以外誰もいません。
湿原の中につけられた一本の道、ヨーダ婆を先頭に歩きます。

霧の中、いったいどこまで続くのか。
時々確認するようにこちらを振り向くヨーダ婆。

これは何かのタマゴ?それとも蕾?
こんな風に歩きながらじっくりと草花を眺めるなんて、いつ以来でしょう。

サロベツ原野や釧路地方の湿原でよく見るエゾニュウ。
霧多布湿原にもたくさん咲いて(枯れて)いましたが、
なんともいえない荒涼感が漂います。

きれい・・・朝露にぬれた穂が風にそよいで、まるで波のようです。
時間がないからペースを上げろと@BOSSの声がしますが、
ついつい立ち止まってカメラを構えてしまいます。
ところどころ、湿地帯の花についての説明看板がありますが
確認する間もなく、どんどん先へ。

霧の中にたたずむ@BOSSとヨーダ婆。
湿地帯から飛び立った大きな鳥を指差してヨーダ婆が「あ、鶴だ!」
「いや、あれはサギだよ。」
「いや、鶴だと思うがなあ」
「だって鶴はツガイでいることが多いし、第一大きさが違うよ。」
「いや・・・私は鶴だと思って見よう」
ヨーダ婆、かまた並みに頑固です。(笑)
それにしても、この小さなヨーダ婆から
この@BOSSが生まれたなんて不思議~。
(もちろん生まれた時はこんなサイズ比ではありませんが。笑)

沼地のような水際に出ました。

目で確認できるだけでも、たくさんの野鳥の姿を見ることができます。

「別海十景 トドワラ」の看板。
まわりの草もなくなり、地の果てにやってきたようです。
ネイチャーセンターからこのあたりまでは
シーズン中、観光用に馬車も運行しているらしいのですが
ここからはみんな歩いて先へ進みます。

時間や場所の感覚がなくなりそうな色や音のない世界。
お天気がよければまた違う印象になるのでしょうけれど
まるで「あの世」につながっているのでは・・・と思ってしまうような静寂さです。

木道はここで行き止まり。
目の前には長い年月をかけて風化した原生林の墓場。

そして木々の屍。
侵食は今も少しずつ進み、いずれトドワラのこの風景も
なくなってしまうのではと言われているそうです。
(私たちの住んでいる町だって、少しずつ変わっていて、
あるいは人の手によって一気に変わって、
ずっと同じ姿を留めているわけではありませんが・・・)
朝食の時間が近づいたので、急いで今来た道を戻ることに。

時間が止まったようなトドワラの木道を、
5日前の事故のことを思い出しながら歩きました。
もしかしたらあの時終わっていたかもしれない私の人生、
でも幸い、今こうして生きて歩いているのだから
もう一度ここできちんと仕切りなおして考えよう。
やりたいこと、やらなくてもいいこと、やらなくてはならないこと。
旅行中、美しい景色を見たり、名物を食べたりするたびに
@BOSSはよく冗談でヨーダ婆に「冥土の土産」と言っていましたが、
私にとっても、@BOSSにとってもそれは同じ。
もう二度と目にすることができないかもしれない風景、
もう二度と会うことはないかもしれない人たち。
一日一日が二度とない日で、
明日があるなんて、誰にもわからない。
だからこそ、言い尽くされた言い方だけれど、
「今」を大切に楽しんで生きよう。
蹴り道、車を走らせていると、白い大きな鳥が2羽。
「あ、鶴ですよ、ほら、あそこ!」

こんなに間近で鶴を見たのは初めてです。
逃げないように、そ~っと近づいてシャッターを押します。
「ほら、サギとぜんぜん違うでしょうが。」
@BOSS、ヨーダ婆にまだ言っています。^^;
さて、朝食を食べて宿をチェックアウトした後、
@BOSSはまだ迷っていました。
今日は最終日。一日の終わりには小樽へ向かわなくてはなりません。
これから道央をつっきって富良野へ行くか、
それとも天気予報に賭けて、このまま北上して知床へ行くか。
「曇り」だった天気予報ですが、空も少し薄日が射してきたような・・・。
もしかしてこのまま晴れたら、初めて青空の知床峠を
見ることができるかもしれないと、ダメ元で北上することに。

いつもとは逆周り。羅臼側から知床側へと峠を越えます。
私もまだ、一度も晴れた知床峠を見たことはありません。
まあ、あまり大きな期待はせずに、晴れたらラッキーということで。

あれ・・・本当にいい天気になってきましたね。

すごい!羅臼岳があんなにきれいに見えています。
これはもしかして、このまま知床側まで天気がよかったりして・・・・
それでは皆さま、晴れた知床峠の雰囲気だけでもご一緒に。

「あ!シカ、シカ!」
ヨーダ婆のテンションも上がってきました。
このまま最後まで、フォースとともに!!(祈)
午前10時、知床峠に到着。

うわー!感激!こんな羅臼岳を臨める知床峠は初めてです。

何回来ても、ここは真っ白な霧の中だったのに!
ここは目の前にこんな樹海が広がる景色だったんですね。

知床に住んでいた@BOSSも、こんな景色はあまりみなかったそうです。

海の向こうに国後島もあんなにくっきりと!!

本当に泣けてきそう・・・(TдT)
北海道の最終日、知床に来る予定ではなかったのに、
最後の最後でこんな景色を見ることができるなんて!
・・・ヨーダ婆には言わないけど、生きててよかった。(泣)
知床側に降りてくる途中、車が数台停まっていました。
なんだろう・・・またシカがいたのかな?
ウッソ━━━\(゚∀゚)/━━━!!!
ヒ、ヒグマだーーー!

(°Д°;≡°Д°;)カカカメラ、カメラ!(←気が動転中)

人とこんな近いところに、こんな生物がいるなんて・・・
クマのほうが人馴れしているのか、まったく動じません。
いわゆる「第三世代」なのでしょうか。
それにしても、でか・・・・・( ̄∀ ̄;)汗
@BOSSが動画の中で、ヒグマが首につけているのは
「個体識別」のためのものではないかと言っていますが、
違っていたら教えてください、との事でした。^^;
感無量・・・・もう、北海道に思い残すことはありません。(TдT)

興奮冷めやらぬうちに通ったここは、
20年以上前に、@BOSSが住み込みでバイトをしていた
岩尾別の「サケマス孵化場」、@BOSSの思い出の地です。
ここと、知床岬の「ルシャベツ」にも1ヶ月以上いたそうです。

斜里(シャリ)岳を通り過ぎながら、少しずつ知床ともお別れ。

あとは明朝の出港のために、小樽へ向かうだけ。
ここからはできるだけ裏道を通りながら、高速入口へと向かいます。

こんなふうなまっすぐな道を通るのも今日が最後です。

途中、「道の駅メルヘンの丘 女満別」にお昼休憩で寄って、

30分以上待たされたあげくに、
あまり多くを語りたくない豚丼を食べ(泣)
裏道をつないで走ったことで、
かなり小樽到着への時間を短縮できたと思ったら、

高速道路前方で「火災発生」、大渋滞にはまった挙句、
高速を降ろされ、時間短縮は結局プラマイゼロ。
まあ、人生いろいろあります。^^;

下道を走りながら見る最後の夕焼け。

再び高速に乗って、一路小樽へ。

いつもの事ながら観光客で賑わう夏の「小樽運河」。
中国、韓国、ロシア語が行き交う、異国情緒溢れる街です。

「出抜小路」の「うだつ小僧」に帰って来たよとご挨拶。

夕食は、ヨーダ婆があまりお腹が減っていないというので
去年はなかった回転寿司のお店に入りました。

そして本日の終点、温泉センター「オスパ」です。
「へ~、初めて来るなあ」というヨーダ婆。
「何言ってるの?あんた4回目でしょ?」
「いや?初めてだと思うがなあ」
何度来ても「初めて」と思えるのは、
毎回感動できていいことなのかもしれません・・・^^;
抱えきれないたくさんの思い出を抱えて、
いよいよ明日の朝には出港です。
つづく
2010年08月25日
ヨーダの大冒険2010-エピソード3

(これは2010年お盆のツーリングレポートです。)
15日。雨は降っていませんが、予報通り、朝からどんよりと曇っています。
でもこの地方は年間を通して、こういう天気の日が多いようですね。

「民宿わたなべ」さんのお父さん。
漁に出てしまって会えないかと思いましたが、
この地域ではお盆は漁に出ないのだとか。
もともと福島は相馬の漁師だったお父さんは
20代の頃に一大決心をして、この地へやってきたそうです。
漁に出るとき以外は、食べるときも寝るときもいつも一緒という
ムツゴロウさんのところから来たキャバリアの「カイ君」を指差して、
「おれの孫だ。(笑)」
お父さん、お話できてうれしかったです。
またお父さんに会いに来ます。
その時は一緒にお酒でも・・・と言ったら
「俺は酒は一滴も飲めないんだ。」
そ、そうなんですか!とこれには@BOSSもびっくり。
「海の男」=「酒」というイメージがあるもので・・・(笑)

お父さんとカイ君に見送られて、宿を後にした私たちは
民宿からすぐの「奥琵琶瀬野鳥公園」を見学。

霧多布岬のあたりは一面が湿原で
湿原の草花や野鳥がたくさん生息しているようすを
このような木道を歩いて見学できます。

ナガボノシロワレモコウ。猫じゃらしにするとシャリが喜びそう。^^

「このへんはよく鶴がいるよ。昨日もその辺で見たがなぁ。」と
わたなべさんが言っていたので、目を凝らして探してみると・・・

「あ!鶴だ!ほら、あそこ!」
ホントだ!ヨーダ婆も大喜び。
お次は霧多布岬へ。

あれ?霧多布へは橋で渡るんですね。
陸続きの半島と思っていましたが・・・。
もともと島だったものが、津波の土砂で繋がったとか。
これを渡ると、意外と大きな霧多布の街に入ります。

その名の通り、深い霧であたりは真っ白です。
岬は一年の3分の2は霧に包まれるのだそうです。

岬の先端に、あやしげな売店発見。
こういうところには、どうしても寄ってみなくてはなりません。(笑)

売店のおじさん曰く、普通は牛に塩を舐めさせて育てるけれど
霧多布の牧場は、一年中、海水の塩分を含んだ霧がかかるから
牧草に塩分と自然のミネラルが含まれていて美味しいのだとか。
「よく噛んで味わって飲んでみて」
売り文句に買って飲んでみた「小松牛乳」、1本100円。
瓶にブランド名も何もないけれど、おいしい!!なにこれ!!
昨日の開陽台の1杯380円牛乳はなんだったんだろうという美味しさです。

晴れたら目の前に絶景が広がるはずの「霧多布岬キャンプ場」。
すぐ近くに温泉保養センター「ゆうゆ」やSEICOマートがあるので便利です。
晴れた岬も見てみたいけれど、霧の霧多布岬、
これはこれで、この辺りの風情を表していていいのでしょう。
さて、半島から再び橋を渡って戻り、
日本の最東端、納沙布(のさっぷ)岬を目指して北上します。
「このへんなんだけどなあ」
と@BOSSが探しているのは、嶮暮帰島から移住して、
この辺りにあったはずの「ムツゴロウ動物王国」跡地。
今は、管理人さんが住んでいらっしゃるだけのようですが・・・。

ナビにも表示されています。

あった、ここですね。

あ、ヒグマの「どんべい」の小屋だ!と@BOSS。
私も本で写真を見たことがあります。
敷地内はゲートがあって入れませんので
遠目に通り過ぎるだけです。

交差点で姿を現したキタキツネ。こちらを見つめたまま離れません。
少し後ろ足を引きずっているように見えます。
車を怖がる様子はないので、きっと過去に旅行者から
食べ物を与えられたことがあるのでしょう。
このまま海岸線を納沙布岬までつなぐ
「北太平洋シーサイドライン」を走ります。

この近くで、海岸線をトレッキングできる乗馬体験スクールがあると
パンフレットに書いてありましたが、ちょうどあれがそうなのでしょうか。
(ちょっと見、「暴れん坊将軍」みたいですが。笑)
道道142号を含む「北太平洋シーサイドライン」は、
海岸線と内陸部の両方の景色のバリエーションに富む
アップダウンの多い、素晴らしいワインディングロードです。

道路のすぐ脇、手の届きそうなところに、こんな景色が広がっています。

根室の町で、GEOを発見!中古CDを数枚手に入れました。
バイクの時はいいけれど、車での長旅にはやっぱり音楽が必要です。
それまでは途切れがちなFM放送を聴いていましたが
ラジオから流れる曲は、これぞ北海道!という景色の中で
聞きたい曲とは真逆の演歌や民謡や三味線ばかり。(泣)
ちょっと興ざめしてスイッチを切ることが何度もあったので
とりあえず目に付いたものは手当たり次第、
ワールドミュージックや、ケルティック、オムニバスなど、
1枚100円~というセールに、「賭け」で買ったものも数枚・・・。
(そして、話にならなかったものも数枚・・・。泣)
午後1時、日本の最東端、「納沙布岬」に着きました。

「希望の鐘」を鳴らすヨーダ婆。
全国のいろんな鐘を打ち鳴らして旅をします。(笑)

二人して何を見上げているかというと・・・

霧に隠れて、てっぺんが見えない展望台。
どうしましょう、天国へ続いていたら・・・^^;
それにしても今日は寒い!!
昨日までは30℃前後で、Tシャツ一枚でも少し汗ばむくらいでしたが
今日のこの地域の日中最高気温は、なんと15℃!
観光客はみんな薄いシャツでやってきて震えています。

北方領土返還問題についての資料が展示される「北方館」。

館内で領土返還の署名をすると、希望者には
窓口で「北方領土視察証明書」が発行されます。
意外と知らなかったことが多くて
館内の展示物を、結構じっくりと見て回りました。

こちら、この地方の名物「サンマ丼」発祥の店、鈴木食堂さん。
日本最東端の食堂です。確かに。(笑)

私たち以外はみなライダーみたいですね。
鈴木食堂のマスターがヨーダ婆に
「うちのサンマを食べると長生きするよ!」

ということで注文するのはもちろん「生サンマ丼セット」。
注文してからタレにつけるようですが
ものすごく脂がのっているのにしつこくなくてサンマが甘い!
花咲ガニのてっぽう汁もついています。
体が少し温まったところで、これからどうするか相談。
明日は北海道を観光できる最終日ですが、
明日の夜にはここから数百km離れた小樽へ向かわなければなりません。
天気予報は今ひとつですが、知床を回って道北から一気におりるか、
それとも、見ることの出来なかった富良野・美瑛方面へ少し近づいて
明日の天気が回復することに賭けるか。
@BOSSもギリギリまで迷ったようですが
せっかくめったに来れない根室へ来ているので
今日はこのまま、ここから海岸線を100kmほど北に走った
尾岱沼(おだいとう)の「野付半島」に向かうことに。

途中、パラパラと雨が降り出し、
少し薄暗くなった夕方5時前に野付半島に入りました。
ここは、地盤沈下によって半島の両側がどんどん侵食され、
細くなってしまった半島の真ん中を馬の背のように一本の道路が走り、
突き当たりには「トドワラ」と呼ばれる
塩害で枯れて風化したトドマツの原生林があるのだそうです。

「野付半島ネイチャーセンター」
ここに車を停めて、ここからは歩いての見学となります。
が、片道30分くらいかかると書いてあるので
これから歩いて行っても、もしかしたら真っ暗になるかも・・・

野付半島がどんな場所であるかをヨーダ婆に説明する@BOSS。
けれど私は、「ほーほー」というヨーダ婆が
ほとんど聞いていないことを知っています。(-_-)
他の観光客は、コンビニで買った合羽を羽織って
早足で見学に向かっていましたが
私たちはやはり今日のところはやめて、
明日朝早くにもう一度ここへやってくることにしました。
昨夜は民宿に泊まったので、今日はキャンプの予定でしたが
だんだん雨と風が強くなってきました。
この雨の中をヨーダ婆にキャンプしろと言うのは
(かまたにキャンプさせるのは鍛錬であったとしても、泣)
あまりにも酷であろうということで、近くに宿をとることに。
・・・といってもこの辺りに近い宿というと
「トドワラ荘」くらいしか雑誌に出ていません。
電話をすると、もう今日は満室らしいのですが、
すぐ隣りの「シーサイドホテル」なら部屋が2つ取れるとのこと。
どうやら同じ経営のようです。

ここと同じ料金で、

ここに泊めて頂けるということなので
私たちに申し分などあるはずもございません。m(_ _ )m
しかもここは、ネイチャーセンターから車で20分くらいしか離れていません。

温泉に入ってご飯を食べて、
さて、みんなで寝酒のワインでも♪と@BOSSの部屋をノックしたら
夜8時、@BOSSすでにご就寝のようす。( ̄∀ ̄;)ガーン
ヨーダ婆も寝ると言うので
仕方なく私も部屋に帰ってベッドにもぐりこみました。
だんだんと強くなる雨音を聞きながら
明日の朝には曇りマークとなっている天気予報を
「おい、ホントだろーな」と睨みつつベッドに入ったら
携帯の画面もそのままに、私もあっという間に寝てしまいました。
事故に逢ったことがもう遠い昔のことのよう。
明日はいよいよ、北海道最終日です。
つづく
2010年08月24日
ヨーダの大冒険2010-エピソード2

(これは2010年お盆のツーリングレポートです。)

14日、朝5時起床。空は少し曇っています。
道東は今日までは天気がいいという予報なので
今日はできるだけたくさんの景勝地を見て回る予定で
少し早めに出発することに。

朝食を食べたらさっそく出発準備です。
小物は@BOSSが片付け、私はテントをたたみます。

キャンプサイトからテントを運んでくれるヨーダ婆。
(この様子をヨーダ婆の反対側から見たら、
テントが一人歩きしているように見えたことでしょう。笑)

お隣りの車に乗っていた、豆柴「ゴローちゃん」。
「とーちゃん!おかえり!」
「おう!ゴロー、いい子にしてたか!」
という会話が聞こえるような、同じ匂いのする二人。(笑)

朝7時、今朝はまず最初に、
航空公園キャンプ場から数キロ先の「ナイタイ高原牧場」へ。

ゲートには、口蹄疫感染防止のための
消毒用消石灰が敷かれています。
いつのまにか明け方の雲は消え、すっきりと晴れ上がりました。

うわ~~~!!!!!!!
突然、目の前に「北海道」が広がりました。

熊本の阿蘇も、こんな風になだらかな丸い丘が
どこまでも重なった美しい風景だったけれど
北海道はさらにくっきりと雄大で、
ファインダーを覗いているのももったいないくらい!

草原に立つ一本の木。ヨーダ婆、あれ、なんだかわかりますか?

ネスカフェのCMに使われたツリーハウスです。

ナイタイ高原レストハウスに向かう途中の展望台。
すごい、すごい、すごい!360度、見渡す限り、緑と青と白。

そしてポツンと赤い私。
大きな空に包まれて、この風景を目に出来る幸せを感じて
心から「ああ、生きててよかった!」と言ったら、
「もうそういうことを言うのはやめようねかの。」と
ヨーダ婆が泣き出してしまいました。
ああ、ごめんなさい、ヨーダ婆。
そんなつもりはなかったのだけれど・・・
もうヨーダ婆の前で、あの事故を思い出させることは言いません。

まるで空の向こうに吸い込まれそうな景色です。゚。( ̄▽ ̄)ポワーン

ナイタイ高原を見下ろす高台まで登ってきました。

ヨーダ婆が悲しむから、二度と言葉には出さなかったけれど
「生きててよかった」と素直に思える景色が
次から次へと目の前に広がります。
この空も。この雲も。

花も、虫も、鳥も。

長い階段を上って「家畜感謝の碑」を眺めるヨーダ婆。
79歳・・・・あいかわらずの健脚です。^^;

ナイタイ高原牧場レストハウス。

まだ時間が早すぎて、カフェの中に入ることはできなかったので
せめて窓から中の様子をパチリ。
十勝平野を一望できる窓際の席に腰を下ろして、
コーヒーを一杯飲みながら写真を撮りたかったな。
と言ったら、

@BOSSが北海道限定の缶コーヒーを
自販機で買ってくれました。(笑)

北海道だなあ・・・・
後ろ髪をひかれつつ、美しいナイタイ高原を出発した後は、
@BOSSがわざわざ短いダートを走ってくれました。

高い木に囲まれた、フラットな、いわゆる「爽やか林道」です。
少しだけなら100GSでフラットダートを走ってみたい、と
私が出発前に言っていたからでしょう。
(今回は車での通過となりましたが。)
去年か一昨年の北4でも
ナイタイ高原近くのダートを走ったらしいのですが
あとで地図を見ても、あまりよく覚えていません。
雨だったりすると、まったく景色も違うし・・・
ラリーでは、おそらくエントラントに北海道を楽しんでもらおうと
景色も素晴らしいルートが用意されているのでしょうけれど
天気のせいでそれを見ることができずに
ただただ「道」として通り過ぎてしまわざるを得ないことは
ルートを設定したスタッフの皆さんにとっても
きっと無念なことでもあるのだろうなあと想像します。
少し遠回りして、糠平湖にある北海道遺産、
「タウシュベツ橋梁」を見ていくことにしました。
旧国鉄士幌線の廃止によってその使命を終えた
コンクリート製の、古代ローマのようなアーチ橋で、
湖面にその姿が映ると、まるでメガネのように見えるのだそう。

見学は展望台からしかできないようです。
展望台までは、森の中を通ります。

すごい・・・妖精が住んでいそうな木の根っこ。

ここが展望台。あれ?何もありませんね。
看板には「糠平湖の水かさが増える6月頃から湖面に沈み、
1月くらいにまたその姿を見ることができる」とあります。
がーん・・・夏は見れないってことですか。先に言ってよ・・・( ̄∀ ̄;)汗。

でもまあ、せっかくきれいな森の中を通ったので
ヨーダ婆の撮影会でもしましょうか。
あ、ヨーダ婆、そこの木から顔だけ出してみてください。
「こうかい?」
そうそう、いいですね、そのままもう一枚。

というバカバカしい様子をカメラに収める@BOSS。

@BOSSが「スタンド・バイ・ミーみたいだ」と言った、
森の中で湖の周りをぐるりと回るように左右に伸びるまっすぐな道。
線路が通っていたのでしょうか。

左の写真のような橋が見えるはずだったのですが
冬に来ないと見れないなんて残念!
遠回りをして朝の1時間を使ってしまったけれど、
楽しいひとときと、きれいな森の中を歩けたので良しとしましょう。
これから中標津町目指して東へ150km以上走って、
開陽台や多和平方面へ向かいます。

道道664に入ると、道路の両側に
直径70~100cmにもなりそうな大きな蕗(フキ)の葉が。

この地方特産の「ラワン蕗」と呼ばれるフキで
少し先に「ラワンブキ鑑賞圃場」があるというので
寄ってみることにしました。

まるで河童が傘にするような大きなフキの畑です。
ヨーダ婆、巨人の国に迷い込んだホビット族みたいです。

「はい、そのまま目線をこっちに」
またまた撮影会開始。
「こんな年寄り、もうあんまり撮るなってば」
そう言いながら・・・

まんざらでもないヨーダ婆。(笑)
途中「オンネトー」という湖の手前にダートがあるそうです。

@BOSS、『しまったダート』ってどんなダートですか?
「砂利や土が締まって走りやすいダートなんじゃないの?」
・・・あ、な~るほど!

私はまた走り出してから「しまった!」と思うような
厳しいダートなのかと思いました・・・( ̄∀ ̄;)汗

@BOSSが、ツメもなまなましい鹿の骨を発見。
さすが北海道です。^^;

季節や時間、光や天候によって、
湖面の色が七色に変化するというオンネトー湖。
後ろに見えるのは阿寒岳と雌阿寒岳です。
長い距離を移動していたら、左の肩がものすごく凝ってきて、
私にしては珍しく頭痛がしてきました。
我慢していたら車にも酔い始め・・・

せっかく快晴の多和平なのに、あまりよく覚えていません。(泣)
途中で車を停めて少し休ませてもらったらだいぶよくなり、
この後はいよいよ、開陽台へのリベンジです。

開陽台周辺は、広い広い牧場の中を
こんなふうにまっすぐな道が縦横にずっと繋がっています。
どこまでも、どこまでも、まっすぐな道。
午後2時、開陽台に到着。

去年はただただ真っ白い霧しかなく、10m先も見えなかった開陽台、
今日は最高の天気で、はるか彼方の地平線を臨み、
壮大な大パノラマを見ることができました。

ヨーダ婆、地球が丸く見えますか?

「幸せの鐘」を打ち鳴らすヨーダ婆。

展望台の中にあるショップで、ジェラートを食べました。

1杯380円という牛乳も、
ものすご~く期待して飲んでみましたが
う~ん、普通すぎる・・・。380円・・・・

@BOSSが書いた記念のカード。
(後日、S原さんがこの席で偶然これを見つけてくれたそうです。
「事故でレンタカー」と書いてあって、さぞ驚かれたことでしょう。^^;)
さて、今日の宿を何も予約していなかった私たちですが
明日はできれば、朝から根室の観光をしたかったので
これから海沿いの厚岸方面まで走ることにしました。
でもビジネスホテルみたいなそっけない宿には泊まりたくありません。
そこで、雑誌に紹介されていた「民宿わたなべ」さんに電話をしてみました。
(紹介文に「新婚旅行に続いて、家族旅行でも来ました」という
口コミの感想があって、いいかも、と思ったので・・・)
わたなべさんは遅い時間の電話にも関わらず、
夕食もなんとかして下さるとのこと。ありがとうございます。

きれいな夕日の中、国道243号線と並行して走る道道を
気持ちよく飛ばしながら更に東へ。

霧多布湿原のど真ん中を横切るMGロードを走り
浜中町に着いたのは5時を少し回った頃。

民宿わたなべさんは、霧多布半島の海岸沿いにありました。
夕食の時間まで少しあったので、すぐ裏の浜辺を散歩することに。

浜辺に出てみて、びっくり!
実はここは、@BOSSがずっと見たいと言っていた
「嶮暮帰島(けんぼっきとう)」がほんの目と鼻の先に広がる民宿でした。
嶮暮帰島はムツゴロウさん一家が住んでいた無人島です。

嶮暮帰島をバックに、拾った流木を手に記念写真。

@BOSSから演技指導が入ります。(笑)

少し時間が違うだけで、景色もぜんぜん違ったことでしょう。
本当にきれいな時間を過ごすことができました

民宿わたなべさんのお父さんは漁師で、
ムツゴロウさんと深い交流があったようです。
ムツゴロウさん直筆のイラストがあり、@BOSS、大感激。

お、お父さん、かっこいい!
10年前くらいの雑誌だそうですが、
80歳を越えた今も現役の漁師さんだそうです。

そのわたなべさんを「義兄弟」と呼ぶ、
ムツゴロウさんからの直筆のメッセージも。
6時、夕食。海の幸がテーブルにずらりと並んでいます。

蒸したばかりの、ふっくらとした牡蠣。

根室名物、甘い身がたっぷりと詰まった花咲がに。
イカ、しまえび、サーモン、お父さんが獲ったという昆布もあります。
どのお料理も素材の味がして、本当においしかったです。

食卓の両側に大きな窓があり、
朝食時は朝日を、夕食時は夕日を見ることができます。
今日も本当にきれいな一日でした。
昨日は星空を眺めて眠り、今夜は波音を聞いて眠ります。
明日は天気が少し崩れるようですが、なんとかもってくれますように。
つづく
2010年08月21日
ヨーダの大冒険2010-エピソード1

(これは2010年お盆のツーリングレポートです。)
【苫小牧7:00am、オンタイム】
朝6時、苫小牧港に入港。
何回も北海道には来ているけれど、苫小牧港とそして
青空の中での上陸は、本当に初めてです。感激・・・(TдT)

八戸から乗ってきたフェリーをバックにパチリ。
それにしてもこの商用車チックな車・・・
絵的にもうちょっとなんとかならんものでしょーか。( ̄∀ ̄;)汗

港にほど近いこちらの「マルトマ食堂」さんでは
苫小牧名物、ホッキ貝のメニューがずらりと並んでいます。
特に「ホッキ貝カレー」は、その盛りの良さで有名です。

お店の方が職人技で、ホッキ貝の身を次々に取り出しています。
ヨーダ婆も興味津々。「それはなんですか?」
だからホッキ貝ですってば。^^;

とそこへ、100GSが登場。
「北海道猛牛組合」組合長のnaotoさんです。
うわぁ!おはようございます!!
naotoさんが来ることを、まるで「どっきり」のように、
今朝フェリーで聞くまで私にひと言も言わずヒミツにしていた@BOSS。
北海道上陸で、いきなりのサプライズ。
いや~、まさかお会いできるなんて!
ああしかし、ならば私も、本当に100GSで来たかったです。
そして一緒に爽やか林道を走ってみたかったですぅ。・゚・(ノД`)ヽ
(ちゃんと走れたかどうかは別にして。)

聞けば、naotoさんは事前に@BOSSから
私たちが最初にマルトマ食堂に寄ることを聞いていて、
それならば、かまたが100GSに乗った勇姿(?)を
どこか必ず通る場所で待ち構えて写真に撮り、
スクープ映像としてご自分のブログにアップしようと
画策してくださっていたのだそうです。
なのに私たちは事故に遭い、レンタカーで上陸することになったと
直前に@BOSSからまさかのメール。
せっかくの計画を事故でつぶしてしまってすみませんでした。^^;
でも@BOSSの予定としては、もともとマルトマ食堂で朝7時に
naotoさんとホッキ貝丼を食べることになっていたわけなので
事故での中断やらフェリーの変更やらでいろいろあったものの、
ここで結局、オンルート・オンタイムへ復帰となりました。
北4の時はあまりゆっくりと話ができませんでしたが、
今日はもうひとり来る予定のMASAさんが少し遅れるということで
お店の前で思いがけずのんびりと話ができました。
こういうのも気まま旅のいいところですね。

こちら、本日はじめましてのMASAさん。
北海道に100GSを最初に持ち込んだ方だとか。
面倒見のいいMASAさん、ヨーダ婆もすっかり打ち解けています。(笑)
ここマルトマ食堂さんはもともと有名ですが、
最初に私が何で知ったかというと
naotoさんのブログ、「Gravel road」で読んだのが最初です。
「北海道猛牛組合」の皆さんが林道ツーリングに行く前に
ここに寄って大盛りのご飯を食べるという「モーニングドンブリ」。
いつかはぜひ林道ツーも含めて参加してみたいと思っていたのでした。
(今回は残念ながら車での参加と相成りましたが。(TдT))

こちらは本日の「おまかせ丼」1000円也。
あれ?私、名物のホッキ貝を食べに来たんじゃなかったっけ?^^;

こちらは@BOSSが食べたウニ・ホッキ丼。

お腹一杯になったところで、お店の前で一緒に記念撮影。
naotoさんとMASAさんはこれから
楽しい林道ツーリングに行かれるということです。(TдT)←泣くな!
「気を付けて、よい旅を!」と見送っていただきました。
naotoさん、MASAさん、どうもありがとうございました。
かまたも「猛牛組合員名簿」の末席の
そのまた次のページで構いませんので「見習い」で入れてくださいね。
ちゃんと林道を走ってからですね、はい、リョーカイしました。(泣)

嬉しいおみやげまで頂いてしまいました。゚。( ̄▽ ̄)ポワーン

昨日の台風の影響でしょうか。
川は水量も多く、濁流となって流れています。

これから一気に道東へ向う予定です。
@BOSSは、本当は富良野方面に向かい、そして
昨年お世話になった増毛の宿へ行こうかと考えていたそうですが
台風の影響で天気予報が変わってしまい、道東地方は
明日までいい天気のようなので、開陽台や多和平などの絶景ポイントを
明日まわるために、今日は道東道をひたすら東へ。

ヨーダ婆と同じ名を持つ民宿発見。
ヨーダ婆の名前「チセ」は、アイヌ語で「家」を意味します。
何メートルもある、後ろの大きなワラ人形みたいなのは
アイヌの守り神か何かでしょうか。
日高を通りました。

北4ではおなじみの日高のSEICOマート。
SS開設時間を待って、ここでみんなで休みましたっけ。

ラリーを思い出しつつ、ハスカップミックスのソフトクリームを食べました。
ここのソフトはかなり濃厚なミルクの味。

ただただ移動するのもなんですので、高速道路が切れるついでに
「池田ワイン城」に寄ってみることに。
ああ、去年ミワコング記念日に、ミワ家のお二人から
「池田町民用ワイン」というものを頂いたけれど、ここで作られているんですね。

「あれは風で回っているんだろうかねぇ。」とヨーダ婆。
・・・そんな観覧車があったら、すんげー怖いんですけど。( ̄∀ ̄;)汗

珍しく、@BOSSとヨーダ婆の2ショット。

ここはブドウ畑を観光用にほんの一画だけつくった展示園。
ここ池田町はドリカムの吉田美和さんの出身地で、
「DCT(Dreams Come Ture)garden IKEDA」という記念館も併設されています。

熟成中のワイン樽がならぶワイナリーを見学。

1931年もの。熟成しすぎ。

池田ワイン城おすすめの3種を飲み比べる有料(700円)のテイスティングコーナー。

ヨーダ婆、それじゃあブランデーですがな・・・( ̄∀ ̄;)汗
運転する@BOSSは口に含むだけ、スピットアウトしなくてはなりませんが
私とヨーダ婆はハムとチーズ(これも試飲セット)をおつまみに喉の奥へ。
う~ん、試飲した3種はちょっと好みのタイプと違うかな。

屋上に上ると、広いブドウ畑と池田町が遠くまで見渡せます。
大きな青い空と、どこまでも広がる緑の大地。
風に吹かれて、軽い酔いを醒まします。
この地を治める領主が、お城から自分の領地を見下ろす気分は
こんな感じだったのでしょうか。
池田町を出て、少し北上。
せっかく気持ちのいいお天気なので、今夜はキャンプをすることにしました。
79歳のヨーダ婆は、こうしたキャンプを嫌がるどころか、逆に面白がってくれます。
明日は私も@BOSSもまだ行ったことのない「ナイタイ高原」へ行ってみる予定。
朝は移動が少なくて済むように、できるだけその近くで泊まろうということに。
地図を見るとこのあたりには、キャンプ場がたくさんありますが
口コミで人気があるらしい「上士幌町航空公園キャンプ場」に決めました。

うわぁ!大きなとうもろこし畑。こんな風景、テレビでしかみたことはありません。
@BOSSも「フィールド・オブ・ドリームスみたいだ」と車を停めました。

湖の湖面を思わせるように広がるトウモロコシ畑
新潟はどこを走っても、新潟平野に田んぼが広がっていて
夏には県内が一斉に緑色、秋には一斉に黄金色になります。
そんな景色も、県外から来ると珍しいらしく
「新潟の人は芝を植えるのが上手いですね」と言った人がいるそうですが
北海道の人にとっては当たり前かもしれないこのとうもろこし畑、
私たちにとっては海外で見るような風景です。

広大なじゃがいもやビートの畑が、パッチワークのように連なっています。

真っ直ぐな道。そしてそれと交差する農道も、どこまでも真っ直ぐです。

夕方5時、上士幌航空公園キャンプ場に到着。

うわー!広い!ライダーもたくさん来ています。
「きれいなところだねえ」とヨーダ婆も大喜び。

広い公園内のどこにテントを張ってもOK。
本州のキャンプ場というと、隣りとひしめき合ってテントを張り、
まるで長屋のような風景に、
「絶対キャンプ場など利用すまい」と思ってしまうけれど
さすがは北海道、「お隣」が遠いので気になりません。

駐車場からテントまで荷物を運ぶのに利用するリアカー。

ヨーダ婆がたいへんでないように、
私たちは駐車場に近い場所にテントを張ります。
「ヨーダ婆もテントを張っているかのような写真」を撮るということで
@BOSSからヨーダ婆に立ち位置の指示が。(笑)

キャンプ場から車で5分もしないところに、
町の温泉施設「ふれあいプラザ」とSEICOマートがあってとても便利です。
温泉施設の入館料は380円。ああ、いいお湯だった!
温泉に入ってこざっぱりしたところで、夕食を食べに行きましょう。

キャンプ場の管理人さんにおしえてもらった「金亀亭」さん。
洗い髪のままですみません。

こちら、お店の方がサービスで出してくださった
エゾシカ肉のカルパッチョ。
カウンターには今日のおすすめがずらり。
高橋真理子似の美人な女将さんと、地元のお客さんとの話もはずみ、
軽~く食べてすぐ戻るつもりが、随分長居をしてしまいました。
午後9時半を回りキャンプ場に戻ると、もうすっかり真っ暗。
空は降るような星空です。
目の悪い私でもこれだけたくさんの星が見えるのだから、
視力4.0と言われるヨーダ婆に、この星空はどんな風に見えるのでしょう。

ヨーダ婆が、「私はもう寝る」というので
@BOSSがテント用のヘッドライトを着けてあげたら、
ぷぷ、よく似合いますね。(笑)

ヨーダ婆、不思議なビーム光線を発しながらテントの中へ。(笑)

SEICOマートで仕入れてきた寝酒で軽く酔いがまわってきました。
「本当は私、あの事故で死んでいて
ここにいるのは幽霊だったりして。」

@BOSSのヘッドランプの赤いライトで
「シックス・センス」ごっこ。(笑)

ベンチにごろりと横になったら、ヒュン!と大きな流れ星が。
見ましたか!?今流れ星が・・・
「さっきからたくさん流れてるよ。」
しばらく見ていると、またひとつ、ヒュン!
願い事などどうでもいい。
こうしてここで星を見ているだけで十分です。
夜11時になる頃、トイレから戻ってきた@BOSSは
ずっと星を見続けている私を見て、
このままベンチにかまたを放っておくと
きっとそのまま寝てしまうと思ったらしく
「もう、ヨーダ婆のところへ行け!」と
強制退去を申し渡されてしまいました。(泣)
ああ、でもいい一日だったな。
明日もいい天気になりますように。
つづく
2010年08月19日
プロローグ(またはエピローグ)

(これは2010年お盆のツーリングレポートです。)
お盆休みは@BOSSの希望もあって、やはり北海道へ行くことに決定。
「北海道?!この間走ってきたばかりじゃないですか!」と言われそうですが
毎年のことながら、@BOSSは北4のラリー競技中、
とにかく時間を追いかけ、常にシビアなタイムコントロールの中に身を置いて
前へ前へと進み続ける4日間なので、お盆くらいは「気まま旅」で
ゆっくりと北海道を満喫したいと思うのだそうです。
帰りのフェリーまでの数日間、予めの宿は決めず、行き先も時間も気にせず、
止まりたい所で止まり、寄りたい所によって、気の向くままに走る自由な旅。
何にも囚われずに、好きなように北海道の「道」を思う存分に楽しむ、
そんな本当の意味での「旅」を、また昔のようにしたいということで
行き先も、すべて@BOSSの行きたいところ、ということになりました。
私自身は北4で北海道は満喫していたので、異存はありません。
去年のお盆は、ずっと雨続きだった北海道。
今年こそ、晴れた北の大地をヨーダ婆に見せてあげたい、
それも@BOSSの願いだったと思います。
道東方面の見たい景勝地と大まかなポイントは決めたものの、
あとは毎日、地図と天気予報とにらめっこしながら
太陽マークを追いかけての旅になりそうです。
それに、もしかして来年@BOSSが海外ラリーに参戦したら
今のようなお盆休みはとれないかもしれないし、
ヨーダ婆だって79歳、今と同じように元気かどうかわかりません。
のんきに、「また来年」と先延ばしをするのは人生の無駄づかい。
去年のレポートで@BOSSが言っていた、
「無二の一球」ならぬ「無二の一走」、「無二の一日」そして「無二の一瞬」。
そんな思いで走るべく、もう一度、北海道を目指すことにしました。
【8月11日】
「今年は函館はスルーなんですね。
・・・津軽海峡を渡る際は気をつけてください。(-_-)」
umiさまから爆弾マーク付のメールを頂いたとおり、
今年は函館~小樽・札幌までの長い移動区間をパスする予定で
八戸港からの苫小牧行きフェリーを利用することに。
12日の夜に八戸を出港して、朝に苫小牧に到着する便は
さすがに人気で予約がとれなかったので、
しかたなく、一本前のお昼に出港する船を予約。
11日の仕事が終わってから、一路青森を目指します。
・・・が、なにやら台風4号が近づいているとのこと。
雲行きが怪しくなってきたので、暗くなる前に出発しなくては。

マシンは原サイクルさんで息を吹き返した私の1200GSと、
@BOSSの100GSの2台です。

今回は私の1200GSに、@BOSSがヨーダ婆をタンデム。

私は「猛牛研修」を受けたばかりの100GSです。
これで爽やかフラット林道にも、ちょっとだけ入ってみるつもりです。

@BOSSがいわきのターマックで転倒した際に
ボロボロの穴だらけにしてくれたウエア。(泣)
ヨーダ婆が着ることのできるサイズのジャケットはこれしかないので
継ぎはぎだらけになってしまうけれど、リペアシートで補修してみました。
まあ、これなら遠目にはわからないでしょう。

じゃじゃ~ん!一年ぶりにヨーダ婆、登場。
相変わらず、なんと小さいこと!(笑)
「クルマでなら、行く。」と言ったヨーダ婆。
ヨーダ婆自身は、去年のツーリングも大変ながら楽しかったので
今回@BOSSから誘われた時は、まんざらでもなかったようですが
その後、またまた親戚から「バイクなんか危ないからやめろ」と言われたそう。
しかし一度きりの人生、ここはやはり挑戦することが大事、と決心をし
79歳にして、再びバイク旅に参加をしてくれることになりました。

とはいえ、やっぱり少し不安そう・・・・^^;
荷物を積み込む@BOSSを子どものように見つめています。
DAINESE(ダイネーゼ)のジェットへルとネックガードが
なんとも宇宙服っぽいですね。(笑)

「右に重心をかけ過ぎると、バイクが倒れるんだったっけね。」
去年@BOSSから習ったことを確認しながら乗り込むヨーダ婆。

タンデムシートにちょこんと座ったヨーダ婆のヘルメットに
@BOSSがインカムを取り付けます。
「なんだか、去年のバイクと少し違うねえ。
去年の方が大きくてよかったみたい。」
・・・・・去年のは、河名シートの小野寺さんからお借りした1200ADVです。
どうかあれとは比べないでください。( ̄∀ ̄;)ピキ

@BOSS&ヨーダ婆号、出発準備完了!

私も100GSに乗り込み、午後5時、いよいよ出発です。
これから約700kmを北上し、深夜に八戸港に着いたら
港近くの24時間営業の健康センターで一泊して
翌日のフェリーに乗る予定です。
が、まさかあんなことになろうとは・・・・・・。
【はじまりはいつも雨】
出発して間もない内は、荷物を満載した100GSの重さになかなか慣れず、
高速道路に乗るまでの道のり、一時停止や小さな交差点で
どうしても@BOSSに遅れ気味になってしまい、そのたびに無線で
「離れると却って危ないから間を空けるな!」と注意がはいります。
午後6時、安田ICから磐越道へ。ポツポツと雨が降り出しました。
雨はどんどんひどくなっていくのに、@BOSSは止まろうとしません。
そういえば1200GSって、走っていても
ほとんど全く、雨風が体に当たらないんですよね・・・
私はというと、ウエアも濡れてくるし、目もよく見えなくなるし
インカムからの@BOSSの声は割れて聞こえないし、
テールランプを追いかけて@BOSSについていくのに必死です。
午後7時、途中のSAでようやく「合羽を着よう」と止まってくれた頃には
私の方は結構グシャグシャ。(TдT)

ヨーダ婆のヘルメットをはずしてあげる@BOSS。
@BOSSの背中に守られているヨーダ婆はほとんど濡れずに
「快適、快適。」と元気です。

去年習ったとおりに、ブーツカバーや合羽を順に着ていきます。
合羽を着て、キャメルのドリンクを補充したら出発。
東北道はやはりお盆のせいか、クルマは多いけれど
さほどの渋滞はなく、順調に進んでいきました。
【菅生SA下り 手前2km 371.7地点】
午後8時40分、もうじき菅生SAです。
菅生SAの手前は「魔のカーブ」と言われ
下りカーブの続く、事故多発の連続コーナーで有名ですが、
このSAで給油をするつもりで、@BOSSと私は走行車線を走っていました。
すると、追越車線を猛烈なスピードで飛ばしてきた、
偏平タイヤにグラスファイバーカウルのシャコタン車が
いきなり目の前でスピン!
路肩と中央分離帯をピンボールのように跳ね返ってきました。
路面には一面、キラキラした破片が舞い散り
その中をスピンして止まらない車が@BOSSと私の間に割り込んで
最初にヨーダ婆と@BOSSの乗る1200GSの後方に回りながら追突、
左のパニアケースを吹き飛ばしました。
後ろから衝撃を受けた@BOSSは、
よろけながらもなんとかバランスをとり
無事、路肩にマシンを寄せて停止したそうですが、
この時点では、まだ他車の衝突だと気づかず、
無線から私の「キャー」という悲鳴が聞こえたこともあり、
てっきり、「また、かまたがよそ見か何かをして、
ぶつかりやがったな~!」と思ったそうです。
走行中、バックミラー越しにずっと確認して見えていた
私のヘッドライトの明かりが見えなくなったので、
「転んだな・・・」と思いながら、路肩に1200GSを停車させて振り返ると、
そこには想像もしていなかった見知らぬ車が道路中央で大破しており、
あるはずの、私の乗る100GSの姿はクルマに隠れて見えず・・・
「えっ?!・・・あー!・・・終わったな・・・」と思ったそうです。
転倒したかまたが後続車に巻き込まれた、という、
バイク事故の最悪のパターンだと・・・。
事故現場を目にしたヨーダ婆は、もっと悲痛な声をあげて
「ああ・・・ああ・・・こんなことになるなんて・・・。
来なきゃ良かった、来なきゃ良かったのに・・・」と気が動転。
バイクから降りて、インカムのケーブルも外さないうちに
ショックで、その場にへたり込みました。
そして、@BOSSは私がいるであろう大破した車付近まで、
正月の骨折の後遺症でまだビッコをひく足で駆け寄って来たそうです。
車に轢かれて横たわっているであろう「かまた」を覚悟しながら・・・。
・・・ここまでは@BOSSから聞いた話です。
【衝突しながら考えたこと】

@BOSS達を突き飛ばした暴走車は、
そのまま中央分離帯のガードレールにぶつかり
その反動で今度は後ろを走る私の方へ
明らかに制御不能なまま、スピンして車体の側面を向けて
すごいスピードで向かってきました。
それを目で見ながらも、直前まで高速道路の速度で巡航していた為、
その場で急に停まることなどできない状況の私は、
とにかく、どのラインを走ればあの向かってくる車を避けることができるのか
とっさに判断をしてブレーキをかけながら左へ向かいましたが
止まっている障害物ならいざ知らず、コントロールを失った車も
相当のスピードでこちらに向かって流されています。
目の前に、車体側面の大きな壁が迫ってくる様子は、
まるで映画やドラマでよく見る、正面衝突の事故シーンそのままでした。
うまくいけば避けられるかもしれない!と思いながら、
最後の最後まで堪えてラインを選びましたが、完全には避けきれず、
ガツン!という衝撃とともに、車の側面が100GSに衝突。
衝突の瞬間、「死ぬのかな」と思いました。
人ってこんな風に終わってしまうのかな、悔しいな、と。

次に気づいた時、私は道路に上を向いて横たわっていました。
・・・死んだ?いや、生きてるよね。
目を左右に動かしてみて、周りを確認すると、後方には長い車の列が。
後続車は事故車の派手なスピンと、地面に散らばるたくさんの破片に
事前に全体のスピードが落ちていたので、道路に投げ飛ばされた後
轢かれずに済んだことは本当に不幸中の幸いでした。
ああ、生きているみたい。
でも、足かどこか、やってしまっただろうな・・・
もう北海道もいけないし、練習もできないのかな・・・
そう思いながら、腕、足、腰と順番に動かしてみましたが
左足が少し痛いけど、起き上がることができました。
「私って丈夫なんだな・・・もしかして本当に不死身なのかも・・・」
本当にそんなことを思いながら立ち上がり、
とりあえず道路を歩いて、路肩に座り込みました。
周りの状況は一種のパニックなのに、私の頭は妙に落ち着いていました。
ふと、映画「アンブレイカブル」を思い出しながら、
この事故で、こうして怪我もせず生きてるってことは、
私にはまだ、やらなくちゃならないことがあるってことなんだろうな。
そんなことを考えていました。
----------
あ、パニアが落ちてる・・・拾わなきゃ。
道路に投げ出されたパニアケース。
100GSのパニアかと思いましたが
それは追突で飛ばされた@BOSSの乗る1200GSのパニアでした。
私がそれを拾おうと歩き出すと、ちょうど前方から@BOSSが来て
「大丈夫か!おまえはとにかく座っていろ!そして警察に電話しろ!」
「はい、下り371.7の地点です。はい、はい、わかりました。」
警察への電話を終えた私に、
「あの・・・大丈夫ですか?」
事故当事者の青年が、まるで階段で躓いて転んだ人を心配するように
やさしそうな笑顔で声をかけてきました。
青年よ、こんな状況の経験は初めてなのかもしれないけれど
その対応は間違っているよ・・・。

路面にはスピンして道路を引っかいた車のホイール痕が白く残っています。
100GSを見ると転倒はしておらず、車体にフロントが当たった状態で、
車に寄りかかるように傾いて停まっていました。
衝突の衝撃でフロントフォークがまるでチョッパーのように立ったままです。

まもなく警察が来て、おのおのの事情聴取を受けました。
「後ろから追突されてよく転ばなかったね。トライアルか何かやってるの?」
@BOSSは機動隊の班長さんからそう聞かれていました。
(班長さんも白バイ隊の指導員だったそうで、トライアルはかなりやったそう。)
「あなたもよく怪我しなかったね。救急車呼ばなくて大丈夫?」
私も、衝突の衝撃は受けたものの、ジャケットの下に
いつものMX用胸部&脊髄プロテクターを付けていたので
この程度で済んだのだと思います。腕も、膝も、そして頭も。

1200GSはテール部分がダメージを受けてはいたものの
なんとかエンジンがかかるようでしたが
100GSの方は残念ながら、ハーネス関係が断線したのか、
セルもキックでもエンジンはかかりませんでした。
約1時間半、高速道路を通行止めにしての現場調査と事故処理。
その後、ほんの2km先の菅生SAに場所を移して調書作成。
動かない100GSを、先の班長さんが汗だくで押して運んでくださいました。

すべてが終わった時はもう夜11時になる頃だったので、
動かなくなったバイクをSAの二輪駐車場に置いて
これからのことは明日考えることにして
今夜はここでテントを張って寝ることにしました。

寝る準備を済ませた深夜1時過ぎ、遅い夕食をとりにSAの軽食コーナーへ。
豚丼を食べていたヨーダ婆が、突然泣き出しました。
ヨーダ婆は何も言葉に出さないけれど、どれほど傷ついたことでしょう。
せっかく奮起して2度目の今回のツーリングについてきてくれたのに・・・
本当に、あんな事故を見せてしまったことは
悔やんでも悔やみきれません。
北海道は、残念ながら中止です・・・。
【8月12日】

テントから見た朝の光。
昨日とは打って変わっていい天気になるようです。
本当だったら今頃八戸にいて、
今日のフェリーで苫小牧へ渡るはずでした。

SAには、お盆休みらしい家族連れやツーリングバイクの
楽しそうでにぎやかな声があふれています。
テントから出ると、ベンチに座る@BOSSが、
私の顔を見て少し微笑んでくれました。
その顔を見たら、申し訳なくて、こらえていた涙が止まらなくなりました。
もらい事故とはいえ、私があそこでもしうまく避けることができたら
@BOSSがあんなに楽しみにしていた今回のツーリングを
こんな形で中止させてしまうことはなかったのに・・・・。

@BOSSは原サイクルさんや昨日の相手の保険屋さんと連絡を取りながら
動かないバイクのレッカーの段取りをとっていました。

原サイクルさんの迅速な対応で、すべて滞りなくすすみ、
2台のバイクは一旦地元の業者さんがレッカーで運んでくれることに。

私たちはタクシーに荷物を積み込んで移動します。
電車で帰るか、レンタカーで帰るか、まだ何も決めていません。
事情を聞いたタクシーのドライバーさんも親身に心配してくれます。
ヨーダ婆の疲れも相当なものであろうし、
パニアの荷物、バイクの装備がかなりあるので
電車よりもレンタカーの方が便利であろうということになりました。
帰りがてら、ゆっくり東北道を下りながら、
温泉めぐりをしてもいいですしね・・・・・・。

@BOSSは「ハイエースでも借りられるといいなあ」と言いましたが、
一番近いトヨタレンタリースへ行くと
もうほとんどの車が予約で埋まっており、
たった一台空いていたのが、こちらTOYOTAのサクシード。
まあ、荷物もたくさん詰めるし、この時期、突然の飛び込みで
借りることができただけでもありがたいことです。
@BOSSが私を手招きしました。
「どうする?帰りたい?」
聞けば、@BOSSが先方の保険屋さんと話をしたところ、
予定も立てていたでしょうから、もし北海道旅行を続けるつもりならば
「代車」として、レンタカー代を出しますので・・・という話を頂いたそうです。
・・・・う~ん、確かにこのまま帰ると、事故の嫌な思い出だけを持ち帰って
そのまま、ドンヨリとしたお盆休みとなりそうですね・・・
そんなことになったら、ヨーダ婆は二度とツーリングどころか
旅行にも出なくなりそうですしね・・・
「よし!行こう!」
「はい。」
こうして、ヨーダ婆の心のケアは北海道ですることに
ヨーダ婆への相談無しで、決定!
「北海道中止」は取りやめ、計画復活となりました。

もう予約していたお昼のフェリーはキャンセルしてしまったけれど、
夜のフェリーにキャンセル待ちでチャレンジしてみよう、ということになり、
台風4号が秋田県に上陸し、私たちと並走する中、
豪雨の東北道をハザードを点けながら320km、ひたすら北上しました。
「八戸で乗れなかったら、便数の多い青森に向かうさ。」
@BOSSは既に、「何とかなるさモード」に切り替えていました。

何も聞かないけれど、なんとなく不審がるヨーダ婆。
けれど、あとから聞いたら、新潟ではなく
八戸に向かっていることは、なんとなく気づいていたそうです。
(私も北海道の雑誌を持ちながら、フェリー関係に電話してましたしね。^^;)
そして@BOSSに、
「結局、車で出直しさせてしまって、悪いねぇ」と言ったとか。
ヨーダ婆、あんな事故の後で本当は帰りたかったかもしれないけれど
きっと@BOSSの想いを汲んでくれたのでしょう。
気丈なヨーダ婆に、私たちも感謝です。
(それとも「車でなら行く」は本当だったのでしょうか・・・( ̄∀ ̄;)汗)

夜7時、八戸のフェリーターミナルに到着。
私たちの車はそこの「それ行けウトロ号」もどきではなく
手前のどこにでも身を隠せそうな車です。ま、いいんですけど。(泣)

@BOSSが車検証をとりに行く間、乗船申込書も書かずに
ポケッと並んで待っていたら、あっという間にキャンセル待ち6番に。

「キャンセル待ち1番から5番までのお客様、ご乗船できます。」
という放送が流れた時の、@BOSSから送られてくる
無言の怒りのオーラといったら・・・・。
@BOSSとは目を合わせず、携帯メールを打つふりをするかまた。
(結局15番まで乗れたんですけどね。^^;)

車で乗船する@BOSSと分かれて、私とヨーダ婆は一般乗船口へ。

台風の影響か、団体客が一組キャンセルになったとかで
空いた2等船室で広々、寝床をとります。
午後10時出港で、明日の朝7時には苫小牧に入港する予定です。
夜の間寝て行けるので、体が楽ですね。
打った左足はアイシングをしなかったので
だんだん血が下がって黒く腫れてきたけれど
歩けないような痛みではありません。
お風呂に入り、使い慣れたシュラフに潜り込んで
一番最初に寝てしまったようです。
【8月13日】

朝5時、船内の窓からきれいな朝日が射し込んでいます。
「セイカイだねえ」というヨーダ婆に
「それを言うなら"快晴"でしょ。」と直す@BOSS。

本当にきれいな快晴の青空。
来る前は雨の予報でしたが、台風一過ですっきりと晴れ上がりました。

ヨーダ婆に笑顔が戻ってきました。

車両甲板は車でぎっしり。バイクはさすがに一台だけでした。

うれしい!晴れた北海道に上陸するのは初めてです。^^
こうして結局、「車でなら行く」と言ったヨーダ婆の願い(予言?)どおり
「車」で北海道を旅することになりました。
ヨーダ婆のダークフォース・・・・恐るべし。( ̄∀ ̄;)汗

ああ、お腹がすいた!
何はともあれ腹ごしらえをしなくては。
目指すはマルトマ食堂、モーニングドンブリです!
つづく!
2010年08月11日
出発準備、完了

なにやら雲行きが怪しくなってきたので、そろそろ出発します。
それでは皆さまも、どうぞ楽しい夏休みを。
行ってきま~す!
2009年09月01日
さよならアドベンちゃん
本日は先日「ヨーダ婆タンデムツーリング」でお借りした
河名シート製作所、小野寺さんのR1200GSアドベンチャー、
通称「みんなのアドベンちゃん」をお返しにあがることに。

洗車したアドベをトランポに積み込みます。

お借りしたパニアケースも大切にパッキング。
今回の北海道ロングツーリングで、
アドベの楽しさ、快適さにすっかり魅了された@BOSS。
(・・・ということを絶対に原サイクルさんに
言ってはいけないと言われています。笑)

関越道を走ると、もう日差しがやわらかく、秋の気配です。
今年は夏がなかったなあ・・・(TдT)

こちらは私がトランポにしたい車ナンバー1の車両です。(笑)

新潟を出て3時間半、東京の河名シート製作所さんに到着。
一旦通り過ぎたときに、お店からトランポを見つけたようで、
小野寺さんの方が先に出迎えてくださいました。
いままで散々お世話になっていながら、
お邪魔したのはこの日が初めてです。
ブログで見たことのある風景がまさに目の前に。
ものめずらしそうにキョロキョロする@BOSSと私。
いつもここで製作しているんですか?
「そう、デトロイトにも工場があるんだけどね。」
・・・そーですか。今度ぜひお邪魔させてください。( ̄∀ ̄;)汗

はじめまして!やっと会えた姫ちゃん。
でも姫ちゃんの興味はおみやげの笹だんごだけ。(泣)

「いや~、アドベがあんなに快適とは知りませんでした。」
お礼とともに、北海道の思い出を語る@BOSS。
小野寺さんもツーリングレポートを読んで下さり、
ヨーダ婆が疲れずに楽しくツーリングから戻ったことを
とても喜んでくださいました。
今回の「ヨーダ婆タンデムツーリング」を
こうして無事に終えることができたのは
小野寺さんがご自分のGSアドベをお貸しくださった上に
タンデム専用スペシャル座布団まで作ってくださったからです。
小野寺さん、大切な車両をお貸しいただき、
また、今回のツーリングでの@BOSSの目的に
深く共感していただいて、本当にありがとうございました。
それにしても、アドベの隣りに愛らしく停まっている
小野寺さんの愛車べスパ、通称「いちごちゃん」が、
サイズといい、色といい、ヨーダ婆とダブるのは私だけ?(笑)
さて。
今回は小野寺さんのアドベをお届けしお返しすることの他に
もうひとつ目的がありました。
お願いしていた@BOSSの100GS。
かまた仕様にローダウンして頂いたシートができあがったということで
入れ替えで載せて帰る予定なのですが・・・
さっそくまたがらせて頂きました。
乗る前の写真がないのでわかりにくいかもしれませんが
ノーマルの100GSシートでは、私など問題外。
停まったときには、やはり飛び降り&太ももがけが必要でした。
それが・・・

おお!両足がなんとか地面に着くではありませんか!
しかも100GSは車体が1200GSに比べて軽いので
つま先ツンツンでも、両手離しができそうです。

正面から見るとこんな感じ。
ほら、確かに両方のつま先が地面についています。
(お隣りは河名シートの社長さんです。)
すごい!さすが「世界の河名シート」!
小野寺さーん、本当にありがとうございました!
皆さま、GSの足つきで困ったら、
一度河名シートさんにご相談してみてください。
本当にびっくりしますから。
ということで、「北海道猛牛組合」naoto組合長さま。
私がこれでダートを走れるようになったら
「チーム猛牛」のリストの末席に、鉛筆書きでいいので
「かまた」の名前も入れてくださいね。
「補欠」と。(笑)
2009年08月31日
旅の終わりに
【かまたより】
たくさんのコメントをありがとうございました。
最後の方は、コメントを頂くたびに、またメールを頂くたびに
いろいろと考えて、ちょっと泣けてきてしまって、
なかなかすぐにお返事が書けませんでした。
なので、今の気持ちを書き残しておきたいと思います。
実は私は今回出かけるまで、
「ツーリング」というものにさほど興味がありませんでした。
「自分を燃やして、何かに挑戦する」という感じがしなかったからです。
なので、今回の北海道ツーリングも
当初は、単なる「お盆休みの余暇」としての思い入れしかなく、
できたらツーリングよりMXコースで練習したいなあとまで思っていました。
でも、「昨年の骨折によるタンデムツーのリベンジ」ということで
自分自身で、ほぼ初めて乗るR1200GSで
これまた初めての自走ロングツーリングに行くことも
ひとつの挑戦ではあるだろうと、自分に言い聞かせていました。

そんな軽い思いしか抱いていなかった北海道ツーリングですが
@BOSSには私の知らない何かの「きっかけ」があったようで
78歳になるヨーダ婆を私のGSで連れて行くと言い出し、
私は@BOSSの100GSに乗るという話が浮上しました。
(それはそれで、新しい挑戦と思って楽しみではありましたが。)
ところが、ヨーダ婆をタンデムで連れて行くという話が、
以前、同じようにお母さんをタンデムしようとしたけれど
実現がままならなかったという
河名シートの小野寺さんの心の琴線に触れたようで
タンデム用の車両の提供という思わぬご協力をいただけることとなり
結果的に、ヨーダ婆をタンデムした@BOSS号(GSアドベ)を
私自身は自分のGSで追うという
不思議なツーリングが実現することになりました。
いままでと違うのは、これまでは@BOSSと私だけだったので
私が下の立場にいるのが当然と、何でも@BOSSを頼っていましたが
今回はヨーダ婆がいるので、私はできるだけ@BOSSに負担をかけずに
「自分一人で乗らなくては」という自覚が生まれたことです。
・・・こんなこと当たり前だし、結局@BOSSには
いろいろな負担をかけることになるわけですが、
結果的には「初めて自分のGSで長距離を走ることへの挑戦」という
冒険ツーリングの幕が切って落とされました。
そんな風に出発した北海道ツーリングでしたが、
2500kmの旅から戻り、アトラスに着いた時、
思いがけず泣けてきてしまいました。
終わってしまった寂しさはもちろんですが
走りきったすがすがしさも・・・。
ツーリングから帰ってきて泣いたのは初めてです。
わずか5日間でしたが、それくらい非日常的な時間を
生きることができたからでしょうか。
でも、隣りでヨーダ婆が泣き出したので
私のその涙は、すぐに引っ込んでしまったのですが。(笑)
今こうして旅を終え、レポートブログを書き終えて、
皆さまからいろいろな感想を頂き、5日間を改めて振り返ってみると、
起きたこと、出会った人、心ふるえた景色、叱られたこと、
小さくて未熟な自分、バニウトロのこと、頂いたコメント、
いろんな思い出が蘇ってきて
人生は「一期一会」だということを、今更ながら実感しています。

私がタンデムシートで眠るヨーダ婆の後姿を見ながら
不意にシールドの中で涙が流れた時
「ああ、@BOSSがヨーダ婆を連れてきた理由もこれだったんだ」と
それまで判らなかった@BOSSの「想い」に突然気づきました。
そして後で、エピソード4でumiさんから頂いたコメントを読むと
その時、私が気づいた想いと、まさにおなじ気持ちが書いてあり、
当時のumiさんとお父さんのエピソードに、私の想いも重なって
また泣けてしまいました。
いま、夕日を見たり、バイクを見たりする度に
私の中には「umiさんのお父さん」という人がいて
どんな気持ちでその日の空を見ていらっしゃったのかなあと
想像するようになったりしています。
他の皆さんから頂いたコメントやメールも
それぞれにいろんな想いがつまっていて、
今回のツーリングは、帰ってきてブログを書いている間も
人と人、いろんな気持ちが紡がれていくのを感じていました。
ツーリングに出なければ知らなかったこと、
出会わなかった人、
出会わなかった自分。
う~ん、やっぱりうまく言えません。
「一期一会」でいろんなことに出会える「旅」。
でも、心が眠っていると、その時起きたことや出会ったことに
気がつかないで通り過ぎてしまうような気がします。
いつもいつも、出会ったものをこぼれ落とさないように
大事に感じて生きていきたいなあと思います。
@BOSSの心を捕らえた「想い」 がキッカケとなった
今回のヨーダ婆タンデム・ツーリングは、
やはり、私にとっても、一生に一度かもしれない
貴重なツーリングとなりました。
そのことに気づかせてくれた@BOSS、
そして、勇気を出して(面白がって?)ついてきてくれた78才、ヨーダ婆。
今回のツーリング記を読んでくださった皆さん、
暖かいコメントを寄せてくださった皆さんのおかげで、
それは、更にたくさんの想いと共にディテール深く刻まれました。

私は幸福駅に自分の名前をメモで残してきませんでしたが、
ここにもう一度、今の気持ちを貼っておきたいと思います。
本当にありがとうございます。
これからもがんばります。
2009年8月31日 かまたいくよ
(※鎌倉在住イラストレーター「かまたいくよ」さんとは全く無関係です。^^;)
-----------------------------------
【@BOSSより】
・・・・・遅ればせながら、@BOSSです。
スケテツさん、O&クロさん、YHさん、たまふさん、
コタンさん、すばひびかあちゃんさま、SHUN1さん、
エリーママさん、みやっちさん、アパッチさん、ひろ吉さん、
姫丸さん、まくさん、上州GS/GGさん、GS欲しい・・・!さん、
ゴロンパさん、ならびにゴロンパ妻さま、eo-chan、(←ある意味、呼び捨て?)
Noriさん、tomokiさん、GEN3、r12gstomoさん、papatanakaさん、
yasupaさん、naotoさん、、#195さん、izumiちゃん、ナックさん、
レポート中、コメントを頂いた皆さん、本当にありがとうございました。
そして、えこひいきを承知で言えば・・・umiさん、
今回の旅を私が思いついた理由は
まさにumiさんがコメントに書いてくれた事と
ほぼ同じ経験から生まれた 『 想い 』 が「きっかけ」でしたので
その 『 想い 』 が重なっていたことを知り、非常に嬉しく思いました。
そして、そのことは、GEN3が書いてくださった
> 私も「無二の一球」ならぬ「無二の一走」、
> その時、その時を有意義に楽しく走りたいと思います。
そうです・・・まさにコレだったんです。
かまたは文中、「一期一会」という表現で書いてくれていましたが
私にとって、どちらかと言えば、こちらが直球、ど真ん中でした。
「無二の一球」、「無二の一走」・・・・・「無二の一日」そして「無二の一瞬」。
ついつい忘れがちになりますが「今、この時」は、実は「無二の一瞬」。
懸命に真摯に、今を生きなければーと
認識を新たにして襟を正す事が出来た旅でした。

最後に、Noriさんと、そして以前、O&クロさんも書いてくださいましたが
「無事、帰って来るまでがラリー」
ラリーもツーリングも、そして「人生」も一緒かも知れません。
どんなに楽しい旅でも、一瞬の慢心、気の緩み、居眠りで終わりとなります。
例え本人が、注意を怠らず走っても
他車からのもらい事故という不可抗力もありえます。
ですから、一瞬たりとも気を抜かず
でもそれが過度な緊張とは無らず、平常心に近い状態を保ちながらー
景色も道程も楽しみながら走り続ける・・・・生き続ける
バイクって人生の縮図のようですね。
> かまたさんほどのスキルをお持ちの方が、
> 自信なさげにされていることがあるのは、何でだろう?と。
(by Noriさん)
・・・「かまた」には、まだまだ過度な緊張が見受けられるますね(笑)
(もちろんスキルも足りませんが。)
これからも、バイクの鍛錬を通して、
ビシバシと人生修養させますので、ご期待くださいませ。
2009年8月31日 @BOSS
2009年08月27日
ヨーダの大冒険-エピローグ
(これはお盆ツーリングのレポートです)


8月18日、晴れ。(←泣)
朝8:00、オスパ出発。

恒例となった「鱗友朝市」で朝ごはん。
小樽へ来ると「味さき」さんと「のんのん」さんを交互にお邪魔してます。

今回は「味さき」さんの巴丼。ほたてのお吸い物もおいしいです。

「味さき」さんの方に「60代くらいですか?」と言われ、
北海道出発前、最後に一気にテンションアップのヨーダ婆。
この後、「バイク怖くないですか?」「いえいえ、云々」という
いつもの会話が始まります(笑)。
ヨーダ婆もおかげで、フル充電された模様。

新日本海フェリーのカウンターで乗船手続き。

来た時と同じく、同乗者のヨーダ婆は一般乗船口へ。
(来た時よりも自信ありげに見えるのは気のせいでしょうか?)

日差しが暑い!乗船開始時刻を待ちます。

バイクを車両置き場に置いて、エントランスでヨーダ婆と合流。

10:30、ドラが鳴り、いよいよ出港です。
晴れたフェリーに乗るのは久しぶり。

もう何度も見たし撮ってきた出港の風景ではありますが
心にとどめておきたくて、カメラを離せません。

ものものしいバイクのウエアを脱いだ
めずらしい普段着の@BOSSとヨーダ婆のツーショット。
ヨーダ婆が「北海道」に手を振っています。

暑い日ざしの下で、まずは生ビールで旅の無事を乾杯。
誰が一番きれいに写せるか撮影大会が始まりました。

お盆だけ開催されるデッキでのジンギスカン。
船内のレストランでの決まりきったビュッフェに比べたら
こちらの方がどんなにいいか!

かまたは良く晴れたデッキで、
向こうに見える岸を眺めながら、やけ酒の準備。

あっという間にワインを一本空け、対岸に向かってひと言。
「今頃晴れたって、おせーんだよ!ざけんじゃねーぞ、北海道!」
@BOSS、もう1本飲んでもいいっすか?(泣)
船内では映画を見たり、温泉に入ったり。
長いようですが、あっという間に時間は過ぎていきます。

翌朝6:00、新潟港へ着岸。下船準備。

新潟港からアトラスまで、本当のラストランです。

バイクの乗り降りにも慣れたヨーダ婆。もう倒しません(笑)

さあ、いよいよ 「ラスト・タンデム」 です。

新潟の夏ももう終わり。
伸びた稲穂がもうじきやってくる秋を感じさせます。

朝7:30、アトラスに到着。
着いたとたん、感激したのか、安心したのか、
ヨーダ婆が泣き出しました。
・・・・・北海道初日。
グローブを置き忘れ@BOSSに叱られた後、
道の駅くろまつないを出発してから宿までの道中、
実は、ヨーダ婆はしばらく鼻をすすって泣いたそうです。
叱られたのが悔しかったのか、自分のしたことが不甲斐なかったのか。
いずれにしても、78歳にして、初めてのバイクタンデムに挑戦して、
北海道くんだりまで来て、息子である@BOSSに叱られ、涙。
インカムで気づかれているとは知らず
バイクの後ろで、しばらくは泣いていたようです。
@BOSSは気づきながらも、そのままに。
なぜなら今は、バイクでの旅の「道程」。
ヨーダ婆が今まで未経験のルールと直面する事も大切な「経験」。
快適で安全な自動車での旅とは違い
体がむき出しのバイク旅の、危険性を自覚するのも大切な「儀式」。
出発前、「バイクでの旅なんか、危ないからやめろ」と
そんな風にヨーダ婆に言った人もいたそうです。
確かに80歳近くなって、こんな挑戦なんかしないで、
テレビを見ながら茶の間にいたほうが確実に安全で、
危険の確率が低いのは当然です。
でも、それで何か新しいことが経験できるだろうか、
生きている、その実感を深く味わえるだろうか、と
ヨーダ婆は78歳にして、挑戦して経験したい、と考え、
自分で来ることに決めたそうです。
でも、その挑戦の旅先で、息子である@BOSSは事のほか厳しく、
背中ですすり泣くような、そんな経験までするとは・・・・。
出発前には、決して想像はしていなかったことでしょう。
でも、それこそが経験、挑戦して生きている証。

ヨーダ婆も泣くような経験まで望んではいなかったでしょうが、
息子の@BOSSが、バイク初挑戦の母親の命を預かる責任から、
あえて厳しくしていたことには、きっと気づいていたと思います。
でも、やっぱり悔しいだろうし(気持ち、わかります。^^;)
涙がこぼれるのを、堪えることが出来なかったのでしょう。
でも、これも、バイク旅ならではのこと。
そして、すすり泣くヨーダ婆の声を背中に聞きながらも
気づかない振りをして、無言でバイクを走らせていた@BOSSにとっても、
今回はヨーダ婆が挑戦してくれたおかげで得られた、
最初で、そして、もしかしたらこれで最後?かもしれない
母親との貴重なバイクでの旅。
私には想像することしかできませんが、
@BOSSは@BOSSで、ヨーダ婆とのタンデムの時間を
大切に、大切に、噛み締めながら走っていたと聞きました。
・・・・・な~んて、ちょっとシンミリしちゃいましたね。
泣きじゃくるヨーダ婆を見て、そんなことを思い出しました。

ヨーダ婆に握手を求められ、ついつい私も、もらい泣き。
本当にお疲れさまでした。
こちらこそ、ありがとうございました。

「78才、やりましたー!」と泣きながらも手をかかげるヨーダ婆。

ヨーダの大冒険<完>
最後に。
今回のツーリングに際して
@BOSSがヨーダ婆をタンデムして行くという話に
深い共感とご理解を頂き
大切な愛車のGSアドベンチャーを貸して下さり、
更にそれにとどまらず、タンデムが初めてのヨーダ婆が疲れない様にと
ヨーダ婆専用のタンデム座布団まで作って送ってくださった
河名シート製作所の小野寺さんに
この場をお借りして、心よりお礼を述べさせて頂きたいと思います。
本当に、本当に、ありがとうございました。
一昨年の11月、免許取得直後で、かつ「身長157cmの女子」でありながら
無謀にも、心惹かれたBMW R1200GSを購入するにいたりましたが
この大きくて重いGSが私の手に負えるバイクになってくれ始めたのも、
その後の、トライアルやモトクロスでの練習の成果だけではなく
河名シートさんから2度に渡って作って頂いた、
スペシャルローシートのおかげであることは言うまでもありません。
傍から見たら、まだまだ危なっかしい私ではありますが
それでもこのシートのおかげで、
購入以来初めて、5日間、2500kmにわたって
北海道の大地をGSで走る旅にも出ることができ、
ようやくGSが自分の愛車になりつつあることを
本当に嬉しく思います。
また、今回の長い長いツーリングレポートを
最後まで読んでくださった皆さま、
またコメントを下さった皆さま、
このレポートを書いている途中も
頂いたコメントやメールのおかげで
いろんな方々と出会い、お話しを聞きながら進む、
そんな心温まる旅を、再びしているような気がしました。
本当にありがとうございました。
「GSへの遥かなる道のり」は、ようやくスタートを切ったばかりです。
「かまたの『バイク乗り』への遥かなる道のり」、
これからも、まだまだ続きます。
【そして、今回も。】
サロン・ド・アトラスで解散後、私は一旦家に帰って
そ~っと「シャリ、ただいま~」と猫なで声で呼んでみましたが
いつもの「ニャ~ン」という声は無し。

ひゃ~、ごめんなさい、ごめんなさい。
もう今年は出かけませんから~~~!!!(たぶん)
2009年08月26日
ヨーダの大冒険-エピソード5
(これはお盆ツーリングのレポートです)


8月17日、どしゃぶり。
今日が北海道を走る最後の日。
ホテルの前で出発準備をするヨーダ婆。
ヨーダ婆はこの数日間で
@BOSSに教わったレイヤードもすっかり板につき
言われなくても自分からウエアを着込むように。
@BOSSは今回のツーリング当初から、
「親子」という関係を抜きにして
「初めてバイクと関わる人」への責任として
ヨーダ婆には正面から、バイクと関わる上での
さまざまなルールをイチから教えていました。
もちろん、手抜き無しに。
(さすがにペットボトルぱこぱこはありませんでしたが。笑)
相手が78歳の「お婆さん」と言われる歳であっても、
「どうせわからないだろう」などと決め付けることは一切せず、
例えば「レイヤード」に関しても、この78歳のヨーダ婆に
事あるごとに説明をしていました。
面白い事に、ヨーダ婆は、樺太食堂での一件のように
あれほど「人の話を聞かない人」でありながら(笑)
@BOSSの説明するレイヤードはちゃんと理解して
休憩で停止するたびに、雨が降っていなくても、
ブーツカバーを足の保温の為に履いたり、
雨具をウインドブレーカー代わりに着たり、
また、フリースをジャケットの下に着込んだり、
立派に、タンデムライダーとして合格点のレイヤードを
自ら行うようになっていて、見ている私も感心しました。

準備万端でポーズをとるヨーダ婆。
雨具を着ようとしたら、少し雨が小降りになってきました。
このまま上がってくれるといいのですが・・・。
今日はどうしても最終地、小樽まで辿り着かなければなりません。
途中、襟裳岬を回るので、約600kmの予定です。

う~むむむ、やっぱり雨がひどくなってきました。
ああ・・・・ついに一日も晴れることがなかったなあ。
でも、雨でも今日一日を大事に大事に乗ろう。
雨は弱くなるどころか、どんどん強くなり、
合羽を着ていたヨーダ婆はいいけれど、
私と@BOSSのウエアはもう限界。
我慢しきれず、足寄のセイコーマートで合羽を着ることに。
「やっぱり深川に寄らなかったのが敗因なのかなあ。
職業柄、雨乞いの秘法も修得済みだそうだしなあ。」
いやいや@BOSS、いくらなんでも
そりゃスケテツさまに失礼でしょう( ̄∀ ̄;)汗
なんてことを言いながら合羽を着ていると・・・雨が上がりました。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
なんですか?
「そういえば、あんたが合羽着ると晴れるよね。サロベツも、高速も。
今回あんた、青空をバックに黄色い合羽で着膨れた写真ばっかだもんね。」
あれ?言われてみると確かに・・・

そうか、フォースは私にあったのか!あ、合羽にか?(笑)
この日も予報は降ったり止んだりで
ところどころ雷注意報が出ていましたが、
私が合羽を着て以降、雨が降ることはありませんでした。

それどころか雲も切れて、暖かくなってきました。よかった。
(でも脱ぐと降りそうで怖いので、この後も脱ぐに脱げず^^;)
この日は小樽までの「移動日」なのですが、
それではヨーダ婆が可哀想であろうと
観光っぽいものを一つ@BOSSが用意していました。

おお~!「幸福駅」だ!
昔、幸福駅行きの切符というのがはやりましたっけ。

駅舎には、ここを訪れた方たちが残した
おびただしい数の名刺や写真がたくさん貼ってあります。
「やっとここに来ることができました!」
「40年後にもう一度来ます。その時も幸せでありますように」
そんなメモもたくさん貼ってあります。
何十年前のものから、今日の日付のものまで。

この場所に立ってこれを貼っていった
すべての人たちの暖かい思いが伝わってきて・・・

「あんた何泣いてるの?」 涙をボロボロこぼす私に
@BOSSがからかいながらカメラを向けますが、うまく説明できません。
幸福駅は一種の「パワースポット」だと思います。
神社仏閣と似ているけど、もっと純粋に「幸せ」を願う場所。
天井、壁を埋め尽くす名刺や写真、願い事の紙。
一枚一枚を読んだわけではないのに
改札の建物に入ったとたんに涙があふれてしまいました。
(今回は毎日泣いてますね。)
自分の幸せ、家族の幸せ、恋人の幸せ、世界の幸せ、
いろんな幸せを願う気持ちがいっぱい集まって
そこに立つ私も、幸せのパワーに包まれたのだと思います。
不思議な瞬間でした。
ヨーダ婆が駅舎に入ってきました。
壁の名刺やメモがなんであるのかを説明をすると、
「そうか・・・そういう意味で、こんなに沢山貼ってあるんだね。」
そう言って、ヨーダ婆は一人、離れたベンチにチョコンと座り、

なにやら一人で、紙に書いています。

ああ、ヨーダ婆も自分の願いをメモに書いたんですね。
いくつになっても幸せを願う、けな気なヨーダ婆。(笑)
では早速記念に貼りましょう。

ちょっと拝見・・・あはは、「78才、バイクの旅」って書いてある。
よかった、ヨーダ婆も楽しいんですね。(笑)

背伸びをして「幸福の鐘」を鳴らすヨーダ婆。

ま、このへんは抑えておいて。

@BOSSに教えてもらいながら、全種類のスタンプを押すヨーダ婆。
「ああ、このスタンプもいいねぇ~」
観光客してます。^^

小さなかわいいヨーダ婆。
このサイズで写真に撮るのが私は好きです。(笑)

ヨーダ婆にピースが出るときは、「充電完了」の証拠。

一枚くらいは、きちんとタンデムの記念写真を撮っておきましょう。
さて、幸福駅でみんなが元気を充電し、
これからぐるっと襟裳岬へ向かいます。
昼食にジンギスカンを食べようと、
すぐ近くの有名な「白樺」に向かいましたが、
残念ながら月曜定休でした。(泣)
仕方なく「道の駅なかさつない」でパパッと昼食を取り
もう天気も大丈夫であろうと合羽を脱いで、100km先の襟裳岬へ。
一年中、吹く風が強すぎて、道路を作るのに
莫大な資金がかかったという通称「黄金道路」を
前方では海岸線を走りながら、
@BOSSがヨーダ婆にあれこれ説明しているようす。

GSは、こういう道が一番GSらしく走れる気がします。

襟裳岬到着。

「あ、あそこにアザラシがいる!」ほんとすか?( ̄∀ ̄;)汗
さあ、これから250km先の小樽まで走ります。
雨は降っていないけれど、風が随分冷たくなってきたので
やっぱり合羽を着ることにしました。
夕暮れの国道を60km/hでずっとタラタラ走ります。
時々インカムから「寝てませんか?」というチェックが入りましたが
最後なんだから、どんな景色ももったいなくて
寝てなんかいるわけないじゃないですか。
国道を延々と走りながら、
今日、幸福駅でヨーダ婆が書いたメモを思い出しました。
「78才、バイクの旅」
ヨーダ婆、どんな気持ちで書いたのかなあ。
途中から高速へ。
ああ~、やっぱり高速道路は気持ちいいです~。゚。( ̄▽ ̄)ポワーン

3時間後、SAにて休憩。
すっかり乗り降りにも慣れたヨーダ婆、カッケーです。(笑)
今日はたくさん走ったので、疲れていないと思った私も
バイクから降りたら指先がジーンとしていました。
そして、輪厚SAを出てから約30分、
やがて、華やかな小樽の街の灯りが見えてきました。
ああ~、終わっちゃうなあ。
このままずーっと走り続けたいなあ。

夜8:50、最後の町、「小樽」に到着。
私にとって小樽はもう「訪れる場所」ではなく「帰ってくる場所」。
ただいま、という気持ちです。

北海道最後の夕食は、出抜小路にて、北海道名物ジンギスカン。
大丈夫、飲んでいるのはノンアルコールビールですから。(笑)

では、今夜の宿「オスパ」まで、たった2kmのラストランです。
夜10:00、オスパ着。
本日の走行距離、555km。
これから温泉に入って仮眠して、
明日の朝は、もう新潟行きのフェリーに乗らねばなりません。
何を書いても涙が出そう。旅の終わりは苦手です。
(エピローグへつづく)
2009年08月25日
ヨーダの大冒険-エピソード4
(これはお盆ツーリングのレポートです)


8月16日、霧雨ですが、とりあえず合羽は無しで。
だんだん、たとえ太陽が顔を出していなくても、
合羽を着ずに済むだけいいや、と思うようになってきました。

朝7:30、朝食は食べずにサロマ湖ユースホステルを出発。

まずはバイクのお腹を満タンに。
給油のあと、セイコーマートで朝食を買うことに。

本日の豪華な(?)コンビニ朝食~!

「なんだか若いもんみたいだねえ。こんな所に座って食べるなんて」と
おにぎりを頬張るヨーダ婆。
「あー、お腹一杯。パンも買ったけどいらないわ。あんた食べて。」
えーーーっ、自分で選んだ分はちゃんと食べてくださいよ。( ̄∀ ̄;)怒

こちらは@BOSSの選んだ「ようかんパン」。
パンに羊羹がかかっていて、中にはカスタードクリームが。
ホイップクリームでないことに@BOSSはムッとしていましたが、
私はどっちにしても見ただけで、ウップ・・・・。

私は私で、足を投げ出してサンドイッチをぱくつきながら、
昔、フランスに一年間くらいいた頃を思い出しました。
お金はなかったけど時間だけはあったので
長い休暇には1泊2000~3000円の宿を探しながら旅をした日々。
バックパックも持たないで、おなかがすいたら
焼きたてのバゲットやリンゴを買ってかじっていました。
(それだけでも十分おいしかったので。)
ちょっと贅沢をする時は、こんな形のサンドイッチを買いましたっけ。
懐かしいなあ。
いつ帰っても、帰らなくても、誰にも何も言われなくて
気が向いた方へ、どこへ行ってもいい一人旅。
あんな旅に、また出たいものです。
さ、雨がひどくならないうちに、先へ進みましょう。
斜里町ウトロはもうすぐそこです。
途中、パトカーが先導していたため
国道が混みそうだったので、一本逸れた道を走っていたら
インカムから「鶴がいた、鶴!」という声が。

うわー、ホントだー。

しばらくの間、それぞれのカメラで鶴の大撮影会。
以前、木の実さんがラリーに初めて出る私にくれたメールに
「ミスコースも神様が自分だけにみせてくれる景色」と
書いてくれたのを思い出しました。
今回はミスコースではなく、ちょっとわき道に逸れただけですが
コースをはずれたら、思わぬプレゼントをもらった感じ。
なんだか得した気分です。
知床に入りました。

道の駅「しゃり」も新しくなっていました。
世界遺産に登録されてからというもの、
初めて来た頃とは随分様変わりしています。
オシンコシンの滝を通りながら、インカムから@BOSSの声が。
「あんた、来年はCRMで来る?」
え?なんでですか?GSで来ればいいでしょう。
「林道にそれるわき道を見ると、入りたくなるでしょう?
CRMなら、気が向けばそのままダートも走れるじゃん」
う~ん、確かに、せっかく北海道に来たのだから
オンロードだけでなくてダートも走ってみたいけれど、
GSのこの快適さを知ってしまったら
今さらツーリングでCRMもちょっと・・・・と言ったら
「アフリカツイン2台で来る、という手もあります。」
はあ??Σ( ̄⊥ ̄lll)
「それならダートでどんなに転んでも構いません。
GSで転ぶと、原サイクルさんが喜ぶだけでしょうから。」
まー、そうかも知れませんが・・・・考えておきます。
(私がGSでダートを走れればいいだけの話なんですけどね。)

10:20、道の駅シリエトク到着。

今は昔、若かりし@BOSSがバイクでやってきて
おみやげ物屋さんと鮭鱒孵化場で
住み込みでアルバイトをしていたという知床。
様変わりした知床に立つのは2回目だけど、やはり感慨深そうです。

バニウトロとの思い出の場所、オロンコ岩。
ここに登るのがお盆の「バニウトロ参り」です。

「ひー、私にはもうきつくてダメだ」
キャメルバッグから水を飲みながら、
自分の膝丈よりも高い階段を登るヨーダ婆。

バニウトロがここに眠っているわけではないのですが
佐渡の大野亀とこのオロンコ岩は
バニウトロの思い出がもっとも深い場所なのです。

バニウトロ、また来るね。私も頑張るから見ていてね。
バニウトロ参りを終えて、このまま知床峠を越えることに。
去年は峠を越えた羅臼側はすっきり晴れたいいお天気でしたが
今年はどうでしょうか・・・。

峠越えに走り出したら、細かな雨が降ってきました。
ミルクの中を泳いでいるような真っ白な霧の中を進んで走り・・・

ようやく知床峠に到着。

頂上は去年と同じく、やはり霧で真っ白。
峠から、遠く国後を望む景色は、残念ながら見えません。
そこで、@BOSSが
「この場所で、もし霧が晴れていたら」と、説明をすると
ヨーダ婆は峠のことより、こんな霧の中を走って来た、
そのことの方が印象に強かったらしく、
「やっぱり、バイクだからこんなところへも来れたのかね」
「ううん、ここは晴れて、周りが見えれば、普通の道だし
車だって今もちゃんと来てるんだよ」と指差せば
展望台の駐車場には数台の車とバイクが霧が晴れるの待っていました。
ヨーダ婆にとっては、いろんなことがもの珍しく、新鮮な驚き。
霧の峠は夏だというのに、かなりの肌寒さです。
@BOSSがヨーダ婆に「寒くないか?」と聞くと
「全然寒くなんか無いです。
それより、なんだかさっきより暖かいみたいだ」とヨーダ婆。
「それは今、さっきの峠の頂上から下に降りてきたからだよ」というと
「そうか、車だと、そういうこともわからないで
走って過ぎてるんだね。」
ヨーダ婆、ライダーらしくなってきましたね。^^
細かな雨は降っていましたが、
もしかして、フォースの力でなんとか・・・という
一縷の望みをかけて午後1:50、開陽台到着。

こちらは、ちょうど去年の今日見た「開陽台」からの風景です。
晴れていれば、360度絶景パノラマを見ることができるのですが・・・

やっぱり・・・・・(泣)

これにはさすがの@BOSSもショックなようす。
あのパノラマを少しでもヨーダ婆に見せたかったらしいのですが、
こればかりは仕方ありません。
覚悟はしていましたが、ああ、がっかり。Orz
開陽台付近の「これぞ北海道!」という道も
昨年のそれとは違い、低く垂れ込める雲の為に
全く違った景色に見え、走ってもテンションが・・・・・。
気温とともに下がるテンションを、
なんとか上向きにしなくてはと思いながら次へと進みます。
居眠りをするヨーダ婆。
「今日、阿寒湖で宿を取る?」
インカムから@BOSSの声がしました。
いいですけど、阿寒湖まであと何キロですか?
「あと15kmくらい」
15キロォ~~??????( ̄∀ ̄;)汗
まだ午後3時ですよ。
今日はまだ300kmも走っていないんですよ。
「う~ん、でもこの先雨が降るかもしれないし、
このまま行くと襟裳岬が夜8時くらいになるし。」
とりあえず、駐車場に停まって相談をすることに。
私は北海道で毎日200~300kmでは正直物足りません。
特にGSは体が楽だし、疲れないのもあって
この数日間は体がかったるくて、ちょっと不完全燃焼気味。
本当はもっと毎日たくさん走りたいのが正直なところ。
ヨーダ婆が一緒なのはわかりますが・・・・・。
ふと見ると、ヨーダ婆が私たちの話が終わるのを
向こうの方で散歩をしながら待っています。
ヨーダ婆、78才。
きっと私なんかが想像できないくらい疲れているんだろうなあ。
ぜんぜん言葉には出さないけど。
このところ、暗くなるまで走って、慌しく宿について
お風呂も夕食もバタバタという毎日続いていましたっけ。
・・・・・・・・・・・・・・・・。
自分のことばかり優先に考えていた私。
もっと全体像を考えなくちゃ。
だからヨーダ婆にとってもこの旅がいい思い出になるように
今日はこのまま15km先の阿寒湖に宿を取り
たまには明るいうちに宿に入り、ゆっくり大浴場に浸かって
らくらく夕飯を食べて、食後には夜のお土産屋さんや
懐かしいアイヌコタンで観光をすることに決定。
阿寒湖に向かう途中、前を走るヨーダ婆の後姿を見ながら思いました。
ヨーダ婆は確かに年の割りに元気だけど
タンデムでツーリングなんて今回が最初で最後かもしれない、
もう次回は体が辛くて無理ということもあるかもなあ。
「天気を晴らすため」という冗談は聞いていますが、
実は@BOSSがどうしてヨーダ婆をつれてきたか
その真意は一度も聞いていません。
ヨーダ婆は寝たのか、また体が45度に傾いています。
@BOSSの背中にタンデムされて
寝ながら乗っているヨーダ婆の後姿を見ていたら
なぜか急に涙が出てきて
シールドの中でボロボロと泣いてしまいました。
@BOSSがヨーダ婆を連れてきた理由、それは
「今できること」、もしくは
「今しかできないこと」、の実現だったのかな、と。
うまくいえませんが、「親孝行」という言葉ではなくて
そんな 「一期一会」 に近い感じ。
今しかできないこと。
そう思うと、ヨーダ婆だけでなく
私もいずれ、バイクに乗れなくなる日がくるわけで・・・。
もともとバイクに乗り始めたのがほんの2年前なので
ほかの人より「今しかできない」期間はずっと短いけれど
その分、いつも@BOSSが言うように
ラリーであっても、練習であっても、ツーリングであっても
バイクに乗る瞬間はちゃんと命を燃やして乗らなくちゃ、と
前を走るタンデム車を見ながら、改めてそう思いました。
そういえば、姫丸さんが@BOSSへのコメントで
こんな言葉を書いていたのを思い出しました。
「『あのころ』には戻れなくても、
わたくしたちの今も、
あとから思い出すと胸がきゅううぅん!となるような、
そんな日々にしたいですね!」
この姫丸さんのコメントにきゅううぅん!ときた私。
出会った方たち、これから出会う方たち、
会っていないけどブログを読んでくださっている皆さん、
私と「今」を共有しているすべての方たちと一緒に、
本当に、本当に、そんな日々にしたいと思います。
阿寒湖までたった15kmではありましたが、
そんなことを考えながら走り続けていました。
阿寒の町に入ると、大きなホテルの前に「空室あります」の看板が。
今日はここに宿を取ることにしました。

ホテルのまん前にバイクを置かせていただきました。

久しぶりの大きな温泉でゆったり体を休めて。

昨夜の悲しい食事から一転、嬉しいバイキング。
夕食の後は、アイヌコタンへ。

アイヌコタンの入口にて。

ヨーダ婆の名前「チセ」は、アイヌ語で「家」のこと。
このことがヨーダ婆はいたくお気に入り。

こちらは「小さい家」という意味のポンチセ。
中にはおじいさんがいて、一緒に写真を撮ってよいと書いてあります。

ではさっそく。ヨーダ婆、妙にしっくり馴染んでいる気が・・・

夜9時、アイヌの古式舞踊を見学。

木彫りのおみやげがところせましと並ぶ店内。
バイクだから、あまり大きなお土産は持って帰ることができません。
ヨーダ婆はバンダナを1枚、思い出に買っていました。
本日の走行距離301km。
明日はいよいよ最終日。
最後の一日はフェリーの出る小樽へ向かうための
移動日でしかないかもしれないけれど
大切に、大切に、ちゃんと命を燃やして乗ろうと思います。
(エピソード5へつづく)
2009年08月23日
ヨーダの大冒険-エピソード3
(これはお盆ツーリングのレポートです)

8月15日、今日もやっぱり雨。
合羽を着ての出発です。
他の方と相部屋だったり、サロンや大部屋で話をしたりする
こうしたユースホステル系の宿を出発する時は、
必ずといって良いほど、オーナーさん以外にも
一緒に過ごした同宿の方々が私たちを見送ってくださいます。

そんな中、ある一人の方がカメラを手に出てこられました。
「一緒に写ってください」とお願いすると
「ヨーダ婆さんがタンデムで出発するところを、逆に写真に撮らせてください。
怖がるうちの母親にその写真を見せて、
今度ボクも、バイクの後ろに乗せてやりたいな~と思うので。」
なんだかこういうのも嬉しいですね。^^

宿のオーナー、一休さんと出発前の記念撮影。
今日は一休さんの息子さんも一緒に。
ヨーダ婆にとって、今回のツーリングは、毎日、出会いと別れの連続。
出会った人が良い人であるほど、翌朝の別れは少々しんみり。
7:50、増毛を出発、海岸線を北上し、小平の道の駅へ。
途中から雨が強くなり、「小平鰊番屋」につく頃にはドシャ降りに。

雨の中に立つ小さなヨーダ婆が、心もとなく見えます。

雨はどんどん強くなり、更にひどいどしゃぶりに。
たくさんのライダーが雨宿りをしています。

「鰊番屋」で朝食。こちらは数の子たっぷりの鰊丼。
ご飯を食べ終えると、雨も少しだけ弱くなったので出発。
予定では着いた初日に走るはずだったサロベツ原野を目指します。
今日はたくさんのバイクとすれ違います。
ライダー同士のピースサインが嬉しいらしく、
ヨーダ婆もバイクとすれ違うたびに手を振っています。
@BOSSはヨーダ婆が後ろで手を振っていることを知らなかったらしく、
何だか今回の北海道ライダーはやたら手を振るな~と思っていたそうです。
「な~んだ、ヨーダ婆が先に手を振ってたのか」というと
「私の仕事、私の仕事」と喜んでいたそうな。(笑)
私と@BOSSはインカムで話ができますが
走行中のヨーダ婆の声は私には聞こえません。
だからこれは後から@BOSSに聞いた話。
車の多い国道ではバイクがすぐにわかりづらい、というヨーダ婆に
「バイクは昼でもライトをつけて走っているから、
ライトの灯かりを探せば見つけやすいよ」と@BOSSが教えてあげると
「な~るほど~」と言った後、「あっ、いたいた」と
早速向こうから近づくライトに手を振っていたそうです。
「みんな、バイクで旅してるんだね~、いいねぇ~」と言いながら。
時々、手を振ってくれないバイクがいます。
そんな時はヨーダ婆は本当に残念そうに
「あら、振ってくれませんでした・・・こっち見てた筈だけどね~」とがっかり。
逆に盛大に振り返してくれるライダーたちには思わず「がんばれ~」と、
まるでマラソン大会の沿道の応援者のように
声まで上げて振っていたそうです。
「手をね、振ってくれるタイプのライダーさんや、
そういうのが苦手なライダーさんもいるんだよ。
みんながみんな、同じように振ってくれるとは限らないから。
だから、相手の反応でガッカリしないこと。」
でも、ヨーダ婆に手を振ってくれたライダーさんたちは
その後ろを走る私にも大きく手を振ってくれました。
ヨーダ婆でなくても、やっぱり、嬉しいです。
お?少しお天気も回復してきて薄日が差してきました。

もう合羽を脱いでもいいようです。
晴れたサロベツ原野を見ることができるでしょうか。

カメラを手に、互いを撮影しながら走ります。
ヨーダ婆、こっちを向いてください!
つかまるといけないから、ここではあまり飛ばせないけど、
ひゃ~~~、気持ちいいです~~!
GSに乗って北海道の道を走っていたら
「LONG WAY DOWN」のテーマソングを口ずさみたくなる
原さんの気持ちもよ~くわかります。
サロベツ原野の手前を調子に乗って飛ばしていると・・・

え?何?私もしかしてヤバイ??Σ( ̄⊥ ̄lll)ゲゲッ
と一瞬ヒヤリとしましたが(心当たりがあるので)、
前方で事故があり、しばらく通行止めになるということでした。
「おそらく30分ほどで通れるようになります」
ということなので、すぐ近くの休憩所「砂丘林」さんで休むことに。

パトカーが通行止め解除の連絡にきてくれました。
この後、急に青空が広がって、
雨上がりの濃い緑に輝く美しいサロベツ原野へ。

ヨーダ婆、ようやく晴れてよかったですね。

晴れた日のバイクは、見ていても気持ちがいいです。

手漕ぎの車椅子で進む方もいらっしゃいました。感動しました。
「すごいでしょ、みんな自力で頑張ってるんだよね~。
いい ?あんな風に自転車なんかで、坂道や風の中、
もし苦しそうに走っている方たちがいたら、
バイクの俺たちは能天気にピースばかりしてはいけないよ。
でも、もしも向こうから笑顔で手を振ってくれたら、
こちらからも喜んで、それ以上の笑顔で振って返してあげようね。
元気をありがとう!ってね。」
@BOSSはそんな話をヨーダ婆にしたそうです。そして、
「後ろから人力移動の人を抜く時は、なるべく大きく離れて
バイクの音や風圧のプレッシャーを与えないようにしてあげるんだよ。
すると、その事に気づいたチャリダーさんとかの中には、
お礼の会釈をしてくれる方も少なくないんだよ。よく見ててね。」
「・・・・・。」
それに対してのヨーダ婆の返事は無かったそうですが、
北海道の広大な大地の風の中を自力でこぎ進む、
真っ黒く日焼けしたチャリダーさんたちのことを初めて理解したようで、
心底、感激しているのが伝わってきたそうです。
なぜなら、それ以降、ヨーダ婆は毎回、
チャリダーさんたちとすれ違うたび、また、追い越すたび
聞こえないと知りながら、それでも「がんばれ~」と
詰まるよな声で、声援を送っていたそうですから。

晴れたサロベツ原野。今思い出しても涙が出そうな雄大な風景を
約60kmにわたって堪能しました。
この景色と空気を忘れないように体に染み込ませて走りたくて
もうカメラをあれこれ操作することももったいないくらい。
どうか、どうかまだ終わらないでと願いながら走っていました。
が、道はいずれ終わるもので(泣)、

午後1:00、ノシャップ岬にある「樺太食堂」に到着。
いい天気。ヨーダ婆がどこにいるかわかりますか?
ヨーダ婆の困ったところ、それは「人の話を聞かない」こと。
樺太食堂のスタッフの方が
「オレンジのメニューは大きな丼、
白いメニューは小さい丼、云々かんぬん」と説明をした後に
「食べきれないと悪いから、小さい丼ってないもんかね」
今うなずきながら聞いた話はなんだったんですか・・・( ̄∀ ̄;)汗

小さめの丼でのホタテいくら丼(980円+税)が運ばれてきました。
「わさび醤油をホタテにかけてください。
いくらは味がついていますので」と再び説明を聞いた後、
わさび醤油をいくらにドバドバかけるヨーダ婆。
今もうなずいてましたよね・・・・( ̄∀ ̄;)イイケド

私が目の前の食べ物を撮影する様子を
よく@BOSSが写真に撮りますが
いつも口がうれしそうに笑っているのはなぜ?

ライダーにはおまけでつけてくれる「無敵のウニ丼」ステッカー、
当然、ライダーであるヨーダ婆ももらい、樺太食堂を出発。
ここから35km離れた日本最北端の宗谷岬へ。
午後2:25、宗谷岬到着。

去年、鎖骨折ったままここへやってきたけど、
あれからもう1年たつんだなあ。
この1年の間に、本当にいろんなことがあったなあ・・・と
感慨にふける私。

ヨーダ婆、それはなんの儀式ですか?( ̄∀ ̄;)汗

日本最北端の碑で記念撮影。
この後はできれば今日中に知床まで辿り着きたいところ。
しかし知床までは、まだ300km以上あります。

再び雨が降り出し、気温が急激に低くなってきました。
約110km走ったところでセイコーマートに立ち寄り、
「やっぱり今日中に知床は無理」と判断、コースを相談しました。
実際には無理ではないけれど、今のペースで国道を走ると
夜9時に知床に到着することなってしまうので
ヨーダ婆の負担を考えて、途中のサロマ湖で宿を取ることに。
「サロマ湖ユースホステル」に電話をかけたら
昨日と同じように、食事の用意はもう無理だけれど
近くに食事ができる店がある、とのこと。
今から向かえば、夜7時くらいには着けそうです。
午後4:45、ここから150km先のサロマ湖を目指して出発。
ここからはずっと国道沿いの単調な道が続きます。
@BOSSがバックミラーに写ったヨーダ婆を見ると
目を開けていて、寝ていなかったので
「ハーネスつけてるから、寝ても大丈夫だよ、寝な。」と言うと
「面白くて、目が冴えきって寝るところじゃないよ」との返事。
「怖くもないし、寒くもないし、快適、快適。
こんなにバイクって乗り心地がいいなんて知りませんでした。」
ヨーダ婆はヨーダ婆で、ちゃんとツーリングを楽しんでいるのですね。^^
途中、「道の駅オホーツク紋別」を通りました。
去年は立ち寄った、大きなカニの足のモニュメントがある場所です。
@BOSSはヨーダ婆にそのカニを見せて
モニュメントの前で写真を撮りたいということでしたが
私はそろそろ給油をしないと、あとガソリンは50km分しかないので
二手に分かれて、最初に出てきたガソリンスタンドで
私が給油後@BOSS号を待つということに。

ヨーダ婆、カニの足の前で無事記念撮影。カシャッ。
@BOSS号と別れた私は、今回のツーリングで初めてソロで走ることに。
う~ん、ただの国道も一人で走るとちょっと新鮮、
なんとなく北海道4DAYSのリエゾンを思い出します。
な~んてことを思いながら走っていましたが、
20km走っても30km走ってもガソリンスタンドがありません。
1軒あったけれど閉まっていたし、民家もないし。
おいおい、本当に北4みたいになってきたぞ・・・・( ̄⊥ ̄lll)
サロマ湖まであと15km、ガソリンもあと約15km分というあたりで
ようやく少し大きめの町が出てきました。

あったー!ホクレン!よかったー!(泣)
給油を終えて、交差点から見えるところで待っていると
ちょうど向こうから@BOSS号がやってきました。
もうあたりは薄暗く、サロマ湖畔を走っても湖面は見えません。
アドベのナビにYHの電話番号を入れたら
とんでもない場所の民宿に案内されてしまい、約20分のロス。
夜7:20、ようやく本日の宿「サロマ湖ユースホステル」に到着。
取り急ぎ荷物だけ置いて、
開いていると聞いたお店へバイクで走ってみましたが・・・
お祭りだそうですでに店じまい・・・Orz
この辺で開いているのはもはや地元のコンビニだけ。

コンビニ弁当とカップラーメン。

サンドイッチと湯飲みでワイン。
本日の走行距離、408.7km。
それにしても、最後にこの食事はないでしょう。・゚・(ノД`)ヽ
なんとなくもの悲しい気持ちで早々に就寝。
明日はいよいよ知床です。
最終的には襟裳岬のあたりまで行けるでしょうか?
(エピソード4へつづく)
2009年08月22日
ヨーダの大冒険-エピソード2
(これはお盆ツーリングのレポートです)


8月14日、窓からは朝日が差したり、雨音がしたり。
不思議な天気雨です。

ポーチドエッグにさつまいものサラダ、焼きたてのパンに熱いコーヒー。
大好きなものばかりが並ぶ嬉しい朝食。
8月とは思えない肌寒い朝、ヨーダ婆もぐっすり眠れたようで
かなり元気を取り戻していました。

朝9:40、ユースホステルを出発。お世話になりました。

@BOSSも「ボクの彼女」とお別れ。
彼女から「一緒に写りた~い」と言ってくれて記念撮影。
(よかったですね。笑)
ヨーダ婆も早速ピース、元気です。
実はこの後、YHのオーナーさんと彼女の見送りを受けて
YHを出発した直後、私がUターンでエンスト、立ちゴケ(泣)。
・・・昨日まで2日間、実に800km以上走ってきましたが
河名シート製スペシャルローシートのおかげで、立ちゴケをする以前に
交差点でも、Uターンでも、SAの駐輪場でも全く不安も無く、
「私、もしかして上手くなった??」と錯覚するくらいでしたが
多分、その慢心で操作が雑になったのでしょうか、
2速でターンしてしまいエンスト、こらえ切れずの立ちゴケでした。
YHのオーナさんが駆け寄って起こすのを手伝ってくださり、再出発。
これで2日間でついた自信もどこへやら、ちょっとビビリが・・・。

交差点で地図をチェック。
今日は昨日あまり走れなかった分、たくさん走りたいところ。
大まかなコースを確認し、では出発!
うわっ!
・・・・・・またまた立ちゴケしました。何なんだ~??
「調子に乗ってるとコケるんだよなあ~」と
さっき@BOSSに言われたばかり。
ココは前後左右ちょっと複雑に傾いた道だったのですが、
足つきを考えれば単なる不注意です。
今回の旅では後にも先にも、この2度の立ちゴケだけでしたが、
ここでは、ブレーキのサーボが効かなくなり、右ウインカーも破損。
さあ出発という時に、修理で足止めをさせる羽目に。(TдT)

舌打ちをしながら、工具を取り出す@BOSSのもとに
一頭のゴールデン・レトリバーが。・・・ええっ??

・・・と思ったら、あれ?2頭、3頭も。

私たちがちょうど停まったところのお宅のワンちゃんで
家の前の畑で農作業をする間は、ノーリードで遊んでいるようです。
なんて人懐っこい!私たちから離れようとしません。
こんな様子を見ていたら、バニウトロのことを思い出し
ちょっとだけ鼻先がツーンとしてしまいました。

ガムテープではずれたウインカーのカバーを留めて・・・
結局ブレーキサーボの動作不良は転んだ際にハンドガードが
Fブレーキのレバーに干渉してしまい、戻りが悪くなった為と判明。
ハンドガードの位置調整と、割れて外れたウインカーレンズのを補修。

一丁あがりぃ!
あがりぃじゃねー!転ぶなとあれほど言ったろーが!このドあほ!
ドルァァッ( ゚Д゚)┌┛Σ( ゚∀゚)・∵[[◎]
(by@BOSS)
実は、このウインカーレンズ、立ちゴケした場所で脱落してたのですが
気付かず走り出して、ワンちゃんたちの場所で修理中に無い事が判明。
@BOSSが私の立ちゴケ現場まで走って戻り拾ってきてくれましたが
こういう不注意には厳しい@BOSS、当然、キツーく叱られました(泣)
でも確かにそうですね。
そんなこんなで、ここで約1時間半もロスしてしまいました。
ワンちゃんたちと遊べたのは心が癒されたけれど
以後、気を抜かないで走ります。

お天気も回復してきました。
青空が出ると、北海道の空の広さを実感します。

ヨーダ婆はガソリンスタンドにもだんだん慣れてきたみたいです。
装備品の付け外しも自分で少しずつするようになりました。
・・・それにしてもアドベの隣りに立つとますます小さいですね。^^;
この日は一気に留萌方面へと高速で北上することに。
それにしてもGSで高速道路を走る気持ちのよさといったら!
ちょっとアクセルを開ければすぐに
出してはいけないスピードがビュイーンと出ます。
この加速感!この安定感!!
体からアドレナリンが噴出してきて、
前を走る車がすべて(@BOSS号すら)邪魔に思える自分が怖いです。
高速でがんがん追い抜きをかけながら
@BOSSがヨーダ婆に「怖くない?」と聞くと、
「いいねぇ~、いいねぇ~」と
わかるような、わからないような返答をしていたそう。
気分が良いことだけはわかりますね(笑)。

「あー、楽しかった!」砂川SAでちょっと休憩。
ヨーダ婆も高速クルージングにご満悦の様子。
「このあと、北竜のひまわり畑へ行って、
もし寄れたら深川でスケテツさんのところに寄ってみるけど
あんたが今日立ちゴケで時間をとったからなあ。
ま、時間を見て決めよう。」
・・・私としては、このまたとないチャンスに
こっそりスケテツさま邸に寄って、お家の前で写真を撮って
勝手にブログにあげたいな~と画策していたのですが
立ちゴケした身としては返す言葉なし。(泣)
とりあえず先へ進みましょう。
インターを降りて深川周辺に入ると
青空を覆うように、突然すごい雨雲が広がってきました。

ええ~!これからヨーダ婆にひまわり畑を見せるのに
今の今まで晴れていて、いきなりそれはないでしょう(泣)

ホントに暗黒のフォースみたい・・・・・( ̄∀ ̄;)汗
北竜ひまわり畑に到着。
ひまわりの花は、太陽の下で見るのとそうでないのとでは全然違うから、
お願い、もう少しそっちへどいて!と雲に願うけれど、
黒い雲はどんどんこちらに押してきます。

「じゃあ私が晴らしてあげようかね」と空を見上げるヨーダ婆。

「えーーーーーーーーい!」
このポーズはヨーダ婆が冗談でとっているだけですが
なんだか雲が戻っていくではありませんか。
うわーーーーー、ヨーダ婆、すごい!(ノ゚д゚)ノ オォォォ

さすがはヨーダ婆、日が差してきました!ばんざーい!
「どうです、私、すごいでしょ!カッカッカッ~」

さっそく観光客らしく「ひまわり号」に乗り込みます。
(牽引はトラクターです。笑)

@BOSSによる背景ぼかしのなんちゃってサービスショット。(笑)

すごい、おとぎ話の国みたいです。゚。( ̄▽ ̄)ポワーン

この人も、おとぎ話の住人みたいです。(笑)

ヨーダ婆はおまけで半円の虹まで出してくれました。
一面のひまわりを堪能し、出発前にひまわりソフトを食べて
午後5:30、駐車場にて地図を広げて今夜の宿探し。
この時点でスケテツさま邸ピンポンダッシュはカット決定、残念!
(ハイ、すべては私が悪いんです。くすん。(;д;))
地図を見ると、ここから1時間くらいの増毛(ましけ)という町に
ユースホステル系の「旅人の宿」があるようです。
昨日のYHでの交流に気をよくして、やはり今夜も
楽しいコミュニケーションを期待して空室の確認。
電話をすると、夕食はもう難しいけれど
目の前に食事の出来るお店もあるから大丈夫、とのこと。
ここを予約して、海辺の町、増毛へと向かうことに。

国道は車も多くあまり飛ばせませんが、
一本入った道道は気持ちよくエンジンを回して走ることができます。
約20km以上民家も何も無い道道を走り抜けて増毛へ向かいました。
少し雨が当たり始めましたが、合羽を着るほどではありません。
夕暮れの増毛の町を走ると、いたるところからジンギスカンの香りが。
途中の民家の軒先や車庫の中では、あちらこちらで宴の輪。
時に2軒並んでジンギスカンというところもありました。
やっぱり好きなんですね。
お盆で親戚も集まってるのでしょうか。

午後6時、旅ing人の宿「ぼちぼちいこか」に到着。
増毛は古い歴史的建造物がたくさんある町らしく
この「旅人の宿」の建物も不思議な感じです。
宿では、人懐っこそうなオーナーさんがご歓待。
何だか親戚の家に帰ってきたような感じがたまりません。
でも、オーナーの一休さん
「最初は、違うお客さんだと思いました」とのこと。
「電話では、バイク2台で、男性1人と女性2人と聞いたいましたが
着いたバイクは男性1人、女性1人に、『子供さん1人』。
これは別のファミリーの飛び込みだな、と思いました。」(笑)
そして、バイクから降りたヨーダ婆に
「しかも、『子供さん』と思ってたら・・・・・・」
オーナーさんの願ったりのリアクションに、
「はい、私はお婆さんです!カッカッカ~!」
してやったりと笑うヨーダ婆です。
荷物をおろして、まずはひとっ風呂!といいたいところですが
お店が閉まるといけないので、夕食を食べに、
お客さんで満員だったお向かいの「まつくら」さんへ。

「ホヤの塩辛」にもありつけて、それを肴に生ビールで先ずは乾杯!
北海道に来ると@BOSSは必ずホヤを探します。
「まつくら」さんのは、ホヤ独特の風味が生きていて美味。

喉を潤した後はおすすめの丼を。
甘エビがものすごくおいしかったです。
夜は9時から希望者による飲み会。
部屋を暗くして、灯すのはランプひとつだけ。
ショットバー制で、空き缶に飲んだ分だけ小銭を入れていきます。

オーナーの「一休さん」によるミニライブも。
学校を卒業して、3年かけて自転車で日本一周したことや、
ユースを始める前にインドを旅した時の話を聞かせていただきました。
こんな話ばかり毎日聞いていると、旅心に火がついちゃうなあ。
同宿の皆さんとも話も盛り上がり、お酒も美味しくて困りました。^^;
ヨーダ婆も同宿者の方々から質問攻めの「ハッピータイム」。
「怖くないですか?」「何でバイクで来ようと思ったんですか?」
「最初は、一度、不安で断ったんですよ。」
「でもせっかくの事だから、思い切ってきちゃいました。」
「でも、ホント良かったです。バイクがこんなに乗りやすいなんて。」
俄然、元気が出てきたようです。(笑)
皆さん、興味津々、ある年配のライダーさんは
「うちのお袋も、今度、誘ってみよう」と言って真剣に聞いていました。
話は尽きませんが、まぶたの重くなった順に就寝。
本日の走行距離217.6km。
う~ん、なかなか前へ進みません。
外は強い雨が降っていますが
明日こそはどんどん北上して、知床へ行かなくては!
(エピソード3へつづく)
2009年08月21日
ヨーダの大冒険-エピソード1
(これはお盆ツーリングのレポートです)


8月13日、朝9時40分、函館着。(写真は着岸前のフェリーの中から。)
疲れきったヨーダ婆のフォースは天に通じず、
予報どおり天気は雨です。(泣)
昨日は朝からほとんど飲まず食わずだったので
目が回りそうなくらいお腹がぺこぺこ。

ターミナルを出て、ヨーダ婆のタンデムの支度をします。
私と@BOSSだけならこのまま走って北上ということも考えられますが
ヨーダ婆が一緒なので、あまり強行なスケジュールはやめて
まずは函館朝市で遅い朝食(早い昼食?)を食べることに。
函館朝市といえば、人と車が行き交う観光名所。
私がいきなりそんな人混みにGSで行っても大丈夫かいな、
と思いましたがこれも意外と問題なし。
なんだか私のGSに関しては、あまり心配はいらないようです。
GSで練習なんかぜんぜんしていないけど
いつの間にか乗れるようになっちゃったみたいです。
(ちょっと拍子抜け^^;)

給油の後、10:30、バイクを停めてさっそく朝市へ。

こちらを睨むようにハサミを向ける大きなカニに
子どものように驚いて笑うヨーダ婆。

朝市を歩いていると、いろんな人がヨーダ婆に声をかけてきます。
学生さんらしい二人連れもヨーダ婆を見てひと言、
「カッケー!」(笑)
ヨーダ婆の疲労回復の特効薬、それは
「まさか、バイクに乗ってきたんですか??」という感嘆の声。
「怖くありませんか?!」
「いえいえ、もともと乗り物が好きなもので、全然平気です。
私いくつに見えますか?こう見えて78なんですよ、カッカッカッ」
この会話だけで、3時間は充電されるようです。(笑)

いっただっきまーす!
本当は私たちがもっと早く函館に着くフェリーに乗れていたら
函館在住のumiさまが迎えてくださるとメールを頂いていたのですが
残念ながらこの時間ではお仕事でお会いすること叶わず。(泣)

この朝も「一緒に行きたかったです(TдT)」というメールを頂いたので
せめてumiさまに影膳を。(お茶だけですが。(-人-))
食べ終わると、もうお昼過ぎ。
去年は朝着いたら、そのまま稚内まで630kmを飛ばしましたが、
ヨーダ婆が船酔いと寝不足でまだ元気がないので
今日のところはあまり無理をせず
函館からなら約3時間、5時前にはチェックインする予定で
行ったことのないニセコに宿を取ることにしました。
でも、やはりお盆です。
何件か電話をかけたけれどどこも満室。
そこで、YH(ユースホステル)に聞いてみることに。
「ニセコアンヌプリ・ユースホステル」が取れました。
くまちゃんがみたいと言うでしょうから、
一応走っている動画も上げておきます。
(ただ着膨れて走っているだけですが。^^;)
そういえばこの日の朝、
「オビワン・ケノービとヨーダ一行はどこまで来ましたか?」
というメールがumiさまから届いた、という話を@BOSSにしたら、
その設定が結構気に入ったらしく、インカムから
「そうだよ、あんたバイクを俺から教わってるんだから
今度から俺のこと、ボスじゃなくてマスターと呼びなさい!」
りょ、了解しました、マスター・オビワン・ヒゲノービさま。( ̄∀ ̄;)汗
途中、ヨーダ婆のスペシャル座布団が少しずれたということで
これを直すために高速手前の駐車場に立ち寄りました。
座布団を直した後、出発する際、
ヨーダ婆は外したグローブをパニアケースの上に置いたままだったらしく
そのまま高速に乗ってしまったので、
片方のグローブが何処かへ飛んでしまったそう・・・(泣)
「道の駅くろまつない」で休憩。

雨もあがったようなので、合羽を脱ぎます。
ここでグローブの一件が@BOSSにわかったので、さあ大変。
「ちゃんと自分の装備を確認してからバイクに乗る事!(怒)
乗った後にグローブをはめるつもりでいて、それを忘れていたなら
例え走り出していたとしても、気付いた時に直ぐに言わなきゃ!」
それに対してヨーダ婆、ちょっとカチンときたらしく、
「悪かった、グローブ代払うから、買ってくれ」
げげっ!ヨーダ婆!そんなことを言ってしまったら!Σ( ̄⊥ ̄lll)
「金を払うって・・・、俺は金の話しをしているんじゃない!
大体その前に、バイク用のグローブがいくらするかわかってるのか!?
それに、軍手と違ってそこら辺で買えるもんでもないんだよ!
特に、今回していたのは特別小さいサイズだから
その辺の普通のバイク店で簡単に手に入らないの!
だから、俺はなくしたりしないように気をつけることが大事だって
そう言ってるんだよ!それを金で解決しようなんて!!(怒・怒・怒)」
・・・いえ、いいんです、あれは私のメンテナンスグローブなのだから。
な~んてことを、私が脇から口出ししようものなら火に油を注ぐことは必至。
ヨーダ婆、ここは嵐が通り過ぎるまで我慢ですよ、我慢。(><)
ヨーダ婆、肩を落としてシュン。(かわいそうに・・・)
フォースのレベルも一気にダウン、
明日も天気の回復は望めないかも。(泣)
まあ気を取り直して、ソフトクリームでも食べましょう。

私には一杯で目が覚めるような、熱くて濃いコーヒーをください!

道の駅から約40分走った午後4:40、
ニセコアンヌプリユースホステルに到着。
ペンションといっていい素敵な建物です。

夕食は6時からコース料理。ワインもついています。
サラダ、スープ、ムニエル、グラタン、ソテー、柿のシャーベット、
YHでこの食事で料金も1泊2食5千円ちょっと、素晴らしいです。
食事のあと、希望者にはオーナーさんが
開湯100年という近くの日帰り温泉に
送迎をしてくれる、ということだったのですが
ヨーダ婆は疲れてとにかく休みたいということでパス。

こちらが「日本秘湯を守る会」にも入っている鯉川温泉。
露天風呂は、鹿や猿が目の前に降りてきそうな雰囲気で
お湯も肌がすべすべになるとてもいい温泉でした。

おまえは貞子か。(笑)

宿に戻って、9時からティータイム。
20数年前、宿を始める前にアフリカ大陸を車で旅したという
オーナーさんのお話をお聞きしました。

与勇輝さんの作る妖精人形のような、宿で出会った少女。
@BOSSはああ見えて(笑)絵を描くのですが
この子が知り合いだったら、きっとこの子の絵を描いていそう。
それくらい@BOSSのインスピレーションにドンぴしゃりな感じです。
(名前がわからないので「ボクの彼女」と呼んでいました。^^;)
大人に媚びずに自分の言葉で話しかける子で
日本ではあまりこういう子にお目にかかれないので
私もとても印象に残っています。
@BOSS曰く、「将来が楽しみです」

ところで、ヨーダ婆はこの日、持参した「ハッカ薬」を肩や足に塗り
結局、内風呂にも入らずそのままぐっすり。
まだ1日目なのですが・・・
この日の走行距離、175km。
う~ん、ちょっと去年とは勝手が違います。
果たして、ヨーダ婆は5日間着いてこれるのか!
そしてこの先、フォースの威力は発揮されることはあるのか!?
(エピソード2へつづく)
2009年08月20日
ヨーダの大冒険-プロローグ
(これはお盆ツーリングのレポートです)


8月12日、晴れ。
今日からお盆休み。
結局、昨日まではお盆前の仕事に追われ
北海道へ向けての準備は全く手付かずだったので、
朝8時前から、順番に始めたものの
あれこれ細かい準備が終わらない、終わらない。
この青空の下、青森まで走ったら
どんなにか気持ちがいいだろうなあと思いながら
限られたパニアケースのスペースに入るように
持ち物をセレクトしながらパッキングしていきます。

ジャーン、ヨーダ婆登場。御年78才。
何度か紹介したとおり、このお方が出かけると
晴天率95%を誇るという、「スーパー晴れ女」。
どうか青空の北海道を私たちにみせてくれるようにと
今回@BOSSがタンデムで連れて行くことになったわけですが、
初めてのバイクツーリングということでかなり緊張しているようす。
ウエアは結局、小さめのMSRのジャケットに
JTのモトパン、そしてダイネーゼのジェットヘル。
「赤くてかわいいでしょう?」
はい、とてもかわいいです。(笑)
さて、このところの新潟にしては
珍しく青空の広がったきれいな一日でしたが、
準備でどんどん時間が経って、青空はやがて赤い夕焼けに。(泣)
去年は午後3時には会社を出たはずなのに、
今回は午後6時を回って、ようやく出発の目途が立ちました。
「あんた・・・・これから青森まで走れる?」
えーと、今から出発するとノンストップでも深夜3時に青森ですね。
途中給油や休憩をいれなければならないでしょうから
おそらく青森港には朝4時か5時頃でしょうか・・・( ̄∀ ̄;)ダメカモ
例のごとく、今回も青森からのフェリーは予約しておらず
到着次第、乗れるフェリーに乗り込む予定。(キャンセル待ち覚悟)
でもまあ、今から会社で仮眠をとっても前に進まないので
とにかく行けるところまで行ってみることに。

河名シートの小野寺さんからお借りしたGSアドベに
「ちょこん」とタンデムで乗るヨーダ婆。

初めてのロングツーリングがいきなりこんな辛い旅になるとは
想像もしていなかったかまた。(泣)
午後7時。とにかく北へ向かってサロン・ド・アトラスを出発!
ヨーダ婆の背中を見ながら、国道290号を安田ICへ向かいます。
約一年ぶりのGSで突然の夜間長距離走行。
北海道ツーリングの楽しみさもさることながら
不安も大きかったので、結構心配していたけれど、
河名シート製スペシャルローシートのGSは
思っていたよりずっと乗りやすく
信号も一時停止も、おかげで難なくクリア。

かまた、記念すべき(?)初めてのセルフ給油。
午後8時、磐越→東北自動車道に乗り、一路青森へ。
お盆の帰省もあるでしょうが、高速料金1000円効果で
去年と比べものにならないくらい、とにかく車が多いのにびっくりです。
どのサービルエリアも満車・満車・満車。(夜なのに・・・)
給油をしてこなかったら、SAに入ることすらままならず
大変なことになっていました。
途中、前方の事故で大渋滞。
車が多すぎてすり抜けも難しく、
いきなりHMSバランスファーストで習うような
超低速走行をしばらく強いられましたが
マシンのおかげかシートのおかげか、意外とこれも簡単にクリア。
それよりも、初タンデムのヨーダ婆が、@BOSSの肩越しに
前方の事故の様子を見ようと、お構いなく体を左右にゆするため、
さすがの@BOSSも、借り物のADVなので
超低速走行中に動く「荷物」が突然「グラッ」と来るのには
毎回冷や汗ものだったようです。
深夜11時30分、高速に乗ってちょうど3時間。
鶴巣SAにて、給油と遅い夕食を兼ねて初休憩。
ここもかなり車が混んでいます。
残念ながらレストランは終わっていたので、屋台で食事。

なにやらおいしそうなものが。

これにビールが飲めたら嬉しいのですが。(笑)

ヨーダ婆は焼きソバ、私はドネルケバブ(トルコ風サンドイッチ)。
ここで青森までの丁度半分くらい。
今夜はあと約300km走らなければなりません。
でも、「GSは疲れない」と聞いていましたが
風圧を受けないためか、確かにほとんど疲れは感じません。
30分ほどの休憩で再び出発。
駐輪場のバイクに戻り、バイクに乗ろうとした時、まわりから
「あ、あ、あーーーーーーっ!」という声が。
@BOSSのマシンがヨーダ婆を乗せたまま
ゆっくりスローモーションで傾き始めました!!
幸い、周りにはヨーダ婆とGS2台の私たちを珍しがって
集まっていたバイク好きの方々が大勢いて
とっさに数本の腕が伸びて、傾くADVを支えようとしてくれたので
超ゆっくりなまま、そ~っと横倒しになりました。
が、横にころがったヨーダ婆、大丈夫ですか!?!?Σ(゚□゚;)
周りにいた人たちも手伝ってくれてアドベを起こしましたが
ガソリンを満タンにしたばかりのアドベは重いのなんの!
聞くと、ここまで数度の乗り降りで
多少はバイクにも慣れたヨーダ婆が
@BOSSの手助けなしで早速マシンに乗り込み、
サイドスタンドを立てて左に傾いているマシンに対して
不用意に体をゆすって体重を右にかけて傾き始めたらしいのですが
@BOSSもまだバイクから離れていたので止められず
とっさに皆でバイクに飛びつき、支えあってクッション代わりに。
おかげで、何の衝撃もないまま、ガード類にも傷も入らず無事でした。
ひゃ~~~、びっくりした~~~!
ヨーダ婆はショックを隠しきれないようですが
手伝ってくださった皆さんの見送りを受けて出発。
青森に近づくにつれ、雲が低くなり、ポツポツと雨が当たってきました。
GSは多少の雨なら、ほとんど体に当たらないのですが
雨足はどんどん強まる一方で止む気配がありません。
深夜1時15分、先ほどのSAから45分。
雨具を着るために、パーキングで2度目の休憩。

さっきの横倒しにまだショックを引きずるヨーダ婆。
合羽を着ることもまだ慣れていません。
やっと合羽を着て、再びバイクに乗り込む際、
「停まっているバイクでは、絶対に右側に
重心をかけたらダメなんだからな!いいな!」
@BOSS、ヨーダ婆でも容赦なし。
ヨーダ婆にとって何が一番大変かって
こんな時間に雨の中、起きて走らなくてはならないことよりも
勝手のわからないバイクでのあれこれ、
例えばバイクの乗り方、降り方、ヘルメットの置き方、
何をしたら危ないのか、何をしてはいけないのか、
どれもこれもが初めてなので
それらに慣れることが何より大変そうです。
気を取り直して、青森へ向けて再出発。
どしゃぶりの中、前方ではヨーダ婆が眠ったらしく
@BOSSの背中で、体が45度に傾いています。
去年私がつけた「堅い絆」をつけているから安心ではありますが。
そのまま再び約3時間走り、(よく寝ませんでしたね、私^^;)

午前4時30分、出発から630km、雨の青森港到着。

もう夜が白々と明けてきました。(泣)

雨の中たたずむヨーダ婆。お疲れさまでした。大丈夫ですか?

そのヨーダ婆をカメラに収める@BOSS。
東日本フェリーの朝5時30分のフェリーはすでに空きがなかったので
津軽海峡フェリーのターミナルへ。

カウンターにてキャンセル待ちの手続き。
朝9時のフェリーには乗れそうだというので
ターミナルの2階で2時間くらい仮眠をすることに。

ヨーダ婆、完全にダウン。そりゃそうですよね・・・
私も少し横になろうかな、と思ったところに
7時の便に乗れる可能性ありと館内放送があったので
再び手続きカウンターへ。
7時青森港発の高速船「なっちゃんワールド」の
ビジネスクラス(何それ?)が取れたので
仮眠する間もなく搭乗手続きに向かいます。
嬉しいような、少しくらいは寝たかったような・・・(TдT)

同乗者であるヨーダ婆は一般乗船口へ。
@BOSSと私はバイクを車両置き場へ停めて、
「ビジネスクラス」とやらへ向かいます。

なるほど・・・これがビジネスクラスですか・・・。
飛行機と同じように、エコノミークラスは
もう少し座席と座席の間が狭くなっているのですが
それ以外あまり「ビジネスクラス」らしさもない気がしますが・・・
(私はまたCAがドリンクを運んでくれるのかと思いました。)

疲労しきったヨーダ婆。
ウエアを脱ぐのも一苦労。
この後、寝不足のためか、初めての船酔いで
胃の中のものをすべて吐いたそうです。
私は船酔いのヨーダ婆に気づきもせず、あっという間に昏睡状態。
正直こんなビジネスクラスよりも、
貨物フェリーのようにゴロ寝が出来たほうがはるかに嬉しいのに。
初日からヨーダ婆にとってかなり過酷な旅となりましたが、
3時間後にはいよいよ北海道です。
(エピソード1へつづく)
2009年08月12日
行ってきマンモス!
お盆休みは集中練習をするかロングツーリングに行くか。
マシンを65にスイッチして練習を始めた
「開けろ!!すばる君」のことを考えると
とても迷うところではありますが、
昨年のお盆ツーリングは、鎖骨骨折中だったため
@BOSSにタンデムされて走った北海道。
来年こそは自分で走る!とタンデムシートで悔しがったことを思い出し、
今年はリベンジツーリングに決定しました。
(それにこれ以上GSをほったらかしておくと
次はどんな風にへそを曲げるかわからないし・・・・・)
ということで、かまた、免許を取って以来、初のロングツーリングです。
(ラリーでも1600km走ったけれど、あれはあれ。)
@BOSSが「てるてるぼうず」のヨーダ婆をタンデムすること、
河名シートの小野寺さんからGSアドベを貸して頂いたことは
前述のブログでご紹介した通り。

それにしても、朝から気持ちのいい天気です。

ようやく遅い夏がやってきた新潟を後にして向かう先は

全道、雨の北海道・・・・・・・・・・・・・・・゚・(ノД`)ヽアウアウ
ずっとずっと雨に降られて、最後になってようやく晴れた
去年と同じパターンになるのでしょうか。
まあ、気を取り直して準備にかかりたいと思います。

朝10時すぎ、元気に準備をしています。
そして今、陽も完璧に傾き始めた午後6時。

パッキングが終わらず、まだ会社にいる@BOSSと私。(泣)
たしか去年は午後3時に会社を出発して
青森港に深夜0時すぎに着いたはず。
今年はそれより3時間ほど遅い出発、
しかも、スピードの読めない「かまた号」との2台体制。
到着して空いているフェリーに乗れたら乗る、という
行き当たりばったりなスケジュールですが
まずは青森まで700km、ノンストップで7~8時間の道のり、
(去年は給油と休憩を入れて9時間かかったはず。)
青森港まで無事に辿り着けるのかという問題が・・・( ̄∀ ̄;)汗
なお、ツーリング期間中はたぶんブログを更新しません。
それでは皆さまも素敵なバカンスを。
行って来ま~す!(まだだけど。泣)
2008年09月05日
北海道ツーリングDAY-6
(これはお盆休みのツーリングレポートです。)
DAY-6 小樽港~新潟
長かった北海道ツーリング(&長かったレポート)も
今日が本当に最終日です。
書いている間に、世の中はすっかり、
秋刀魚のおいしい秋になってしまいました。
オスパの大広間で目を覚ますと、
隣に寝ていたオジサンライダーさんたちは朝4時頃起きて
すでに出発したらしく、もう荷物もなにもありません。
同じ頃に起きて、朝風呂に入ってきた@BOSSが
彼らから聞いたという情報によると
近くで朝市が行われて、ご飯が食べられるらしい、とのこと。
いつもなら、10時30分出航のフェリーなので
ゆっくり準備をして、8時頃から新日本海フェリーの
ターミナルのレストランで朝食を食べますが
これはぜひとも行ってみなくては!
朝6時00分、オスパを出発。

フェリー埠頭に近くて便利なオスパ。今回もお世話になりました。
すぐ近くの市場に行ってみましたが、開いている気配もなく、
一旦オスパに戻りスタッフの方に道を訊ねました。
ついでにセブンイレブンで寂しくなった懐にお小遣いをチャージ。
オスパから直接行けばバイクで3分くらいのところに
その朝市はありました。(知らなかった~!)
何度も小樽には来ていますが、ここは初めてです。
6時30分、鱗友朝市に到着。

鱗友(りんゆう)朝市の前で。

食堂のんのんのお母さん。
「お盆で漁もお休みだったから、今日は冷凍ものが多いの。
今朝入ったばかりのサンマとイカを味わってほしいなあ。」

味のある店内。すでにお客さんはいっぱいです。
地元のお父さんが朝から一杯飲んでました。
このお店は観光客向けではなくて
朝市に来る地元の方のお店のようですが
ライダーもすでに何人か来ていました。

私はお母さんおすすめの、サンマとイカの「おすすめ丼」を。900円

@BOSSは一番人気の「のんのん定食」を食べました。850円
ごちそうさまでした。おいしかった~!
食堂を出て、市場の魚介類をぐるりと見ながら帰ろうとしたら
突然、@BOSSが胸やお腹のポケットに手を当てながら
「忘れた!」
何ですか?お財布?免許証??
「お金払ってくるの、忘れた!」
ええーーーーーー!!
そういえばお店を出る時に
「ごちそうさまでしたー」「ありがとうございましたー」と
フツーに挨拶しただけだった!
大急ぎで引き返してお店に入ると、まったく慌てた様子もなく
お店の人も笑っていました。
あやうく食い逃げするところだった・・・・・・( ̄∀ ̄;)汗
7時20分、笑い話のような朝食のあと市場を出発。
さて、朝市でご飯を食べると、
フェリーの搭乗時間までかなり時間があります。
この時間、開いている観光施設はほとんどありません。
そこでツーリングマップルを開いて・・・、

北海道指定有形文化財である「小樽市鰊(にしん)」御殿。
7時30分、到着。
鰊漁が盛んだった当時、
鰊大尽と呼ばれた積丹半島有数の網元、田中福松氏が
7年の歳月をかけ泊村に建設したのを移築した建物で
これを小樽に移築したものだそうです。
残念ながら開館は9時。
遠くから当時の栄華を偲ぶのみです。
鰊御殿に隣接する「おたる水族館」の上に登ってみると
高島岬に広々と海を見渡せる公園がありました。

「この場所に名前をつけてください」という看板がありました。
まだ名もなき公園で、時間までゆっくりと海を見て過ごすことに。
海の方から牛の鳴き声のような音がしたので見てみると
「おたる水族館」のうらのプールからでした。
何かがたくさん泳いでいるのが見えました。

公園から見下ろす「おたる水族館」。あざらしのプールでしょうか。
そろそろフェリーの搭乗手続きが始まる時間、
小樽港へと向かいます。
8時40分、フェリー埠頭に到着。
これで北海道内での走行は終わりました。
ここまでの走行距離 2558.3km(本日は約24km)でした。

新日本海フェリー小樽のターミナル。
ぞくぞくと本州へ帰る車やバイクが集まってきます。
乗船まで駐車場で並んで待っていると係員が近づいてきて
今回はタンデムでの搭乗は禁止との事。
「荷物を取りに船底まで往復しないといけないの?」と
@BOSSが係員に尋ねますが、とにかく乗船は別との事。
パッセンジャーは一般の旅客と一緒に
旅客搭乗口から歩いて行かなければなりません。
仕方なく、その場でパニアケースやリアバッグから
自分の分の荷物を出してもらって、@BOSSは再度荷造り。
(無駄な作業にイラっとしてましたが、規則は規則。)
私は、自分の荷物を持ってターミナルへと向かいます。

まるで飛行場のような「動く歩道」。

歩道の窓からバイクが乗り込む様子が見えました。

これが今日新潟まで私たちを乗せるフェリー「らいらっく」号。
午前10:30、定刻どおり小樽を出発。

いよいよ離岸。大きく手を振って北海道にお別れ。
だれが見送っているわけではありませんが
やっぱり旅の終わりは、なんとも切なくなります。
ありがとう、北海道でお会いしたたくさんの皆さん。
「また来ま~す。」(来年の北4?)
北海道は大きくて、出発してからも数時間は
岸が見えなくなることはありません。
しばらくの間は半島を眺めながら、この数日間に思いを馳せます。
すると船内放送が。
デッキでビアガーデンをオープンしたとのこと。
夏のフェリーは初めてなので、ビアガーデンも初めてです。
お天気もよかったので、さっそくデッキへ。

デッキに出ると、たくさんのかもめが空を飛び回り、
乗客が投げるスナックを待っていました。
私も売店でパンを買ってきてさっそく挑戦。

小片を持っていたら、指まで食われてしまいました。(泣)
しばらくして、かもめに手からパンをやるコツが
だんだんわかってきた私。
ポイントは「アイコンタクト」です。(笑)
一羽に狙いを定めて、「お前にやるよ」ということを目で伝えてから
タイミングを見てちぎったパンを掲げると
上手にササッと手から加えて飛んでいきます。
かもめが慣れているのだ、という説もありますが。(笑)
さて、ラリーの時は行きも帰りも、船内のビュッフェ形式のレストランで
文句をぶーたれながら食べるしかありませんでしたが
今回はこのビアガーデンにて、ジンギスカンを食べることに。
難を言うと(またかい!)、テーブルは10個あるのに、
ジンギスカンを焼けるのは5つしかないこと。
それもちゃんと焼く装置(IH)は全てに付いているのに
「使わない」というだけらしい。(なぜ?)
結局、残りのテーブルは、順番待ちだけに使われ、
純粋にビールを飲みたい人は空きテーブルがなかったり。
「・・・無駄だ~!」
心の中で、大海原に向かって叫びました。
これだけ待っている人がいるんだから
もうちょっと回転をよくする効率を考えてほしいものです。
・・・・・などというクレームも、
自分たちの順番が回ってくればどこへやら。(笑)

船上で、海風に吹かれながら、生ビールとジンギスカン。
「もっ最高!」( by クッキングパパ)
お腹いっぱい食べて、気持ちよく船内へ。
しだいに北海道が見えなくなってきました。

フェリーのビュッフェの夕食は相変わらずでしたが、
最後の晩餐、今回くらいは笑って食べましょう。(笑)
それにしても、このワイン!!!(キーーー!)
さて、6回に渡ってお届けした、
長い長い旅のレポートを読んでくださった皆さん、
どうもありがとうございました。
北海道4DAYS、そして今回のツーリングと
思いもかけず、2ヶ月続けて訪れることのできた北海道。
大きくて広い北海道は、どうしても駆け足の旅となってしまいますが
できたら今度は、丸1ヶ月くらいかけて
じっくりと走ってみたいものです。
そういえば、去年の今ごろ(9月6日)、
初めて免許センターで、普通二輪の試験を受けて
ミスコースで落ちたのでしたっけ。
あれから1年、いろいろなことがありましたね。
バイクに乗って、いろいろな方と知り合い、
知らなかった世界が広がりました。
ラリーも経験したし、鎖骨も折ったし。
北海道へ行かれたことがある方には
いまさら私が何を言わなくても
その素晴らしさを実感されていることと思いますが、
もし、バイクの免許を取ってから
まだ北海道を訪れる機会のない方は、
ぜひ、時間をやりくりして、北海道を走ってみてください。
必ずこう思うはずです。
「バイクに乗っていてよかったー!」
(おわり)
------------------------------------------
翌朝6時25分、新潟港、下船。
会社には7時32分に到着。
全走行距離 2630.8km でした。
2008年09月02日
北海道ツーリングDAY-5
(これはお盆休みのツーリングレポートです。)
DAY-5 襟裳岬~小樽港

明日の朝10:30出発のフェリーが取れたので
今日はゆっくりと小樽を目指します。
朝5時30分起床。
昨晩、あまりにも気持ちのいい温泉だったので
温泉の開始時刻を待ち、早朝からお風呂に入りました。
7時から朝食。
夕食同様に、心のこもったおいしい朝食で気持ちも満足!
着替えを済ませて、GSに荷物の積み込みをしていたら、
同宿だった老夫婦が出発しようとしたけれど、
車のエンジンがかからず、宿のご主人もダメだったとSOS。
頼まれた@BOSSが応援に駆けつけてみたところ、
新車のカードキー仕様車だったので、使い方を間違っていたらしく
@BOSSがスタートボタンを押すと一発で始動。
カードキーの使い方もご指導し、老夫婦を皆でお見送り。
ちょうどGSの準備も出来たので、出発前に宿のご主人と記念撮影。

お世話になった「えりも観光館」のご主人。
おみやげに、襟裳岬特産の「ちょうちょ貝」を頂きました。
8時30分、えりも観光館を出発。
宿のご主人は、私たちが道路に出て見えなくなるまで
ずっと手を振って見送ってくださいました。
レコード大賞を受賞した森進一の曲で知られる襟裳岬は
日本有数の強風地帯として有名で
町のパンフレットによると、
風速10mの風が吹く日が年間に290日を超える風の岬で、
時には風速30mになる日も珍しくないのだそうです。
昨夜、お風呂の前においてあった、襟裳岬の漫画を読みました。
襟裳の「百人浜」は、開拓期に内地からの入植者による伐採で
大地はまるで砂漠のようになり、昆布も魚も採れなくなりました。
そこで昭和28年から何年にもわたり、
厳しい自然と闘いながらの緑化事業が進められ、
林野庁と村人たちの血のにじむような努力の結果
現在の緑と豊かな海を取り戻したのだそうです。
ほんの、50年くらい前の話です。
(漫画を読んだ記憶でのあらすじなので、違ったらご報告ください。)
宿から1~2分で襟裳岬の駐車場に到着。

宿を紹介してくれた「えりも食堂」のお母さんにもう一度お礼を。

今日はそれほど風は強くありません。

岬の先にある岩礁群は日高山脈の一部だそうです。
おばさんのお土産店で、ご当地キーホルダーなどを買い
8時55分、襟裳岬を出発。
襟裳岬に別れを告げて、海岸線沿いに
国道336号、襟裳国道を進みます。
海沿いの道路を進んで眼についたのが昆布!!
様似の町では、どの家の庭先・・・・というより、
町中の、空き地と言う空き地に
昆布が敷き詰められていました。

庭先も、駐車場も、空いている土地は昆布で埋め尽くされています。

海には、一人か二人乗っている
小さな小舟がたくさん浮かんで昆布を採っています。

岸ではそれを待つ、クレーンを積んだ軽トラックが待っています。
小舟が着岸したと同時に昆布をクレーンで吊り上げ、
家族が作業をしている家や空き地へと運びます。

昆布漁の最盛期なのでしょうか。
夏休みということもあってか、小さな子供からお年寄りまで
一家総出で昆布を広げている風景を
走りながら何kmにもわたって見ることができました。
本当に昆布漁の町なのですね。
日高幌別で国道235号にスイッチ。
日高町は、言わずと知れた「サラブレッド」の町。
海風を受けながら気持ちよさそうに馬たちが走る牧場が
いくつもいくつも並んでいます。
10時50分、道の駅「サラブレッドロード新冠(ニイカップ)」で休憩。
@BOSSは馬のオブジェをお土産に買っていましたが、
私はここでもソフトクリームを堪能(試食?)。
11時25分、道の駅を出発。
苫小牧から、国道276号で内陸へ。
支笏湖~ニセコ経由で小樽方面へ向かう予定です。
支笏湖周辺は、さすが観光地、車やバイクの量が増えてきました。
支笏湖は日本屈指のカルデラ湖で
美しい湖の周りをバイクで走るのを楽しみにしていたのですが
国道を走っていても、湖を囲む街路樹で湖が取り囲まれて
湖畔を歩くか自転車で走りでもしないと
水面はあまりよく見えないんですね・・・・・(^_^;)残念。
13時40分道の駅「フォーレスト大滝」で軽食を取ることに。

大きなログハウスの並ぶ道の駅。
道の駅自体がショッピングモール風で、大きな観光地といった感じ。
大型バスもどんどんやってきます。
「100円のきのこ汁」が有名だそうですが
並ぶのが嫌だったので、「いももち」を買って食べました。

自動演奏のピアノ。トイレの中もまるでホテルのよう、
名づけて「1億円のトイレ」だそうです。(^_^;)ウーム
これも観光の目玉、お土産売り場の一番奥にある点もミソ。
14時20分、人混みにちょっと疲れて出発。
再びワインディングへ。
15分ほど走り、道も平坦になったあたりで、
「絞りたて牛乳」の看板が目を引きました。
この牧場で絞った自家製牛乳を飲ませてくれるようです。
14時35分、牧場で再び休憩。

実は・・・北海道で絞りたて牛乳を飲むのが夢だったのだ~。
(なんて安い夢~(笑))

入り口に、子牛が2頭お昼寝をしていました。

「幸せの牛乳」という名前の搾りたて牛乳。いただきま~す。
おいしい!生クリームを飲んでいるみたい。
中庭ではヒーリングをしている若者が数名います。
牛乳を売っていたのはここのお母さんだと思いますが
太陽をいっぱい浴びて働いているのでしょう、
顔いっぱいのソバカスが、とてもチャーミングでした。
先ほどの「豪華」な道の駅とは、まったく正反対な休憩でしたが
大満足!!北海道に来て、よかった~~という充実感に包まれて
14時55分、出発。
しばらく進むと、前方にお椀を伏せたような山が。
ニセコのシンボル、羊蹄山(ようていざん)です。

またの名を「蝦夷(えぞ)富士」と呼ばれるほど美しい山。

冬もスキー客でにぎわうであろう、道の駅「ニセコ」にて。
15時40分、ニセコ・ビュープラザに到着。
ここは周辺のリゾート施設とのアクセスもよく
たくさんの観光客で賑わっていました。
休憩ばかりで、空腹ではなかったのですが
賑わっていた屋台に誘われ、ソーセージやニラまんを食べ
お留守番のスタッフ用にメロンを発送したりしてから
16時20分、道の駅を出発。
今日は休憩ばかりですね。
きっと、最終目的地の小樽に着くのが名残惜しくて
先送り、先送りと引き伸ばしているのかも知れません。
ニセコを後にして、道道66号、ニセコパノラマラインへ。
来るときに見ていた羊蹄山の、今度は裏側を見ながら走ります。

子狐発見!3頭いたのですが、走りながら撮れたのはこの子だけ。
パノラマラインから、ツーリングマップルに
「地元ライダーに人気のコース」と書かれていた
道道604号に入る予定だったのですが
ナビの導くままに、いつのまにやら道道58号を走り
国道5号線に出てしまいました。
戻ろうかとも思いましたが、いずれ暗くなってしまうので
あとはもう、街の中を走りながら、余市、小樽へと向かうだけです。
17時50分、陽も傾き始めた頃、ニッカウ井スキーに到着。
余市の町に来る機会があったら、ぜひ一度来てみたかった
日本ウイスキーの聖地、「ニッカウヰスキー」余市工場。

余市のニッカウヰスキー余市蒸留所。
本当は工場を見学したり、試飲できたりするのですが
残念ながら見学は5時で終了。
あと30分早かったら!
きちんと下調べをして、今日のスケジュールに
最初から入れておけばよかったのですが・・・・(泣)
門の外からそ~っと覗く私を哀れに思ったのか
看守の方が、写真だけなら、と中庭へ入れてくださいました。

創設当時のままの姿で、今もウイスキーが蒸留されています。
せっかくなので、ここから5分足を伸ばして
道の駅「スペースアップル余市」へ。
こちらも完全に終わっていましたので、記念撮影のみ。

ジェットヘルが妙にはまっていますね・・・・・・。

仲間たちと。(笑)
他にもライダーの何人かが、閉館した施設の前で
せめて記念撮影だけでもと、写真を撮っていました。
その中に、「ぬいぐるみ」と一緒に写っている女性ライダーがいたので
声をかけてシャッターを押してあげることに。
それぞれの観光名所などでの記念撮影のすべてに
その「相棒」の「ぬいぐるみ」と一緒に写っているようです。
18時25分、写真撮影だけの観光を済ませて出発。
小樽港まではここから約20km。
もうすぐそこが今日の、そして
今回の北海道ツーリングのグランドゴールです。
小樽では、フェリー乗り場のすぐ近くにある
24時間営業の温泉施設に深夜料金で泊まる予定なのですが
直行は、やはり名残惜しいので
その前に夕食を食べようと小樽運河へ。
「ここもラリーで走ったよねえ」と@BOSS。
・・・・私はここの手前でリタイアしたので走っていません。(泣)
この夜、小樽運河の橋ではジャズフェスティバルが行われていて
すぐ対岸の出抜小路で生演奏を聞きながら
ご飯を食べることができました。

路地にバイクを停めて「出抜小路(でぬきこうじ)」へ。
18時50分、小樽、出抜小路着。
「出抜小路」は屋台形式のお店が何店舗も入った飲食店街です。
過去に来た旅行で倉庫街では何度もご飯を食べていたので
今回は、出抜小路のジンギスカンの店へ。
これまで、何度来てもいつも満員で、まだ食べたことが無かったので
今度こそはと思いましたが、やっぱり満員。今回も別の店でした。(泣)

出抜小路のマスコット「うだつ小僧」と未来を見つめる。
「うだつ小僧」は「丁稚奉公から事業を起こし、
腕一本で成功した小樽の先達をイメージしてつくられたマスコット」。
その立身出世物語は、館内の階段をあがると順番に書かれています。
19時50分、ちょうど一時間の夕食を終え、出抜小路を出発して
20時00分、本日の宿となる、24時間営業の温泉施設「オスパ」へ。
(オスパ=「小樽のスパ」だそうです^^;)
同じフェリーに乗るのでしょう。
ツーリングのバイクが何台か停まっていて、
休憩&仮眠場所の大広間には既に横になったライダーさんたちも。

温泉ですっきりして、今日はこのまま大広間に雑魚寝です。
TVはオリンピックの女子バレーボールの中継。
本日の走行、409.1km (累計 2535.8km)
やっぱり、少なかったですね。
明日の朝10:30のフェリーで北海道を離れます。
(つづく) ←まだ!?
2008年08月29日
北海道ツーリングDAY-4
(これはお盆休みのツーリングレポートです。)
DAY-4 知床~襟裳岬
8月16日、曇り。
今日は知床から、とりあえず外周をまわって
襟(えりも)裳岬方面へ向う予定です。
明日、17日小樽発のフェリーが取れたら、
そこから小樽へ向かいますが
取れなかったらどうするかなあ・・・・・・。
(途中で根室経由はせず、内陸に入ったので
実際に走った少しルート図は、少し違います。)

雨はなんとか上がりましたが
どんよりした天気はあいかわらず。
朝8時頃にチェックアウトを済ませて、
バイクの準備をしていると・・・・・・。
お!ホテルのすぐ脇の路地からエゾシカが。

人にも車にもまったく臆することなく、フツーに現れるエゾシカの親子。
3年前の知床は、
まだ道路や住宅地との境界フェンスが設置されておらず
どこもかしこもエゾシカだらけで、
道路脇はもちろん、オシンコシンの滝から、露天風呂への通路、
ホテル街の庭、いたるところで見られましたが
翌年からはフェンスのおかげで人里に現れる数は激減・・・
一時は寂しいくらい見れる数も減ったのですが、
やはりこんな風に相変わらず、しぶとく出てきます。(ちょっと嬉しい)
でも、知床に住む人にとっては、日常茶飯事の風景なのでしょう。
ハイ、渡って、渡って。役に立たない「みどりのオバハン」
うれしいエゾシカ遭遇の後、今日は雨具を着ずに(これも嬉しい)
8時30分、ホテルを出発。
8時35分、ウトロの町のENEOSで給油したのち
8時45分、本日最初の目的地のオロンコ岩へ到着。(すぐ近く)
知床では、どこへ行かなくても
「オロンコ岩」だけは行くつもりでやってきました。
ここはウトロとの思い出の場所
急な階段がつけられた、ウトロの町が見下ろせる高い岩で
ウトロもヒーヒー言いながらここを登ったものでした。

手にしているのは、ウトロの形見を入れたキーホルダー。
ウトロ、また来たんだよ。一緒に登ろうね。
この岩の階段が見た目よりずっと急なうえに不ぞろいで
しばらく運動をしていない私は、半分くらい登ったところで
足があがらなくなるは、心臓はバクバクするは、
当時のウトロの気持ちが身にしみてわかりました。(泣)

3年前、ウトロと一緒に登った時の写真。
あの時も、やっぱり雨でしたね。
知床というと、雨の思い出ばかり・・・・。

あの時と同じ、オロンコ岩の頂上にて。

知床の町も一望できます。
真ん中あたりに見える岩が「ゴジラ岩」。

たしかにゴジラに見えますね。(笑)
3年前に3~4頭のシャチの親子と併走した思い出のある
知床クルーズにも、もう一度乗りたかったけれど
この時期は予約なしではかなり待ち時間がかかりそうなので
先へ進むことにしました。
9時25分、オロンコ岩を出発。

ウトロの町にお別れ。クルーズの船が見えます。
今回は、初めて知床峠を越えて「羅臼(らうす)」へ向かいます。
知床峠は濃い霧が発生して
残念ながら、あまり景色が見えません。
いつ鹿が飛び出してもおかしくない深い森が
道の両側に広がっています。
9時43分、知床峠に到着。

知床峠山頂。
晴れていたら、北方領土の「国後(くなしり)」が
指差す方向へ見えるはずなのですが・・・

濃霧でまったくなにも見えません。(泣)
ぞくぞくと大型バスもやってきますが
みな、寒そうに降りて、霧の中、記念撮影をすると
残念そうにバスに戻っていきます。
私たちも10分弱の「知床峠」観光?の後、
9時50分、羅臼側が晴れていることを祈りつつ出発。
頂上から羅臼方面へ降り始めると
おお!今回の北海道で初めて見る青い空と太陽の光!
羅臼側は晴れているのかも!!

待望の太陽が!気持ちも一気に急上昇~!
降りるに従って、天気はどんどん良くなっていきました。
今戻ったら、もしかして山頂から絶景が見れるのでは!?
そう@BOSSに言ったら、今来た知床峠方面の
雲に覆われた山頂の様子を指差しながら
「そう思うだろうけど、地形的に向こう側に雲がたまって
こちら(羅臼側)は晴れるの。だから、
知床側に戻っても、さっきと同じだよ。」とあえなく却下。(泣)

山の切れ間に見える海の向こうに浮かんでいるのは
頂上からは見えなかった「国後島」。

羅臼の町に降りたら、雲ひとつない青空。
今回、北海道ツーリングへ来て以来、初めての晴天です。
対岸にくっきりと「国後島」が見えます。
10時10分、道の駅に到着。
(出発からまだたったの36kmですが、休憩。)
知床峠を降りたばかりのところは、道の駅「羅臼」。
昆布の粉末とスプーン代わりの塩昆布がついた
「昆布ソフト」を恐る恐る食べました。(笑)

濃厚な甘いバニラに、昆布の塩加減が意外とマッチします。
おいしいソフトクリームを堪能して
10時35分、道の駅「羅臼」を出発。
羅臼の有名な「まるみ」さんも通り過ぎて釧路へ向かいます。
途中、ナビの指示に一本逆らって、別の道に入ったら
道の両側には、大牧草地帯が広がっていました。
「うわー!すごーい!」と驚きの声を上げながら走り、
ここで予定を変更して、海沿いの国道を走るのをやめて
内陸のいかにも北海道という「道道」を楽しむルートに。
案の定、このあと、どこをどちらへ曲がってもどの道もこんな感じ。
いちいち驚いてはいられないほど
憧れていた通りの「北海道」が目の前に次々に現れ始めました。

「地球を360度見渡せる」という開陽台へ。

私のつたない写真では伝えきれませんが
すごい!思い描いていた北海道が目の前に出現!
あまりの景色のよさに、撮影会開始。
テーマは「ツーリングマップルの表紙」です。(笑)

そうそう、この大きな空が北海道ですね~。
もう少し高い位置から撮れたら、広がる台地も写るのに・・・。
でも、雰囲気は感じていただけるでしょうか。
11時35分、開陽台の駐車場に到着。
ウトロの町からちょうど100km。

こちらが展望台。中にはレストランとおみやげ店があります。
ジェラートを食べて休憩しながら
懸案の「新日本海フェリー」に再度電話をかけることに。
一応、1人と1台分のチケットは取れていますが
17日は相変わらず、旅客1名すら空きがない・・・・・。

高原(?)で食べるジェラート。
シングル300円、ダブル400円なら当然ダブルでしょう。
時間をおいて、今度は@BOSSがかけてみると
18日なら2名のキャンセルが出て、今なら取れるとのこと!
ここでチャンスを手放したら帰れないかも。
ここは腹を決めて、18日のフェリーにしよう。
(会社のスタッフには申し訳ないけれど・・・・・・)
そうと決まったら、(またまた)本日のルートを変更です。
明日17日のフェリーなら、このまま小樽へ直行のはずでしたが
1日滞在が延びたので、今日は襟裳岬に泊まることにして
明日ゆっくりと一日かけて小樽へ向かうことにしました。
フェリーも予約が取れ、心も晴れやかに
13時15分、開陽台を出発。

開陽台から十勝へと向かう道は、これぞ北海道!という道ばかり。
すごい!すごい!すごい!
「ライダー=北海道」はあまりにもお決まりのパターンと
なんとな~く敬遠している方がいたら
とにかく一度は北海道へ来ることをオススメします。
・・・・・でも、このあたりから気持ちの良い道が現れるたびに、
自分で運転できないジレンマでストレスはたまる一方・・・
そんな時、原サイクルさんがらメールで業務連絡が。

今頃、一生懸命働いているであろう原さんにも
写メールを送って、ストレスのおすそわけ。(笑)
国道391号から釧路の市街地を通り、再び海岸線へ。
国道38号線「釧路国道」で白糠町へ。
15時40分、開陽台から120kmほど走ったところで、
豚丼でも有名らしい道の駅「しらぬか恋問」に寄り道。

本日3つめ(!)のソフトクリーム、キャラメルソフト。
その笑顔、お前は往年のキャンペーンガールか!
16時30分、道の駅を出発。
ここから襟裳岬までは150kmくらいです。
市街地から遠ざかり、音別からは国道38号、336号と
気持ちの良い国道をスタンディングをしながら走り継ぎ、
18時10分、国道236号との分岐の広尾町に到着。
ここで、白糠の道の駅でも話をしたライダーさんと再会。
この方も気ままにルートを決めながら走っている方で
この分岐点脇の駐車場に停まり、しばらく地図を見た後で、
「私は帯広に向かいます」と、襟裳へ向かう私達とここでお別れ。
(そういえば、お名前も聞かず終いでした。「一期一会」です。)
この直後、18時20分、近くにあったホクレンの
セルフ・ガソリンスタンドに寄ったら、
まだ学生らしき2人組と合流。
この2人とは、知床峠からずっと同ルートらしく、
今日は何度か抜いたり抜かれたりしていたので
なんとなくもう顔見知りのような気分に。
この時初めてナンバーを見ると、なんと福岡から!
聞けば、来るときは京都からのフェリーで北海道に渡れたものの、
帰りはフェリーが取れず、福岡まで完全自走するのだそう。
ひょえ~!本州に渡ってから更に2000km!!
北海道を、もう一周するようなもの!
若いってすごい~!(^_^;)
18時30分、給油後、それぞれで襟裳岬を目指します。
十勝港をすぎて、国道336で襟裳岬へ。
広尾から庶野までの約30kmは「黄金道路」と呼ばれています。
決してきらびやかで立派な道路と言う意味ではなく
環境の厳しさの為に、道路完成までに
黄金を敷きつめる程の、とてつもない費用が
かかったというのが由来だそうです。
今日は風もほとんどなく、穏やかでしたが
いつもは、断崖絶壁の続く海岸線は、風と波がすごく、
何キロおきかにトンネルがありますが
悪天候の際には一時的に通行止めになるそうです。
日も暮れた黄金道路の終わりで道道34号に分岐、襟裳岬へ。
「百人浜」と呼ばれる風の強い草原を抜けると
まっくらな道の先に襟裳岬が見えてきました。
夜7時10分、襟裳岬着。
閉店の片づけをしていた「えりも食堂」のお母さんに
この辺りで宿はないかと訪ねたら
「この時間だからお夕食は難しいかもしれないけど
『えりも観光館』さんなら近くで、ご飯もおいしいと評判よ、
施設は新しくないけど。」と教えていただきました。
さっそく@BOSSが『えりも観光館』さんに電話をかけると
なんとこれからでも夕食を準備してくださるそう。(泣)

親切でやさしいお母さんと記念撮影。
明日の朝、もう一度お礼を言いに来ますね。
夕食の準備が出来るまで少し時間があるという事だったので
すぐには宿に向かわず、真っ暗な中、岬の方へ歩いて見ましたが
灯台の明かり以外何も見えず、駐車場に戻りました。
バイクに戻ると、さきほどの福岡からの二人組みが。
泊まる所は決まりましたか?と聞かれたので
同じ宿はどうかと声をかけたのですが
本州へ入ってからの高速代の為に節約すべく
できるだけキャンプをしたいんで・・・・とのこと。
今日もこれから更に100km先の静内(しずない)の
キャンプ場を目指して走るのだそうです。
若いって本当にすごい~!(^_^;)
じゃあ、気をつけて!と別れを告げたとたん、
一人がエンストで立ちゴケをしました。

まだ大型免許を取って間もないらしく
もうひとりに助けられながら旅をしている様子。
なんだか他人事とは思えません・・・(^^;)
何度も転んでいるらしい傷だらけのバイクを起こしながら
再び出発した彼らを見送りながら
ああ、彼らはああして北海道の長い旅で
バイクと仲良くなっていくんだろうな~、
私も北4でCRMの高さとバイクの操作に慣れた後は、
この北海道の旅でGSと仲良くなるはずだったんだけどな~と
彼らがとてもうらやましく思えてなりませんでした。
皆さん、くれぐれも怪我には気をつけましょう。
人生のチャンスを失ってしまうので・・・(TдT)
「えりも観光館」さんは襟裳岬からバイクで3分。
この立ちゴケ事件で、少し到着が遅れた私たちを心配して
マスターが玄関で待っていてくれました。
19時50分頃、えりも観光館さんに到着。

夜7時過ぎて突然電話をしたにもかかわらず、これだけの夕食が。
鹿肉のしゃぶしゃぶまで・・・・・・。(一泊2食で8000円!)
「用意をしていただけても、あの時間だったし
おにぎりだけでも十分と思っていたんです。」
とマスターにお礼を言うと
「できるだけ、うちの夕食を食べてもらいたいから。」
本当にありがとうございました。
施設は確かに新しくはありませんが
ゆっくりと温泉にも入ることができたし
お腹いっぱいおいしいご飯を食べることができて
この日はぐっすりと寝ることができました。
本日の走行距離 398.4km。(類計 2126.7km)
明日は、小樽へと向かいます。
(つづく)
2008年08月26日
北海道ツーリングDAY-3
(これはお盆休みのツーリングレポートです。)
DAY-3 稚内~知床
8月15日、朝から雨。(泣)
本日は日本最北端の宗谷岬をめぐり、
その後は@BOSSの第二のふるさと、
知床はウトロの町へと向かいます。
今日も長丁場のツーリングとなりそうです。

という事で、朝は5時45分に起床。
ウエアを着こんで朝6時40分には
チェックアウトして、下の駐車場に降りると、
なんと!すでに昨日のHONDA monkey(モンキー)50の
石橋さんがバイクを整備されていました。

monkey50で一日300~500kmを旅する石橋さん。
monkeyのタンクは4リッターしか入らないけれど
リッター50kmは走るそうです。ひょえ~!
(ちなみにR1200GSはリッター17~20kmくらい)
「でも、毎日毎日どこか修理しながらの旅ですけどね。」
と楽しそうに話をされているのが印象的でした。

お世話になった「チコウホテル」。(たぶん「稚港」の意?)
7時15分。石橋さんに見送られながらホテルを出発。
道道106号でもう一度日本海側へ戻り
昨日の続きの道道254号をさらに北上、
まずは野寒布岬を目指します。
この254号は「無事カエルロード」と名づけられた名物コース。
地元の皆さんが、ライダーの無事を願いながら
各家々の前にこんなオブジェを飾っています。

どの家の前でも、カエルやドラえもん、
ひょっこりひょうたん島などの人形が見送ってくれます。

地元の皆さん、ありがとう。雨なのにこんなに楽しく走れました。
野寒布岬で朝ごはんを食べる予定なのですが・・・・
あった!「樺太食堂」!
7時50分。樺太食堂に到着。(ホテルから14km)
朝8時前ですが、すでに何人かのお客さんが入っています。

走れば見落とすことはない店構え。有名な「樺太食堂」さん。

ここでウニ丼を食べた旅人たちの手書きの感想が
天井から壁から、店内いっぱいに貼られています。

@BOSSは「三色(さんしき)丼」の大盛り。(3150円)ほたてが絶品!

私は「無敵の生ウニ丼」(2415円)。ライダーにはステッカー付♪
こちらは少し丼が小さめなのですが、いやいやどうして。
量的には普通のお茶碗で3杯おかわりをするのと同じくらい。
生ウニにはわさび醤油をかけて食べます。

いっただっきま~す!

ごちそうさまでした~!
おいしかったー!
ほんの30分ほどの食事でしたが大満足!
大き目の丼メニューを選んだ上に、ご飯大盛りにした@BOSS。
大食漢自慢のハズが、少々キツかったそうです。
今日一日分のエネルギーをお腹にため込んで
8時25分。 さあ、出発シンコー!
ここから宗谷岬はもうすぐそこです。
まずは、稚内港のシンボル、北防波堤ドームへ。
日航ホテルのすぐ近くにあるこの立派なドームは
かつて樺太(サハリン)が日本の領土だった頃、
稚内-樺太間を結んでいた船が出るこの埠頭に
強い北風と高波を防ぐために築かれた防波堤です。
8時34分。樺太食堂から10分、8km程で到着。

なんとなくギリシャの建造物のような北防波堤ドーム。
ドームの中には、ここで夜を明かしたライダーたちの
色とりどりのテントがたくさん並んでいました。
ここからバイクで30分。約30kmほどで
いよいよライダーの聖地、宗谷岬へ。
9時18分、宗谷岬到着

雨にもかかわらず、すでにたくさんの旅行客が訪れています。
「日本最北端」などと聞くと、
もっと荒涼とした、暗い風景かと思っていましたが
新潟の鉛色の海のほうが、暗い感じ。
宗谷岬はもっと開かれた、カラッと明るい印象です。
宗谷岬では、おみやげ物屋さんで
100円の絵葉書のようなものを買うと
「日本最北端到達証明書」を発行してくれるそうな。

さすがは北緯45度31分13秒の日本最北端。
8月なのに気温は11度・・・・・。

「日本最北端の地」の碑。
思えば遠くへ来たもんだ・・・・・と、感慨にふける私。
やってくるライダーはハーレーが多いようです。
宗谷岬に何回か訪れているというハーレーおじさんは
駐輪場にわざわざバックでバイクを止めていました。
「こうすると記念写真をとる時、
記念碑をバックに、バイクも正面から撮れるんだ」
な~るほど。
10時20分。約1時間の観光で宗谷岬を出発。
さて、ここから国道238号、宗谷国道を知床方面へ南下。
今度はオホーツク海沿岸を走ることになります。
この時期、北海道を走っていると、
たくさんのツーリングライダーにすれ違いますが
すれ違うときには、みな軽く手を上げて挨拶を交わします。
自転車ともすれ違いますが
さすがにバイクと違い、自力で走るチャリダーのみなさんに
エンジンのあるバイクに乗って(しかもタンデムで)
こちらから手を振ることは何とな~くはばかられます。
でも、あちらから、必死にこぎながら手を振ってもらったりすると
こちらも手を振り、「がんばって!」と心からのエールを送ります。
親子で自転車旅行をしていて、上り坂を必死でこぎながら
あちらから手を振ってくれた小学生には
なんだか嬉しくて、ジ~ンと涙がでそうになりました。
(日本の未来も、まだまだ捨てたもんじゃないぞ!)
13時20分。稚内から243km、
今日の目的地、知床までのちょうど中間地点、紋別。
道の駅「オホーツク紋別」に到着。
流氷をテーマにしたテーマパークのようになっており
「流氷科学センター」やアザラシに触れる「とっかりランド」が
同じ敷地内にあります。

北海道遺産、流氷砕氷船「ガリンコ号」
ガリンコ号には、「アルキメディアン・スクリュー」と呼ばれる
大きな砕氷ドリルが前方下部についていて
これを回転させ氷を砕きながら、
その名の通り、ガリガリと氷を砕きながら流氷の中を進みます。
もとは三井造船により、アラスカ油田開発のために造られた船ですが
その後、観光船として紋別へと傭船されました。
現在は「ガリンコ号2」がオホーツク海クルージング便として活躍しています。

あっ!木の実さんのブログで見たぞ、これ。(なんだか嬉しい私。)
昼食をここでパパッと取ろうと思っていたのですが
館内に入るのに、ぐるりと駐車場を回っていかなければならず
時間がかかりそうなので断念。
15分のほどの休憩のみで、先へと進むことにしました。

まるで海のようなサロマ湖を通り過ぎて知床方面へ。
青看板に「斜里(シャリ)町」「宇登呂(ウトロ)」の名前が出始めました。
私はこれで3回目の知床ですが、海岸線から来たのは初めてです。

(これは1昨年の北海道旅行で撮った写真です。)
うちの犬と猫の名前はここから来ています。
知床は@BOSSの第二のふるさと(らしい)。
その昔、バイクで北海道を旅して、そのまま居座る人が多かった頃、
@BOSSは純粋にこの町のおみやげ物屋さんでのバイトのために
直接新潟からやってきて、その後、知床岬近くの「ルシャ別」と
「岩尾別」の「サケ・マス孵化場」で住み込みバイト。
数ヶ月をすごしたのだそうです。
※ちなみに「別(ベツ)」とは、川の意味

こちらは@BOSSが住み込みでバイトしていた
岩尾別のサケ・マス孵化場。
もう一つの「ルシャ別」の孵化場は、
有名な「カムイワッカ」近くの、鍵の掛かったゲートの先なので
一般の方は行くことが出来ません。
(ので、現在の写真は撮ることが出来ません)
当時の知床・ウトロも賑わっていたそうですが
木彫りのおみやげ物屋さんが立ち並んだ田舎の港町でした。
宿も、ライダーハウスや民宿がほとんどで
大きなホテルは、いくつも無かったのだそう。
私が最初に訪れた3年前は、まだその当時の町並みが少し残り、
(でも@BOSSが働いていたお土産屋さんの一角は、
道路改良の立ち退きで、既に移転して、昔の面影はなし)
観光客も、バブル後は少なく、みやげ物店も激減。
過去に一世を風靡した小さな港町、という印象でしたが
その後に世界遺産に登録され、今では、ホテルも大型化。
観光客も大型バスでどんどんやってきて様子は一変、
復活して、再び一大観光地となりました。
(これがよいのか悪いのか、旅行者の私が簡単に言えませんが・・)

知床観光の入り口と言えばここ、オシンコシンの滝。
知床はやはり雨。
本日の宿を紹介してもらおうと、観光センターへ行ったところ
本日はホテルも旅館も空きなし!
お盆休みの世界遺産を甘く見ていました。(泣)
どしゃぶりの中、宿に直接聞いてみようと旅館街へ。
順番に回りますが、どこもかしこも「満室」。
しかたない・・・どこか屋根のあるところを見つけて
テントを張るしかないかなあ、と諦めていたところ
「花ホテル」の駐車場に「空室あり」の看板が!
おそらく当日キャンセルが入ったのでしょう。
もう6時になろうとしていたので、夕食はなし。
それでも、快適な部屋と温泉に入れれば
文句のあろうはずがありません。
18時10分。知床花ホテルさん着。
チェックインを済ませ、温泉でひとっ風呂あびた後は
フロントに紹介してもらった
「八重樫(やえがし)」さんへ。
ここのマスターは知床プリンスなどの総料理長をされた方で、
味は地元にも絶対の定評があるそうです。
生ビールのお通しとして出てきた「もずく」と「煮こごり」
ものすごくおいしくてビックリ!

かすべ(エイ)の煮付け。プリプリした不思議な食感。

ほっけの塩焼き。ついつい生ビールから焼酎へ。
夜9時くらいになっても、まだ明かりのついている
おみやげ物店があったので立ち寄ってみました。

私のラブコールに耐える、「雪虫」さんの看板犬、むくちゃん。
「雪虫」と言うお店の名前を見た@BOSSは
「もしかしたら、昔一緒にバイトしてた"ゆきちゃん"のお店かも・・・」
しかし、お店の方に聞いてみたら
"ゆきちゃん"のお店はそのお隣だそうです。
さっそく、お隣のお店へ。
20年前と、声の雰囲気も話し方もそのまま(@BOSS談)の
(けれど、大分太った)ゆきちゃんがそこにいました。

20年ぶりの再会。ちなみに"ゆきちゃん"は真ん中の男性です。(笑)
ゆきちゃんと@BOSSは、懐かしい思い出話に花を咲かせました。
ところで、夕食の前に、帰りのフェリーの予約をしようと
「新日本海フェリー」電話をしたところ
17日の小樽~新潟便は、バイク1台と1人だけしか
チケットに空きがない、とのこと。
しかもキャンセル待ちは当日現地でしかできないシステムです。
念のため18日の分を聞いてみると、
なんと19日までいっぱいだとのこと・・・( ̄∀ ̄;)ウッソー
これまで、どこへ行くにも、予約なしで乗れないことがなかった私達。
お盆休みの北海道を本当に甘く見ていました。(泣)
でもまあ、あと2日あるわけだし、まあ何とかなるでしょう、と
またまた楽観的に電話を切ってはみたものの
北海道へ来る人のキャンセルは出やすいけれど
北海道から本州へ帰らなければならない人のキャンセルは
なかなか出ないのでは・・・・。
果たして私たちは無事に帰ることができるのでありましょうか。
本日の走行距離 440.8km。(累計 1728.3km)
(今日は短かったですね。)
明日は帰りの便が取れたら小樽へ向かいますが
取れなかったら・・・・・・。
(つづく)
2008年08月23日
北海道ツーリングDAY-2
(これはお盆休みのツーリングレポートです。)
DAY-2 函館港~稚内

8月14日 朝6時30分、函館港に着岸。
深夜2時40分、青森港を出航した後は、
2等船室のカーペットの上で
ジャケットを脱いだそのままの格好ですぐに眠りに落ち、
エンジン音を意識の奥で聞きながらあっという間の3時間、
船内放送で目を覚まし、身支度を整え・・・
朝6時40分、北海道に上陸しました。
いまにも雨が降りそうな厚い雲・・・。( ̄∀ ̄;)ガーン
ラリーの4日間といい、なかなか天気に恵まれません。
そういえば、ラリーの開会式で山田さんが
「天気も北海道の自然の一部として楽しんでください」
と言われていましたが、ラリーはともかく
ツーリングはやっぱり晴れがいいなあ・・・・・・。

本日の予定はとにかく海岸線を北上して、稚内へ。
昨日の走行では、何度も何度も
シガーソケットからナビへの電源供給が
途中で途切れる症状に悩まされていたので
上陸直後は、まずナビの配線チェック。
ACアダプタとの接続でも電源供給が切れれば
ナビの初期不良というマニュアルの説明だったので、
故障でないことを祈りながら、予備のACアダプタでチェック。
結果、故障でないことが判明したので
配線を確認したらコネクター部で断線してました。(^_^;)
予備のコネクターが無いので、ラジオペンチで直して、再接続。
その上から接着剤で固めて応急処置完了。
朝7時30分、函館を出発しました。
函館の後は、国道5号で八雲ICを目指し
そこから道央道で深川JCT-深川西ICへ。
R233で留萌に向かい海岸へ出て、
一路、R232で稚内と宗谷岬を目指すルートです。
あまり遅くなるようであれば、稚内より手前の町で
キャンプをするかもしれません。
宿を予約すると、安心できる反面、
どうしてもそこへ行かなければならない「義務」が発生してしまい
気に入った場所で立ち止まる
行き当たりバッタリの旅には足かせになってしまいます。
その点、テントを持ち運んでいると、
予定が自由に変更できるのがいいところ。
宿も、取れたら泊まればいい、という気軽さです。
さて、函館から国道5号線経由で道央自動車道へ。
本州では高速道路のサービスエリアには
充実したレストランやら屋台、ショップが立ち並びますが
北海道はSAでも自販機とトイレのみ、というところも少なくありません。

ということで、道央道に乗る前にローソン・カフェで腹ごしらえ。
朝9時15分。函館から約70km。
ローソン・カフェは、
店内で座って食べれるので結構、お気に入り。
(入れたてのコーヒーも美味しいし。)
コンビニの「ご当地もの」も旅の楽しみの一つです。
@BOSSはお目当ての「ジンギスカンバーガー」がなく
「なんとかバーガー(忘れた)」と名物「ガラナ」で
ちょっとだけ北海道気分を味わっていました。
そうこうしている内に、雲行きがだいぶ怪しくなったので
レインウエアを着ることにしたのですが・・・。

ウエストバッグをお腹にしているために、まるで妊婦のよう。
景色も単調でヒマな高速道路では
またもや気を失って荷物と化したらしい私。
たびたび荷崩れを起こしそうになったらしいのですが
ハーネスのなんと役に立つことか!

お昼12時10分 函館から283km 輪厚SA。
とりあえずソフトクリームで空腹をしのぎます。
北海道は広い!走っても走っても時間が足りない!

不穏な黒い雨雲がどんどん広がり、やがて大粒の雨が・・・。(泣)

12時50分。雨がひどくなったので、レインウエア嫌いの@BOSSも
ついに、トンネルの緊急避難所で着ることに。
道央道を深川JCTから深川留萌道へ入り、
国道233号を経由して国道232号沿いに海岸線へ。
雨も少しはやわらいできました。
今日はこのまま200km以上海岸線を走ります。
雨がぱらついているのに、日本海はベタなぎ。
ずっと先まで続く沿岸の形状を見ながら
どこまでも陸の形に添って走ります。
本州では、こんなに長い海岸線を走ることはできないでしょう。
北海道の道路は本州に比べて幅が広く、1.5倍くらいはありそうな。
景色も遠く雄大で、道幅もゆったりと広いので、
飛ばしても、迫りくるスピード感をあまり感じません。
ついついアクセルを開けてしまいそうになりますが
観光道路では制限速度を超えると、すぐに捕まると聞いているので
地元の(速い)車を見つけては、ペースメーカーにして
流れに合わせてスピードを乗せ、無理せずに北上します。
しばらく走ると、人とバイクで賑わうスポットに到着。
15時40分 函館から466km。
小平町の道の駅「おびら鰊(にしん)番屋」です。
このあたりは昭和30年頃まで鰊で栄えた町だそうです。
道の駅の敷地内には、当時の網元「旧花田家番屋」があり
建物内の見学も可能です。

当時の栄華が偲ばれる「旧花田番屋」(国指定重要文化財)。

こちらは旧花田家番屋の隣にある、道の駅「おびら鰊番屋」。
道の駅の建物も、この番屋風に作ってあって
海産物のお土産品もたくさん並んでいます。
食堂では鰊料理も楽しめます。

鰊がこの町に大量に押し寄せていた昭和30年代当時の写真。

明るいうちからすみません。タンデムの役得ということで。

鰊のルイベ。シャリシャリした食感の郷土料理です。
「ルイベ」とは、いったん凍らせた魚を
ナイフで削ぎ取って生で食べる食べ方を言います。
「ルイベ」は元々、アイヌ人の言葉で
「ル」が「溶ける」、「イペ」が「食べ物」を意味するそうです。
(Wikipediaを参照)
再び国道232号線沿い海岸線へ。
このあたりは「オロロンライン」と呼ばれています。
道の駅「風W(ふわっと)とままえ」が見えてきました。
苫前は全部で39基の風車がある、風力発電のまち。
道の駅に隣接して、大きな温泉施設があり、
走って3分のところにきれいなオートキャンプ場もあります。
本当は、この苫前のような温泉とキャンプ場のある道の駅へ
日暮れ前にたどり着いてキャンプをする予定でいたのですが
できるだけ稚内に近づきたかったので、もう少し走ってから決める事に。
遠別町に入ると、なんだか見覚えのある風景が現れてきました。
そうだ、ここはラリールートだ!
そうそう、ここから林道に入っていったっけ。
あ、ここのお店も通った覚えがあるある。
たしか初日のCP(チェックポイント)はこの辺りだったはず・・・。
ラリーでは、コマ図だけを頼りに走っているので
何町のどこを通ったというのはよくわからなかったのですが、
ああ、エマージェンシーマップを持ってくればよかった。
懐かしさに、記憶を頼りに少し町へ入ってみました。

ラリーでも寄ったJOMO。北4参戦記にもここの写真があります。
17時27分 函館から537km。
遠別の『思い出のJOMO』で給油。
ラリーの時にもガソリンをいれてもらったおじさんに
「今日はどこまで行くの?」
天塩(てしお)あたりでキャンプか、稚内まで走ろうかと思うと答えると
「今日はゴールがあまり遠くなくてよかったね」
と笑いながら言われました。
確かに。
ラリーの時はここから更にダートも含めて
200kmくらい先の中頓別がゴールで、夜9時頃到着でしたっけ。
17時50分 函館港から557km。
給油後20分程で「道の駅てしお」に到着。
ツーリングマップルの「ライダーハウス併設」の文字に誘われ
「てしお温泉夕映」で温泉に入り
近くの鏡沼海浜公園でキャンプをしようという計画でしたが
やはり雨がひどくなった場合を想定して予定変更、
このまま一気に稚内まで走ることにしました。
明るいうちには着けないかもしれませんが
民宿やライダーの宿も多い町、きっとなんとかなるでしょう。(祈)
日も落ちかけて、薄暗くなり始めましたが
ここで国道232から道道106号にスイッチ。
「サロベツ原野」の看板が。
稚内の手前40~50kmあたりには、海岸線沿いに
広大な大湿地帯、「サロベツ原野」が広がります。
この辺りでは、晴れていれば利尻島を臨めるのだそうです。
あいにく利尻は見えないけれど、この見たこともない大自然!
その中をどこまでも続くまっすぐな道!感動だ~!

延々と、手つかずの原野が何kmも続くサロベツ原野。
どこまでもどこまでもまっすぐな道。
あいにくの雨とカメラマンの腕のせいで(泣)
その雄大さをきちんとお伝えできませんが
とにかく素晴らしかったです。
晴れたらもっときれいでしょうけれども
雨もまた、北の大自然を感じられて雰囲気がありました。
「すごい!日本にもこれだけ手付かずの風景があったんだ!
ここを走れただけでも、今回北海道に来た甲斐があるよ!」
インカムから嬉しそうな@BOSSの声が聞こえてきます。
雨空のため、さらに荒涼感が増して、
まるで中世ノルマンディーのようです。(行ったことないけど。)
ホント、すごい景色でした。
サロベツは遠いけれど、バイクで行く価値は絶対あり!
これを読んだ皆さんも、ぜひ走ってみてください。
(その際、くれぐれも、飛ばしすぎにはご注意くださいね。)
稚内へ入る頃には日もとっぷりと暮れ
雨足が強くなり、遂にどしゃぶりに。(泣)
すっかり暗くなってしまったので、
納沙布(ノシャップ)岬と宗谷岬へ行くのは明日にして、
今日は道道106号でショートカットして稚内市街へ向かいました。
夜7時10分。稚内到着。
この辺りは「ライダーの宿」もいくつかあるらしいのですが
雨がどんどんひどくなるので
目に付いたビジネスホテルへ飛び込みました。
「チコウホテル」・・・・・・・( ̄∀ ̄;)エート
(ま、名前はともかく、)こじんまりしたホテルでしたが
屋根つきの駐車場で助かりました。
ちょうど同じ時間に
HONDAのモンキー50もびしょ濡れでチェックイン。
私たちとは逆周りで、紋別方面から走って来られたそうです。

ホテルから歩いて1分。最果ての港町、稚内の夜。

フロントのお姉さんに教えてもらった「甚八」さんで夕食。
つぶ貝とほっき貝の刺身が新鮮でおいしい!
明日は早く起きて、日本最北端の宗谷岬へ向かいます。
明日こそは晴れるといいなあと思いながら就寝。
本日の走行距離 623.4km。(類計 1287.5km)
ようやく、長い1日と長い2日目のブログが終わりました。
明日はもっと長いぞ~!(笑)
2008年08月21日
北海道ツーリングDAY-1
(これはお盆休みのツーリングレポートです。)
免許を取ってからというもの、練習には出かけるけれども
いわゆる「ツーリング」というものに、ほとんど出かけたことがなく
純粋に「走る旅」を楽しむのは今回が初めてと言ってもよいほど。
北4での鎖骨骨折から、まだ1ヶ月もたたないので
今回は残念ながらタンデムでのツーリングとなってしまいましたが
それでも北海道の広い道と雄大な景色は、
本当にすばらしいの一言につきました。
今回のルートは北海道一周の予定。一日600kmくらい走れば行けるか!

DAY-1 新潟~青森港
「だいたいお前の時計は、進み方が他人とまったく違うんだよ!」
相変わらず準備の段取りが悪い私、
@BOSSに叱られながらパッキングをしていきます。
テントやシュラフといったキャンプ道具が2人分あるので
なかなかパニアだけでは納まりきりません。
リアキャリア用のトップケースがあれば楽勝らしいのですが
あれこれ@BOSSが手をうったものの
世間はすでにお盆休み真っ只中、出発までの入手は不可能に。
仕方なく、昔、@BOSSがアフリカツインで使っていた
リアバッグを引っ張り出してきて、何とか収納完了。
行き当たりばったりの旅には欠かせないと、
今回はナビ(ZUMO)も初めて取り付けました。
配線をしてマニュアルを読みつつ
BlueToothの使い方を試しながら・・・。

なんとか準備を完了したのは、午後3時すぎ。
8月13日 15時20分 会社を出発しました。
今回は新潟港からの小樽便ではなく
(当然、この時期に急な予約など取れる訳もなく)
とりあえず青森まで走って、
函館行きのフェリーに(乗れたら)乗るつもりなので
これから青森まで約700km、ノンストップでも最低7~8時間。
休憩も取るでしょうから、着くのはおそらく
早くても夜11時くらいになりそうです。
途中、関越道で工事と事故のために渋滞にまきこまれましたが
それ以外、北へ向かう高速道路は、大した帰省ラッシュでもありません。
今回私のR1200GSに初めて乗る@BOSSは
河名シートさんで加工してもらった私のローシートをはずして、
もともと付いていたノーマルシートを取り付けたのですが
GSのノーマルシート特有の、ちょっと前下がりになった形状に
お尻が痛いと、何度も座りなおしをしていました。
(これも今度、河名シートさんに相談してみようっと。)

夜8時20分。前沢SAにて初めての休憩、そして遅い夕食。
出発から5時間、
途中2度の給油以外はノンストップで420km走り続け、
ようやくこの前沢SAで休憩となりました。
私は温かい「じゃじゃ麺」を食べて冷えた身体を暖めました。
夜9時35分。
約1時間の休憩の後、前沢SAを出発。
本日のゴールの青森港までは、ここからまだ200km先。(泣)
やはり北上するにつれて、気温もどんどん下がっていきます。
青森に入る頃には20度くらいに。
1200GSでのタンデムは初めてですが、
いつもの100GSと違って、タンデムシートが一段高いので
後ろに座っていても視界がよく快適です。
あまりの快適さに、(あるいは高速道路でのあまりのヒマさに)
ついついウトウトしてしまいました。
ハッと気づくと、@BOSSもウトウトしているような走り。
妙なバイクの寝かせ具合・・・・( ̄∀ ̄;)汗
あわてて肩を叩いて、再び、PAで休憩を取ることに。
夜10時40分。
畑パーキングエリアで2度目の休憩。
夕食を食べた前沢SAから120km、
まだ1時間しか走っていませんが眠さには勝てません。
@BOSSは眠気覚ましにトイレで顔を洗って来たようです。
15分の休憩の後、、畑PAを出発。
その後、約1時間30分、睡魔と闘いながらの走行。
深夜12時25分。
ようやく青森港のフェリー乗り場に到着しました。
出発から途中の給油と休憩を入れて9時間でした。
予約を取らずにやってきたので
まずは空き状況を確認するためにフェリーターミナルへ。

青森港フェリーターミナル。

覚悟していたキャンセル待ちの必要もなく
東日本フェリーの深夜2時40分の便が取れました。

ぞくぞくと、大きな荷物を載せたバイクが全国から集まってきます。
それでも、ひとむかし前のお盆時期に比べたら
半分以下の寂しい台数でしかないそうです。
駐輪場の縁石に腰掛けて、出発までのあいだ、
仙台からのNinjaに乗るライダーさんと談笑。

深夜2時、いよいよ乗船です。
まずは輪留め等の作業に時間がかかるバイクから。
青森~函館便はいろいろな規則が比較的ゆるやかで
タンデムのままでの乗船もOKでした。

車両置き場。作業員が手際よくバイクを固定していきます。
すぐ隣には、私と同じ色のGSが並びました。
親子連れの旅行客、中高年の登山客、帰省客、
ライダー、チャリダー等々、客室はあっという間にいっぱいに。
深夜2時40分、青森港から出航。
重いジャケットを脱いですぐ、5分で眠りにつきました。
本日の走行距離 663.8km。
(初日は”こなす”ガマンの移動でしたね。^^;)
さあ、約4時間後は、もう北海道だ!
(つづく)